第9話 聡介、二百万円の小遣いで株を始める

文字数 1,198文字

 山上聡介は貿易商の次男として大阪市の内本町に生まれた。
小学生時代は元気で活発な性格で近所の友達ともよく遊び、勉強も良く出来て学校では教師の間違いを指摘するなどもした。その後、神戸の有名な私立中学と高校に進学したが、所謂ガリ勉と言うタイプではなかった。ただ、学校に行っても行事には参加せず、掃除当番などの割り当て仕事には不参加を通した。
「試験や受験が近づいたら、学校に行くよりも家で勉強した方が効率が良い」
「掃除なんかやって居る暇が有れば、僕は家に帰って勉強したい」
聡介はそう強弁した。独善的で我が儘な子ではあった。
 
 聡介が高校に進学した時、父親が彼に言った。
「今月から毎月の小遣い支給を廃止する。その代わりにこれを遣る」
父親がそう言って彼に手渡したのは、二百万円の現金だった。
「へえ~、一度に、こんなに沢山呉れるの!」
「大学を卒業するまでの七年分の小遣いだ。しっかり考えて使え、良いな」
「うん、解かった」
 聡介はその金を軍資金に、直ぐに株の取引を開始して潤沢に小遣い銭を捻出し始めた。
大学の象徴とも言える東京の国立大学に進んだ聡介は、父親から宛がわれた高輪の高級マンションから外車に乗って通学し、卒業時には当初の二百万円は二億円を超えていた。
 
 聡介は大学を卒業すると同時に「山上ファンド」を設立して株取引のキャリアを本格的にスタートさせた。彼の採った投資手法は、現金や優良遊休資産を保持していながらその有効活用をしていない上場会社の株を取得し、利益の上がる事業に専念させて株主価値の向上を目指すというやり方だった。
聡介は言った。
「日本の株主は押しなべて経営関与に消極的だな」
彼は、積極的に株主提案を行い、企業価値の向上を図り、株主を軽視する経営者に対しては株主総会などで厳しく批判し叱咤した。 
 聡介は多くの上場企業の役員に会い、多くの有価証券報告書を読み込んで面談したが、面談相手の役員が自社の財務状況をよく理解していないことに気付いて、驚いた。彼は自分の危機感を説いて廻った。
「日本の企業はこのままではグローバル競争に負けてしまうのではないですか?」
「株主が経営者を監視するコーポレート・ガバナンスの意識を高めることが、日本経済の健全な発展の為に絶対に必要だと考えますが・・・」
然し、聡介の行為や考えが金に纏わるものであったからと言って、彼が単純に俗物根性の持ち主であった訳ではない。彼は、物であれ人間であれ、煌めくものそのものを欲したのである。
 
 聡介は金を持った。それは眼を見張るばかりと言うほどの大金であった。彼は大学を卒業して三年にもならないうちに大きな賛辞を浴びた。
「あれこそは今どきの珍しい成功者だ!」
聡介の周辺で金持ちの息子たちが自信無げに証券を売ったり、財産を投資したり、コツコツと勉学し続けている間に、彼は自信に裏打ちされた弁舌にものを言わせて成功を収めたのである。 
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