第41話 慎一の、亜紀への未練

文字数 1,128文字

 「慎ちゃん、あなた、そんな騒動まで起こして奥さんと結婚したと言うのに、今になって、亜紀ちゃんが忘れられない、って言うの?」
「・・・・・」
「冗談も良い加減にしなさいよ!」
「・・・・・」
「あなた、今の奥さんが好きだから結婚したんでしょう?」
「・・・・・」
「好きだから亜紀ちゃんを袖にしたんでしょう?」
「それほど好きって訳ではなかったけど・・・」
「でも、嫌いじゃなかったのよね」
慎一は微かに頷いた。
「じゃあ、その人を愛してあげれば良いじゃない」
「そりゃあ、そうだけど・・・」
「やっぱり亜紀ちゃんのことが忘れられないって言う訳?」
慎一はまた微かに頷いた。
純子ママはため息を漏らした。
「あなたはもう結婚して奥さんが居るのよ。子供は未だだろうけど、夫なのよ。奥さんが可哀相だとは思わない?」
「・・・・・」
「そんなこと、責任ある男の言うことじゃないでしょう!」
純子ママに説教されて慎一は頭を深く垂れた。
「勝手過ぎるわよ。男らしく諦めなさい!」
「でも・・・」
慎一がそろそろと頭を上げた。
「彼女に悪いことをしたと思っているんだ。きちんと謝りたいと思っている」
「今更そんなことを言っても無駄よ。もう全ては終ったんだから」
「・・・・・」
「やめなさいよ、逢うのなんか」
純子ママは水割りを一気に飲み込んだ。無性に腹が立って来た。
「亜紀ちゃんはあなたを忘れる為に、あなたに関係あるものは全部処分して、仕事先も変わってマンションも移ったのよ。あなたに振られたショックから漸く立ち直ってまたスタイリストの仕事を始めたの。あなたが未だ亜紀ちゃんを愛しているなら、そっとして置いてあげなさい」
慎一は薄暗い照明の中でじっとグラスを見詰めていた。
「それに、あなたが逢いに行っても亜紀ちゃんは会わないと思うわ。あなたはもう他人なんだからね」
「・・・・・」
「どうしても逢うと言うのなら、ちゃんと身辺整理をしてからにしなさい」
「身辺整理?」
「そう。今の奥さんと別れて、独り身になって。でも、別れるほどの勇気も無いんでしょう?あなた」
「・・・・・」
慎一はまたグラスに眼を落した。
「女は一度恨んだら、一生忘れないの。そんなに甘くは無いのよ、女は!」
「・・・・・」
「こんなことなら初めから亜紀ちゃんとすっきり結婚すれば良かったのよ。家の為とか、親に背けないとか、上司だから断れないとか、詰まらぬことをくだくだ言って、結局、自分も亜紀ちゃんも、それに奥さんをも不幸にしているのよ、あなたは!」
純子ママは、男はどうしてこうも母親とか家とか会社とかに執着するのだろうか、と慎一の弱さに益々腹が立って来た。
「さあ、もう良いでしょう、帰って頂戴、店を閉めるから」
慎一は肩を落とし頸うな垂れて、すごすごと帰って行った。
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