恋がしたいっ!⑤

文字数 1,311文字

 日曜日、(なや)んだ末に俺が向かったのは高架下だった。
 アイにしても非通知の女にしても、俺はどちらの連絡先も知らない。ということは、どちらかの約束はすっぽかすことになる。だから俺はアイを選んだ。
 別に秘密のことがどうでもよくなった訳じゃない。だけど、それより気になったのは、アイが俺を知ってたってことだ。
 お互いに知り合いだったのか? それとも、アイだけが俺を知ってたんだろうか。

 2時ちょうどに高架下に着くと、そこには既にアイがいた。あの時と同じ、河原(かわら)を背に猫とじゃれている。
 前はただ立ち()くして見ていただけだったけど、今日は違う。約束もしてるし、既に知り合いの可能性だってあるんだ。
 アイに引き込まれるように足を進める。すぐ(そば)まで寄ると、猫が俺に気付いて逃げてしまった。
「あ、ゴメン」
 続いてアイも俺に気付く。
「や。いいよ、あの子は君の変わりだから」
「?」
 変わりって、俺が来るまでの(つな)ぎってことか? いや、特に深い意味はないか。

 アイは立ち上がり、俺と向かい合わせになった。今日は(あわ)い水色のワンピースを着ていて、長い黒髪と相まって、めちゃくちゃ似合ってる。
 それにしても……日曜の真っ昼間(まっぴるま)とはいえ、人気(ひとけ)の少ない河原に二人なんだよな。なのにアイは全くといっていいほど警戒がない。
 それってつまり、ほぼ確実にお互い顔見知りってことだ。

「来てくれてありがとう。お礼にいいこと教えてあげる」
 これまでの(さび)し気な感じと違い、明るい口調で話し出したアイはどこか嬉しそうだった。
「いいこと?」
 コクリ、とアイは小さく(うなず)いた。
「私とアナタ、実は付き合ってるんだよ。知ってた?」
 ええっ! それって昔話? それとも進行系なのか?
「あ、えと、付き合って……た? る?」

 アイの顔が少し赤くなったのが分かった。
「……る」
 うはっ! ちょっとどうなってんだよ俺! まさかの展開じゃないか!
 どうりで妙にアイのことが気になった訳だ。

 待てよ、まだ喜ぶのは早い。最近の俺ときたら……やたらユウと仲良くしてなかったか? でも、アイはそのことを(なじ)ったりしてこなかった。なんでだ?
 それに、この間だってアイは、学校の廊下(ろうか)で俺を無視して素通りしようとしていた。
 それってつまり……もしかして?

「えっと、あの、まさか俺の記憶のこと……」
「……知ってる」
 げ!
 でも、そりゃそうか、付き合ってたんなら気付いてて当然だよな。

「だって……付き合った次の日なのに、ここには来なくなるし、すれ違っても無視よ。普通あり得ないでしょ?」
「うわ、ご、ゴメンなさい!」
 うひゃー、なんか色々つじつまが合ってきた。

「でも、いいのよ。また、一から始めれば」
 ゆっくり丁寧(ていねい)に発せられた言葉は、ここまでの遠回りを知った後だけに、とても想いがこもって聞こえた。

「ただね、ウチの家ってすごく厳しくって。表立(おもてだ)って付き合うとかNGだし、しかも歳下、さらに記憶喪失なんてね。ふふふ」
「あっ、はははは……そうやって聞くと何か凄えな」
「だからね、このことは絶対に秘密よ。約束だからね」
「ああ、わかった」
 あれ……このシーンどこかで?

 俺の様子がおかしかったせいか、アイが心配そうに覗き込んでいた。
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登場人物紹介

《柳 キリオ》
 主人公。記憶なし。茶髪。高二。

《一之瀬 カオル》
 キリオの幼なじみ。黒髪セミロング。明るく男女ともに交流が広い。ユウとは大親友。高二。

《大和 タケル》
 キリオの親友? 社交的で男らしいガッチリ系。黒のロンゲで一見チャラいがイイやつ。高二。

《森戸 ユウ》
 キリオの友達。一見ギャル風の茶髪ショート。真面目で真っ直ぐ。陸上部。カオルとは大親友。高二。

《村 上ヒロ》
 キリオの友達。金髪で若干ひねくれ気質。キリオと少しキャラかぶり。高二。

《倉木 アイ》
 キリオの彼女。黒髪ロングのお嬢様。強気な性格に見せているが寂しがり。高三。

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