第80話 吾郎は暗く沈んだ心で、ネオンの明滅する窓を見やった 

文字数 519文字

 吾郎は、今朝の会議で若い女医の言ったことを思い出した。
あれはセックスの時のことを言っていたのか・・・女でなければ思い及ばぬことだったのだ・・・
 俺は根本的なことを忘れていた。あの手術の致命的な欠点を見逃していた。あの手術をするとこうなるに決まっている、そんな分かりやすい事実に気づかなかった。あの手術をしたら性生活はどうなるのかなど考えもしなかった。教授も助教も先輩医師たちも、レントゲン所見とか、疼痛の程度とか、関節運動域とか、そんな事ばかりに注力してセックスなどにはまるで無関心だった。術後の後遺症の欄にも、歩き恰好、坐れる角度、走れる距離などと言う項目ばかりで性生活と言う欄は何処にも無かった。肝心な処が抜け落ちていた・・・
 だが、吾郎はこうも考えた。
医者がいちいち其処まで責任を持つべきものなのか?俺は何も間違ったことをした訳じゃない、学問的には寧ろ正しいと思われることを遣ったのだ、それなのに・・・
 然し、吾郎は重い気分で思っていた。
これは、仕方無い、では済まされない。現に、紗友里はこうして壊れて崩れてしまっている・・・
吾郎の胸に自責と償いの思いが大きく深く拡がった。
彼は暗く沈んだ心を抱いて、ネオンの明滅する窓を見やった。
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