恋がしたいっ!①

文字数 2,360文字

 記憶をなくして数日。今日も一日なんとか乗り切った。ほとんどタケルのお陰だ。同じクラスにコミュ力の高い親友がいて良かった。学校帰りも一緒のことが多く、これが地味に助かった。
 ただ今日は用があるらしく、久しぶりに一人だ。

 こういう一人の時は、できるだけ自分の行動や周りの反応を整理するようにしている。

 自分でいうのもなんだが、俺は結構上手くやってると思う。
 例の5人を中心に、家族とも、他の奴らとも積極的に会話するようになった。単純なことだけど、話をすれば少なからず得るものがあって、何もしなければ進展はない。それが身に()みて分かってきた。
 そうはいいつつも、ユウとは全然話せてないが。あれってケンカなのか? けど、わざわざ言い訳するのも変だし、ユウはいつも部活なので、キッカケすら作れないままだった。
 あと、シンの方も別の学校ってこともあり、まだ会えてないままだ。

 そんな感じで、記憶は依然(いぜん)戻ってないけど、日々の積み重ねのお陰で余裕は出てきた。何ていうか、少しずつ《新しい自分》が(きず)き上げられてるんだと思う。
 だけど……何か引っ掛かる。何か大事なこと忘れてないか?

 考え事をしながら河原(かわら)沿いの道を歩いていると、ふと高架下に目が向いた。
 視線の先には猫とじゃれている少女の姿があった。長い黒髪に(ととの)った顔立ちの、とても奇麗(きれい)な子だ。ほんの少し目を(うばわ)われたつもりが、俺はその場に立ち()くしていた。なぜかその子から目が離せない。

 彼女は清楚(せいそ)でおしとやかな、いかにも《お嬢様》といった印象なのに、どこか哀愁(あいしゅう)(ただよ)って見えた。なんでだろう? 河原を背に、猫とじゃれているだけの他愛(たわい)もない光景。それなのに……この胸が()め付けられるような、込み上げる(うれ)いにも似た感じはなんだ?
「あの子はいったい……」

 理由(わけ)が分からねぇ。どうしたってんだ俺は、ついさっき見かけた名前すら知らない子だぞ?
 俺はユウが好きなはずだよな。それなのに他の子が気になるなんて。。。

 これってまさか、《新しい自分》に芽生(めば)えた感情ってことか?
 待て待て! そんなこといったら、以前の気持ちはどうなるんだ? まだ記憶は戻ってないし、現状すら把握できてない状態で迂闊(うかつ)なことしたら、これまでの人間関係なんて簡単に変わっちまうんじゃねーか!?

 ブブブブ・ブブブ……

 スマホのバイブに意識が引き戻された。ディスプレイに(しめ)された《非通知》の文字に思わず体が強張(こわば)った。
 さっき思い出せなかったのは、これだ!!
 (いま)だ一切が不明な《非通知》の人物。この電話がそいつなのか!? もしそうなら、記憶をなくした時の自分と

に話したかもしれない相手。
 どうする? 出るべきか? いや、出ても大丈夫なのか? くそっ、こうしてモタついてる間に切れちまうかもしれない。

 俺の信条(しんじょう)は……何もしなければ何も進展しない、だ!

 通話ボタンをタップした。
「もしもし……」
『……』
 返事がない。
 非通知じゃ例の奴かどうか確認のしようがない。単なる間違い電話って可能性も高いよな。
「もしもし」
 念の為、もう一度呼びかけてみた。

『ねえ、アナタ今どこにいるの?』
 返事きた! 女の声? いや、違うな、何か変声機(へんせいき)を使ってるような声色(こわいろ)だ。つーか、音声変えて電話って、どう考えても(あや)しい奴だろっ。こんなの、正直に答える必要はない。
「ああ、今学校だけど……」
『何嘘ついてんの?』
「えっ?」
 嘘ってまさか、どこからか俺を見てるのか? この(あた)りに身を(かく)せそうなところは……たくさんあるな。

(さが)せっこないって』
 !?
 やっぱり! 確実に見られてる。いったい誰が? そもそも何の目的で?

「俺に何の用だ?」
『用も何も、アタシが誰だか分かってないでしょー?』
 やっぱり女? その声はどこかふざけた感じだ。俺のことからかってやがるのか。コイツが……あの日の非通知の相手。

「えっと、どちらさまでしたっけ?」
『ひどーい、本当に忘れちゃったの?』
 

だと!? コイツは、俺が記憶をなくしてること知ってるのか!?
「待っ」
『ガチャ。プー・プー・プー……』

 おおい! ちょっと待て! ここで電話切るか!? めちゃくちゃ話の途中じゃないか!

 しばらく呆気(あっけ)に取られてしまった。
 そして次第(しだい)にいくつも疑問が()き上がってきた。

― どこの誰かは(わか)らない。だけど、俺の記憶喪失に気付いている奴がいた ―
 そんな訳あるか? 俺は上手くやれてたはずだ。記憶のことだって、今まで誰にも話したことないんだぞ?
 もしかして、どこかで不自然な行動をとって見抜(みぬ)かれたとか? って、それこそないだろ。多少おかしな行動や言動があったからって、そんなんで記憶喪失を怪しむ奴なんていない。いや、むしろ……あの口ぶりは、明らかに始めから知ってる感じだった。

 まさか、《秘密》を交わした相手が奴だったのか?
 俺がそれを覚えているかの確認?
 そして

と判断されて電話を切られた?
 くそ、駄目だ! 何を考えても「?」が付いちまう。

 結局、家に着くまで非通知の女(だと思う)のことが頭から離れなかった。
 ここしばらく、日常生活に少しずつ()け込み始めたこともあって、すっかり《秘密》のことを忘れてしまっていた。
 しっかりしろ、その手掛かりをつかむ為に、自分と交流のある人物をあたってたんだろ。それがあの5人。そして5人の他にもう一人いるはずの《非通知の人物》が、やっと(あらわ)れた。
 けど、どこの誰かも判らない上に連絡方法もないんじゃ、どうにもしようがもない。

「いや……」
 必ずしも何かする必要はないんじゃないか? 奴はどこからか俺を見張っていた。そんなことする奴が、さっきのだけで終わりってことはないだろう。
 おそらくは、最低でももう一度、《非通知の女》からアクションがあるはずだ……たぶん。
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登場人物紹介

《柳 キリオ》
 主人公。記憶なし。茶髪。高二。

《一之瀬 カオル》
 キリオの幼なじみ。黒髪セミロング。明るく男女ともに交流が広い。ユウとは大親友。高二。

《大和 タケル》
 キリオの親友? 社交的で男らしいガッチリ系。黒のロンゲで一見チャラいがイイやつ。高二。

《森戸 ユウ》
 キリオの友達。一見ギャル風の茶髪ショート。真面目で真っ直ぐ。陸上部。カオルとは大親友。高二。

《村 上ヒロ》
 キリオの友達。金髪で若干ひねくれ気質。キリオと少しキャラかぶり。高二。

《倉木 アイ》
 キリオの彼女。黒髪ロングのお嬢様。強気な性格に見せているが寂しがり。高三。

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