第13話 夏の終わりに、聡介は麗美の本質を思い知らされた

文字数 1,352文字

 夏の終わる頃に彼は気付いた。
麗美の周りには顔ぶれこそ異なるものの常に十人余りの男たちが取り巻いていて、彼女を中心に回転していた。聡介もその一人に過ぎなかったのである。男たちはそれぞれ、過去の一時期に麗美から特別深い思いを架けられた経験を持っていたし、今もそのうちの半数ほどは時々復活する嘗ての残照に浴して慰められていた。麗美は、男の誰かが長い間彼女から無視され続けて取り巻きの中から消えそうになると、決まってその相手に、暫しの間、蕩けるような陶酔の一時を与えた。が然し、新しい相手が現れると誰も彼もが直ぐに脱落した。麗美に悪意が有った訳ではなかった。彼女は、自分のやっている行為が何らかの害を及ぼすなどとは思いも寄らなかった。一切が麗美自身によって処理され仕切られて、それをどうにかしようとしても、傍の力の及ぶ余地は無かった。麗美は相手の男の勝利が顕在化することに堪えられない女だった。彼女には巧緻な駆け引きは通用せず、もし男の力が強くなると、すぐさま情事の次元に還元して輝くばかりに見事な肉体の魔力を魅せつけた。如何に頭の冴えた男も、力の逞しい青年も、いつの間にか、彼女の満足と歓びに奉仕する結果になるのだった。極めて極く若い頃から多くの情事を重ね、多くの愛人を持った麗美には、それは自然の成り行きであったとも言えた。麗美の喜びとするところは、あくまでも自分の欲望を満足させることであり、自らの魅力を遺憾なく発揮し行使することであった。この本質を聡介はある日突然に思い知らされることになった。
 彼女は彼を東京まで迎えに来た。
「ねえ、ちょっとその辺りまでドライブしない?」
麗美は自分のロールスロイスに乗せて聡介を連れ出したが、食事が終わった後、暫くすると、そのロールスロイスに別の男を乗せて何処かへ姿を消してしまった。男はある大手信託会社の社長の倅だった。聡介はすっかり動揺し懊悩したが、その後、彼女と電話で話すこともその姿を見かけることも無くなった。
 程無くして聡介の脳裏に、ふと、自分は麗美を完全に自分のものにすることは出来ないかも知れない、との考えが思い浮かんだ。それは容易に承服出来ることでは無かったが、彼は自分で自分に納得させようと必死に努めた。暫くは夜も碌に眠ることが出来ず、とつおいつの思案を繰り返したし、彼女から与えられた厄介や苦痛や無関心、軽蔑や無礼や迷惑を自分に言い聞かせもした。妻としての彼女の持つ紛れも無い欠陥の数々を列挙してもみた。そして、麗美の甘美な声や魅惑の唇、見詰める眼差しを頭と心から追い出す為に毎日夜遅くまで仕事に没頭した。
彼は上場企業におけるコーポレート・ガバナンスを追求する傍ら、社会的課題に取り組む非営利団体に必要とされる資金が行き届いていない状況に問題意識を抱き、その取り組みの行動を始めた。NPOが継続的に資金を集め得る仕組みづくりに、創設者やアドバイザーや支援者として多額の資金支援を行ない、社会貢献事業におけるインキュベーション活動も積極的に支援した。
 やがて、聡介はビジネス街のリーダーたちに、眼鏡に叶う若者、と認知されてその足場を固め、評価を高めて行った。だが、彼はその程度の成功では満足せず、海外へ進出したいと言う熱い思いを胸に燃やし始めていた。
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