第78話 吾郎、木屋町のバーへ紗友里を訪ねる

文字数 2,155文字

 病院の正門を出て煌めくネオンを見た時、吾郎は紗友里からの電話を想い出した。
時刻は既に九時を回っていた。紗友里とはバー「圭」で一度遇ったきりだが、どこか投げ遣りな印象ははっきり覚えていた。吾郎は迷ったが、取り敢えず電話だけ架けてみよう、と手帳を開いてスマホをプッシュした。
紗友里は直ぐに電話口に出た。
「あら、先生、お仕事終わりましたの?」
「うん、まあね」
「じゃ、今からいらして、直ぐに分りますから。あたし、凄くお逢いしたかったんです、先生に」
声の調子は「圭」に居た時の紗友里からは想像もつかなかった。変われば変わるものだ、と思いながらも吾郎は悪い気はしなかった。
 
 彼は、その夜、十時頃に紗友里の居る「キング」を訪れた。店は木屋町五条を下がった地下の一階に在った。入ると、右手にカウンターが在り、左手にボックス席が五つほど並んでいた。カウンターもボックス席も半数ほどが客で埋まっていた。
 紗友里は名前こそ「圭」に居た時と同じだったが、外見はすっかり変わっていた。一重の目蓋には濃いアイシャドウとつけ睫毛が施され、赤い縞のミニドレスを着て、言われなければ、紗友里だとは気付かぬほどの変わりようだった。
 案内されたボックス席に坐ると、直ぐに、吾郎は紗友里に訊ねた。
「君は何故、俺に電話を架けて来たんだ?」
「“圭”でお逢いした時から目を付けていたんです」
「目を付けていた?」
「そう、ボーイハントよ。良い男は逃さないの」
紗友里は悪戯っぽく笑ってビールを注いだ。以前の投げ遣りな感じに悪擦れ感が加わっていた。
「君も飲むか?」
「ええ、ハイボールを頂くわ」
バーはボックス席が貧弱なうえに可愛い娘も居なくて、木屋町でも二流と言う感じだった。化粧した紗友里はこの店では目立つ存在だった。吾郎は初めて訪れた店だったが、殆ど紗友里が付き切りだったので、結構楽しく過ごした。それに、学会への準備も山を越えて、一息ついていたところだったので、気持も落ち着いていた。
「ハイボール、お替わり」
紗友里は速いテンポで飲んでいた。吾郎が来た時、既に軽く酔っていたので、ラスト近くになると、一人でしっかり立って居られないほどになった。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「平気よ、いつもはもっと飲むわ」
「体に毒だぞ」
「良いの、今夜は酔わせて!」
紗友里はまたボーイを呼んでお替わりをした。
「もうこれでラストだぞ」
「ねえ先生、何処かへ連れてって」
「誰かと約束があるんじゃないのか?」
「無いわ、そんなの・・・今夜は先生とずっと一緒に居るの」
「冗談は止せ」
「あら、本気よ、あたしは」
紗友里は起ち上がった。
「さあ、何処かへ連れてって」
「何処かって?」
「先ずは、飲みに」
吾郎は些か持て余しながら四条界隈のバーで一軒飲み、その後、河原町五条の紗友里のマンションまで送って行った。

 タクシーを降りた時、紗友里の足はふらつき、立って居るのがやっとだった。吾郎は抱えるようにして彼女の部屋へ連れて上った。
マンションはダイニング・キッチンとリビングの2LDKだった。雑誌や菓子や果物などが散らかっていたが、男の居る気配はなかった。
 部屋へ入ると直ぐに紗友里はベッドに仰向けにひっくり返った。
「ああ、酔っ払っちゃった・・・」
それを見届けて吾郎が帰りかけると、紗友里が叫んだ。
「帰っちゃ駄目!」
吾郎が振り返ると、彼女は眼を閉じたまま、ベッドの上に手足を投げ出していた。
「泊っていって!」
「相当に酔っているよ、君は・・・もう寝なさい」
「嫌や!柏木せんせい・・・」
その声は半ば怯え、半ば媚びているようだった。
「ねえ」
吾郎はもう一度ベッドに近づいた。見下ろす眼の下に、息づく度に大きく揺らぐバストがワンピースの襟元から覗いた。
「脱がせて」
眼を閉じているが、吾郎が横に立って居るのを知っているかのように、紗友里は脚をばたつかせた。ミニの裾が太腿の中ほどまで捲れ、形の良い脚が剥き出しになった。
「ねえ、せんせい」
それは間違い無く媚びている声であった。全てを許して待って居る声であった。
 吾郎は一度辺りを見回し、誰も居ないのを確かめると、紗友里の服に手を伸ばした。
ワンピースの背中のファスナーを下ろし、そのまま頭から脱がせた。スリップの肩紐を外して下へ滑り下ろす。ブラジャーを外すと細身に似合わぬ豊かな乳房が現れた。吾郎はその乳房に口づけながら右手でパンストに触れた。それまで、抵抗らしい仕草をしなかった紗友里が初めて身を捩った。
「嫌や!電気、消して」
紗友里が抗ったことで、吾郎に却って欲望が湧いた。彼は乳房から顔を離し、紗友里の足元に立つとショーツに手を掛けた。
「駄目!」
今まで泥酔していたとは思えぬ素早さで上体を起こすと、紗友里はパンティの端を掴んだ。
構わず吾郎は指先に力を入れ、一気に引き下ろした。
吾郎が紗友里の上に圧し掛かるのと、彼女が吾郎の躰を引き寄せるのと、ほとんど同時だった。
「抱いて、ねえ、早く抱いて!」
紗友里は喘ぎ、躰を左右に揺すりながら、吾郎の背に両手を廻した。
「もっと・・・」
吾郎は紗友里の脚の間に割って入ろうとした、が、何故か、彼女の脚は開かなかった。
彼は焦った。
「ねえ!」
焦っているのは紗友里も同じだった。
行為は上手く行かなかった。長い努力の末に、やっと二人は終えた。
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