また記憶がないっ!⑤
文字数 1,585文字
一之瀬カオルは驚 いた顔でこちらに振り向いた。まさかこんなところで、自分が誰かに声を掛けられるとは思ってもいなかったらしい。
どんな人間でも咄嗟 の出来事には冷静な対応ができない。それは彼女も同じ、
でもそんな猶予 は与えない。私は後方に控 えさせていた橘 に、目配 せで合図 を送った。
近付いて来るスーツ姿の男(橘)が私の関係者だと分 かるよう、オーバー気味 に手をかざして適当な位置で止めた。勿論、逃げることはできないと暗 に示すことで、私と話しをさせるのが狙いだ。
彼女は私と橘を見て、すぐに自分の状況を理解したのか、自 ら口を開いた。
「あら先輩、またこんなところで、奇遇ですね」
まだとぼけようとしているが、そうはさせない。
「今さら言葉を選んでしゃべらなくてもいいんじゃないかしら」
こう言えば、さっきまでの通話は聞かれていたって判 るはず。でも、用心深い彼女のことだから、いくらでも言い逃 れる術 はあるでしょうけど。
「ふーん……そちらはお連 れさん? もしかして、アタシのこと嗅 ぎまわってました?」
へぇ、正面から向かってきた。まともにやり合ってくれるのなら好都合だわ。
「さっきの電話、誰と話してたの?」
「それって、先輩に言わなきゃいけないことですか?」
こちらの振りに、そう簡単には乗ってこない。やっぱりまだ切り崩 しが足りないか……
正直、こちらも決定的な証拠が揃ってる訳じゃない。でも、だからといってこの機を逃すわけにはいかない!
「電話の相手は柳キリオ。アナタの幼馴染 よね? なのにどうして他人を装 って電話してたのかしら?」
「……ふふ」
この子、笑った?
「先輩、カマ掛けるなら、もっと上手 くやらないと駄目ですよ。《幼馴染》とか、《他人を装う》とか並べたところで、そんなものアタシが一言、電話してたのは
「……そうね、そう言われたら終わりね。でもアナタは私と話してくれた。自分がやったことを認めてくれるんじゃないかと思ったのだけれど」
「認めるって、アタシ何かしましたっけ?」
まだ足りない。そう都合のいいようには運ばないか。
勇 み足なのは分かってる。たけど、ここまできて退 く訳にはいかない。ちょっと強引だけど……
「キリオの記憶を消したのがアナタだってことは、とっくに分かってたのよ。でも記憶を操作した方法がどうしても解らなかった。まさかあんな方法だったとはね」
私の言いたいことに気付き、一之瀬カオルは何かを口に吸い込んだ。
しまった! 毒!?
まるでスパイ映画のワンシーンかと錯覚 してしまった……まさかの結末ってことはないわよね!?
シュー
「え?」
『ほ、ら、面白いでしょ? 声が変わるの。ね、さっきのイタズラ電話もこれで』
イタズラ電話!?
『えっと、記憶……操作でしたっけ? それって何のことですか、先輩?』
やられた!
彼女は小さなボンベを持っていた。おそらく中身はヘリウムガスあたりだろう。なんでそんな物……まさかこれも想定内なの?
しかも、声を変えて電話してましたって……あのさっきの電話を《イタズラ》にして開き直るつもり?
でも、確かにただのヘリウムガスだとしたら、記憶操作についての証拠なんて何もなくなる。まさかこんな形で白 を切るなんて……そうはさせない!
「橘!」
こうなったら調べた洗いざらいの情報を突き付けて……
『あ、あー、ちょっと待って……』
彼女は掌 を私に向け、発声を始めた。
「あー、ん、んん! よし、だいぶ声が戻ったかしら」
ヘリウムガスの効果が切れると、彼女は背伸びを始めた。
「んー、先輩もういいよ。どうせ誰にも証明できっこないもの」
彼女は私に背を向け、再び橋の手すりに肘をついた。あの高架下を眺めているようだ。
「キリオの記憶を消したのはアタシ」
どんな人間でも
どうやってこの場を乗り切ろうか
と、きっと頭をフル回転させてるはず。でもそんな
近付いて来るスーツ姿の男(橘)が私の関係者だと
彼女は私と橘を見て、すぐに自分の状況を理解したのか、
「あら先輩、またこんなところで、奇遇ですね」
まだとぼけようとしているが、そうはさせない。
「今さら言葉を選んでしゃべらなくてもいいんじゃないかしら」
こう言えば、さっきまでの通話は聞かれていたって
「ふーん……そちらはお
へぇ、正面から向かってきた。まともにやり合ってくれるのなら好都合だわ。
「さっきの電話、誰と話してたの?」
「それって、先輩に言わなきゃいけないことですか?」
こちらの振りに、そう簡単には乗ってこない。やっぱりまだ切り
正直、こちらも決定的な証拠が揃ってる訳じゃない。でも、だからといってこの機を逃すわけにはいかない!
「電話の相手は柳キリオ。アナタの
「……ふふ」
この子、笑った?
「先輩、カマ掛けるなら、もっと
キリオじゃない
って言ったらどうするんですか?」「……そうね、そう言われたら終わりね。でもアナタは私と話してくれた。自分がやったことを認めてくれるんじゃないかと思ったのだけれど」
「認めるって、アタシ何かしましたっけ?」
まだ足りない。そう都合のいいようには運ばないか。
「キリオの記憶を消したのがアナタだってことは、とっくに分かってたのよ。でも記憶を操作した方法がどうしても解らなかった。まさかあんな方法だったとはね」
私の言いたいことに気付き、一之瀬カオルは何かを口に吸い込んだ。
しまった! 毒!?
まるでスパイ映画のワンシーンかと
シュー
「え?」
『ほ、ら、面白いでしょ? 声が変わるの。ね、さっきのイタズラ電話もこれで』
イタズラ電話!?
『えっと、記憶……操作でしたっけ? それって何のことですか、先輩?』
やられた!
彼女は小さなボンベを持っていた。おそらく中身はヘリウムガスあたりだろう。なんでそんな物……まさかこれも想定内なの?
しかも、声を変えて電話してましたって……あのさっきの電話を《イタズラ》にして開き直るつもり?
でも、確かにただのヘリウムガスだとしたら、記憶操作についての証拠なんて何もなくなる。まさかこんな形で
「橘!」
こうなったら調べた洗いざらいの情報を突き付けて……
『あ、あー、ちょっと待って……』
彼女は
「あー、ん、んん! よし、だいぶ声が戻ったかしら」
ヘリウムガスの効果が切れると、彼女は背伸びを始めた。
「んー、先輩もういいよ。どうせ誰にも証明できっこないもの」
彼女は私に背を向け、再び橋の手すりに肘をついた。あの高架下を眺めているようだ。
「キリオの記憶を消したのはアタシ」