また記憶がないっ!④

文字数 2,102文字

 調査の対象は《一之瀬カオル》。高校二年生。
 彼女はキリオの隣の家に住んでいる。性格は明るく社交的で、交友関係も広い。

 学校には毎朝決まって大和タケルと一緒に登校している。けれど二人は付き合っていないらしい。どうやら大和タケルの方が一方的に好意を持っているようだ。

 学校に()いてからは、親友でクラスメートの森戸ユウとほとんど一緒に行動している。
 放課後だけは別々で、森戸ユウが陸上部の活動をしている(あいだ)、一之瀬カオルは生徒会室で時間を(つぶ)し、二人は待ち合わせて一緒に帰っているようだ。

 ここまで調べてみて気になったことがある。
 彼女は常に誰かと一緒にいて、一人でいる時間が極端に少ない、ということだ。そんな中で、彼女はキリオに何度も電話をかけていたことになる。

 結局、分からないことだらけか。今分かっているのは、キリオの記憶を消したのが一之瀬カオル、彼女だろうということだけ。証拠がないから確証とはいえない。あくまで消去法による憶測レベルの見解だけど、行動や言動、動機のいずれにおいても彼女はその全てに該当する。
 なにより、私にとっては彼女と直接会って話したあの印象が色濃(いろこ)く残っている。

 だから今は少しでも証拠がほしい。
 今日は日曜日。彼女が行動を起こすとすれば休日以外に考えられない。こうして家を見張っていれば、そのうち必ず外に出かけるはずだ。
「!! 出てきた……」

 そのまま距離をとって彼女の後を()ける。

 それにしても……いったいどこに向かってるのだろう? 森戸ユウの家でもないし、学校や駅でもない。この先は河原(かわら)沿いの道だから、例の高架下って可能性もある。平日ならともかく、今日はキリオも森戸ユウもそこにはいないはずだ。
 でも今は予想外に動いてくれた方がいい。こっちも行き(づま)っていたし、何か新しい情報が得られるかもしれない。

 尾行中、ずっと気に掛かっていた疑問ばかり考えていた。
 記憶を消す……覚えていることもありそうだから、《記憶操作》って言う方が正しいかもしれない。いずれにしても、そんなこと現実に可能なのだろうか?
 方法どころか何が引き金かすら(わか)らない。つまりそれは……仕掛けられたら(ふせ)ぎようがないってことになる。しかも証拠すら残ってないなんて……

 もしそうだとしたら、私のやろうとしていることに意味はあるんだろうか?
 ううん、意味なんて必要ない。私とキリオの仲を二度も引き()いたんだ。このまま(だま)って見過ごすことなんてできない!

 一之瀬カオルは高架下ではなく、もう少し行った先にある小さい橋を渡り始めた。
 後に続いて橋まで来ると、高架下の方は随分遠くに見えた。向こうの方が川の下流なので、川幅が広い分、橋が長いのだと改めて気付いた。
 あの場所は……私とキリオの想い出の場所。でも、キリオのその記憶はもう上書きされてしまった。相手を森戸ユウに変えて……
 その一件以来、キリオと森戸ユウは明らかにお互い意識し合っていて、二人の関係は進展しているようだった。

 一之瀬カオルが歩きながらスマホを取りだした。着信だろうか? 何度か画面をタップしている。どうやら彼女の方からかけるようだ。

「あ、もしもしーユウー。xxxxx……」

 この距離だと、かすかに聞こえたのは始めの名前のところだけ。森戸ユウに電話をかけているみたいだけど、なんでわざわざこんなところから?
 少しすると彼女は急に足を止めた。
 えっ!? ちょっ、ちょっと! なんで止まったの!? まさか尾行に気付かれた?
 特に警戒していた様子はなかったはず。だけどマズイ……橋の上は見通(みとお)しが良すぎて(かく)れる場所がない。ここのまま歩いてやり過ごす? 立ち止まるのは不自然だし、引き返すのはもっと(あや)しまれそうだ。

 彼女は橋の手すりに(ひじ)をつき、高架下の方を向くと、また別のところに電話をかけ始めた。

『あっはは。だーれだ?』

 !!?
 なに今の声!? まるで別人じゃない!
 さっきより彼女と私の距離は近くなっている。声だってより鮮明に聞こえるはずなのに……聞き間違えるなんてことは有り得ない。

『ねぇ、これから駅前にこれないかな?』

 声が高すぎるというか、ワントーンくらい違う。この声って……よくテレビなんかで見る匿名(とくめい)の人の音声みたいだ。まさか、これが記憶操作に関係してるんじゃ?
 待って、今はそれより会話の内容を聞き(のが)さないようにしないと。(さいわ)い彼女は電話に集中してる。今ならこのまま(うし)ろを素通(すどお)りしてやり過ごせるはず。
 でも……これは逆にチャンスでもある。電話の相手はキリオなんじゃないの? だとしたら、何でもいいから証拠の決め手となる会話が聞けるかもしれない。

『いいの? 例の秘密、知りたくないの? 今から駅前の《サンライズ》ってパン屋に来れば教えてあげる』

 この女、今、《秘密》って言った!! 間違いない! 電話の相手はキリオだ! この変な声でキリオの記憶を操作してたんだ!
 私が今日、この場所を、このタイミングで通ったのはきっと……私自身の手で、この女を(さば)けということなんだ!

「一之瀬カオルっ!!」
 彼女の方に向き直り、力強く声を上げた。全てをここで終わらせる為に。
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登場人物紹介

《柳 キリオ》
 主人公。記憶なし。茶髪。高二。

《一之瀬 カオル》
 キリオの幼なじみ。黒髪セミロング。明るく男女ともに交流が広い。ユウとは大親友。高二。

《大和 タケル》
 キリオの親友? 社交的で男らしいガッチリ系。黒のロンゲで一見チャラいがイイやつ。高二。

《森戸 ユウ》
 キリオの友達。一見ギャル風の茶髪ショート。真面目で真っ直ぐ。陸上部。カオルとは大親友。高二。

《村 上ヒロ》
 キリオの友達。金髪で若干ひねくれ気質。キリオと少しキャラかぶり。高二。

《倉木 アイ》
 キリオの彼女。黒髪ロングのお嬢様。強気な性格に見せているが寂しがり。高三。

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