また記憶がないっ!⑥

文字数 1,683文字

「なっ!? 今なんて!?」
「だからー、キリオの記憶を消したのはアタシです」
 突然の告白だった。でも、どうして急に? 彼女が()れる必要はどこにもなかったはずだ。

「きっと先輩が一番の被害者ですよね。今までのことは素直(すなお)に謝まります。ごめんなさい。何ならあの二人にもこのこと全て話してもいいです」
「アナタ……いった何考えてるの?」

 予想外の展開に頭が追い付かない。けれど、少しして彼女の肩が()れ始めた。
「くっくく……ああ、ごめんなさい。アタシ今、謝ってるところでしたっけ?」
 一之瀬カオルの態度が変わった? どういうこと、犯行を認めたのに、まだ何かあるっていうの?
 まさか……私の記憶も消そうっていうんじゃ!?
 思わず足が後退(あとずさ)る。

「あーおっかし、別にアンタの記憶は消さないよ。追いつめられてるのはアタシじゃなくて、先輩の方だし」
「どういうこと?」
「先輩がアタシにやっきになってる間、あの二人、キリオとユウはいい感じになっちゃってたでしょ? あれ、アタシの仕業(しわざ)
「えっ」
「先輩、アタシに構い過ぎてあそこの高架下にも行ってないでしょ? キリオは何度か来てたみたいだけど」
 !!

「あっはっは、でも大丈夫。《キリオ》も《猫のキリオ》も、ユウが面倒みてくれてるから。あっははは」
「なんでそれを!?」
「先輩って本物のお嬢様なんですね」
 一之瀬カオルが意味ありげな台詞(せりふ)とともに橘の方を見た。
「どういうこと?」

 私も橘を見ると、橘は視線をずらし顔を()せた。
「……まさか?」
 思わず(くちびる)をかむ。

(つか)えの人はアンタを心配してるんじゃない。いつでも家のことを心配してるんだよ! 先輩の相手はキリオじゃ駄目ってさ!」
「橘っ! どういうこと!?」
「申し訳ございません。(かく)していた訳ではないのですが、旦那様にどこからか連絡が入ったようでして……」
 やられた!
 ううん、予兆はあったんだ、急に門限が(きび)しくなったり、電話をかけることさえ制限され始めた。

 一之瀬カオルを(にら)みつける。
「くっくくく……」
「何がおかしいの!?」
 彼女は笑いを(こら)えきれないといった様子で続けた。
「いや、おかしーでしょ。先輩が必死に色々嗅ぎまわってくれたおかげで、確か《非通知の女》だっけ? キリオは先輩、アンタを(うたが)ってんだよ。あはははは、傑作(けっさく)!」
「そんな……!」
 目の前が一瞬真っ暗になると、全身の力が抜けたようにしゃがみ込んでいた。

「だから今さら本当のこと話したって、今の状況が逆転することは絶対ないでしょうね。ユウは一途(いちず)にキリオを想い続けてたけど、先輩はどうだった? ははっ! もう元には戻らないんだよ。そう……アタシの力を除いてはね」
 !?

 そんなバカげた話あり得ないと分かりつつも、自分の肩がビクっと揺れたのが情けなかった。思わず彼女の言葉に反応してしまっていた。
 彼女の言う通り、途中からキリオとの関係が絶望的になって、私は《一之瀬カオル》の調査に没頭(ぼっとう)し、そのことを見ないようにしていたんだ……

「いいの? このままだとあの二人、付き合っちゃうよ?」
 許せない! この女!

「キリオとユウは今ちょっと喧嘩中でね、お互い仲直りするキッカケがほしいのよ。そこで、アタシがキリオを連れて高架下に行けば、晴れて二人は……」
 絶対に許せない……でも、それは私自身も……

「さっきの電話で、謎の女を演じてキリオに発破(はっぱ)を掛けておいたの。駅前に来いってね。同時にユウにはキリオを高架下に誘うように言ったの。人っておかしいでしょ? 追いつめられると意思が強くなるの。ま、どっちに転ぶもアタシ次第なんだけど」
 一之瀬カオルの勝ち(ほこ)った顔が私を()め立てる。
 (くや)しい……

 !?

 責める……? 何を? 何だろうこの違和感?
 けれど、今はとても正確な判断ができそうにない。私はどうすれば……?

 彼女は来た道を戻ろうとしている。このタイミングを逃してしまったら、本当にキリオとは……

 彼女は最後にもう一度だけ念押ししてきた。
「それじゃあ先輩、アタシもう行っちゃいますけど、本当にいいんですか?」

 いいわけがない。けれど……何も言葉にできなかった。

(四話に続く)
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登場人物紹介

《柳 キリオ》
 主人公。記憶なし。茶髪。高二。

《一之瀬 カオル》
 キリオの幼なじみ。黒髪セミロング。明るく男女ともに交流が広い。ユウとは大親友。高二。

《大和 タケル》
 キリオの親友? 社交的で男らしいガッチリ系。黒のロンゲで一見チャラいがイイやつ。高二。

《森戸 ユウ》
 キリオの友達。一見ギャル風の茶髪ショート。真面目で真っ直ぐ。陸上部。カオルとは大親友。高二。

《村 上ヒロ》
 キリオの友達。金髪で若干ひねくれ気質。キリオと少しキャラかぶり。高二。

《倉木 アイ》
 キリオの彼女。黒髪ロングのお嬢様。強気な性格に見せているが寂しがり。高三。

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