真実がわからないっ!④

文字数 2,119文字

 しばらくの間、二人とも肩で息をしながら呼吸を整えるので精一杯だった。やっぱり倉木アイも走るのは得意じゃなかったようだ。
そりゃそうか、お嬢様だもんな。
 それでも先に口を開いたのはアイの方だった。

「ねえ、私とは関わらないんじゃなかったっけ?」
「そ、そんなこと言った覚えはないけどな」
「でも、あからさまに避けてたでしょ?」
 しまった、態度まるわかりって、超だっせ。
 だけど今回のことは……

「そんな場合じゃなかったろ?」
「ふーん、避けてたのは否定しないんだ」
「あ、いや……」
「ふふ、冗談よ。でもいいのかしら?」
「何が?」
「今のこの状況だって罠かもしれないわよ」
 ギクッ
 まさか……? ここまでずっと全力疾走だぜ。
「さすがに演技には……見えなかった」
「そ」
 軽くそう言うと、アイは背を向けスマホを取り出した。誰かに電話を掛けるようだ。
 お、おいおい、本当に罠なんてことは……ない、よな?

「ああ、橘、私。状況は? ええ、そう、それで……」
 アイは淡々と話し始めた。
 《橘》って誰だ? まさか彼氏? いいや違ぇな、彼氏と「状況は?」なんて会話する訳ねぇだろ。
「こっちはなんとか振り切ったけど、素性は割れてないでしょうね?」
 おいおい、なんだ、探偵ごっこかよ。どうにも会話の内容がおかしい。
「ただ、少しマズいことになったの。ちょっと足を回してくれないかしら? できればバイクがいいわ。あ、二人分ね。え? そうよ、二人! よろしく頼むわね。場所は……」

 程なくして電話は終わった。つーか、「マズいこと」ってなんだよ。くっそ、もしかして俺のことか?
 それにしても……
「お嬢様もスマホなんか持つんだな」
 アイは一瞬スマホに目を落として口をつぐんだ。ん、変な質問だったか?
「つい最近ね……。ほら、近頃ぶっそうじゃない?」
「なあ……」
「質問は終わり。すぐにここから出るわ。迎えを寄こしたから貴方は帰って」
「なんだよそれ、何がマズイんだよ? なんの説明もなしかよ!」
「ある訳ないじゃない! 貴方が勝手に絡んできたんでしょ! お陰で余計な手間が増えちゃったじゃない!」

 なんだろう、俺、少し緊張してる?
「アンタ、何度か俺に声かけてきたろ? あれは何だったんだ?」
 アイは長い溜め息をついた。
「貴方、森戸さんと付き合ってるんでしょ?」
「な、なんだよ突然、それがどうかしたのかよ」
 アイはさらに溜め息をついた。
「はい、おめでと。だから話はおしまい」
「いや、分かんねえって!」

「貴方……記憶なくしてるでしょ?」
「うっ、な、なんでそれを?」
「それともうひとつ、私のこと疑ってるでしょ?」
「いや、それは……」
「ほらね。それで、何で私が貴方に何かを教えなきゃいけないの?」

 ドルン……

 駐車場内にバイクのエンジン音が反響したかと思うと、すぐに耳を突く程の音になった。さっき言ってた《迎え》ってやつだ。
 アイは特に言葉も交わさず、現れたバイク野郎の後ろに乗ってヘルメットをかぶった。
 ぐ……なんか気に食わねぇ。

「じゃあね、バイクはもう一台くるから、貴方はそっちに乗って」
「ちょっ、待てよ!」
 アイはこちらに目も向けず、突き離すように言った。
「サヨナラ」

 ドルルン!

 轟音(ごうおん)と共にアイは行ってしまった。
 心なしか強く放たれた「サヨナラ」が、耳に刺さるように残っていた。

 それから程なくして、アイの言った通りもう一台のバイクが現れ、俺はそれに乗った。
 全く関係ないけど、男が運転するバイクの後ろに乗るって……なんか屈辱(くつじょく)だな。
 アイが……誰かの運転するバイクの後ろに乗ったのも気に入らない。さっきの「サヨナラ」だって、なんだよあれは……
 走行中、色々と嫌なことばかりが頭の中で繰り返されていく。それを(まぎ)らわすように、記憶のことや秘密のことを考えた。

 俺の記憶、非通知の女、今回の件、少しだけ疑いはしたけど、アイがそれらを仕組んだとは思えない……気がする。根拠なんてないけど、そう思った。

 バイクは学校の前で止まると、俺はそこで降ろされた。なんで学校? 尾行とかを考えて足がつかないようにって配慮なのか?
 でもそれは、裏を返せばアイが危険なことに足を踏み入れてるってことになる。もしくは俺自身が無関係じゃないってことも……
 俺はバイクを運転していた男に尋ねた。

「なあ、いったい誰に追われてたんだ?」
 男は何も答えない。

 ドルルルン!

 バイクのエンジンがふかされる。
 反射的にバイクの前に出てハンドルを押さえつけた。

「頼む、教えてくれ!」

 スモークがかったヘルメットのゴーグルからは男の鋭い目がうっすらと覗えた。その目は俺を攻撃せんとばかりに睨み付けているようだった。
 思わず尻込みするが、俺は一瞬たりとも男から目を逸らさなかった。ここで目を逸らしたら、何も分からないままになる。

 ドルン ドルルン……

 男は二、三回エンジンをふかしたが、少しして諦めたようにふっと力を抜いた。

「……お嬢様を巻き込まないでほしい」
 本当に《お嬢様》って呼ばれてたのか。それじゃ、コイツらは使用人?
 なぜか少しホッとしている自分がいた。

「手を貸すのは一度きりだ。やつらを仕切っている人物の名は……《中川シンヤ》」
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登場人物紹介

《柳 キリオ》
 主人公。記憶なし。茶髪。高二。

《一之瀬 カオル》
 キリオの幼なじみ。黒髪セミロング。明るく男女ともに交流が広い。ユウとは大親友。高二。

《大和 タケル》
 キリオの親友? 社交的で男らしいガッチリ系。黒のロンゲで一見チャラいがイイやつ。高二。

《森戸 ユウ》
 キリオの友達。一見ギャル風の茶髪ショート。真面目で真っ直ぐ。陸上部。カオルとは大親友。高二。

《村 上ヒロ》
 キリオの友達。金髪で若干ひねくれ気質。キリオと少しキャラかぶり。高二。

《倉木 アイ》
 キリオの彼女。黒髪ロングのお嬢様。強気な性格に見せているが寂しがり。高三。

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