第4話    大鳥    カケル    ②

文字数 6,311文字

とある要塞じみた細長いビル群の一角には、ジェネシス専用の居住地域がある。そこには500人程度のジェネシスが暮らしていた。今日はそこで一人の青年のファルコンの修理を請け負うことになり、今、彼のマシンの修理をするところである。
 カケルは自分のファルコンの荷台から工具を取り出した。そして子猫を扱うように慎重にボディを剥がす。鞄からパソコンとアダプターを取り出し、彼のファルコンと繋いだ。そしてボディ内側にあるシリアルナンバーを入力していく。
「ここで虹彩認証をお願いします。」
「はい。」|
 カケルはパソコンカメラで青年の目をスキャンする。モニターにはファルコンの詳細が表示された。そして保護メガネと革手袋を装着し、内部の状態を確認する。かなり熱を帯びており、そして土の塊のように脆くなっている。
「・・・随分とガタが出てますね-。」
 実はファルコンは事故防止の為、年間の平均時速が制限されており、たとえ仕事の時でも例外ではなく自動的に適用されているのだ。しかし、勝手に改造してリミッターを超える者も少なくはない。カケルは鷹のような目で内部を凝視し、ミリ単位の繊細なパーツを取り換える。
「ええとー、モーターと配線盤の損傷が原因ですね。長時間のスピードの出しすぎによる摩耗だと思われます。時々、熱が出ていたりしてませんでしたか?」
「・・・はい。時々というか、もう、しょっちゅうですよ。」
「あんまりスピード出しすぎると故障の原因になりますから、優しく扱ってくださいね。あと、くれぐれも改造なんてしないように。」
 男は叱られた子供のようにシュンとなり、ポリポリ頭を掻いた。
カケルは、損傷したパーツを取り換えるとエンジンを回し、モニターを確認した。
「これで終了ですね。」
カケルはパソコンのモニターを確認し、データを入力した。
「今回は18500円になりますね。」
「え、安すぎませんかー?てっきり倍以上はするものかと・・・」
「今回は部分的な修理で治まりましたので、これぐらいで妥当ですね。」
「・・・ありがとうございます。」
 カケルは代金を受け取ると、自身のファルコンを発車させ帰路に着いた。

「おかえりなさいませ。」
 玄関では、家政婦兼護衛用自動人形(オートマドール)がそこに立っていた。いつもの光景である。彼は、カケルが初優勝を成し遂げだ時に、スポンサーから頂いたVXである。彼は、表情豊かで流暢人に言葉を話す。カケルは彼に“キョウコ”と名付けた。
「お昼はいつものになさいますか?」
「あぁ、いつものでー」
 居間に向かうとテーブルにはコーヒーが置いてあった。椅子に座り、リモコンをつける。
『遂に登場!!次世代型ファルコン!!重量200キロ、最高時速はー何とー』
 テレビではキンキン声の司会者がファルコンの紹介をしていた。僕は溜息をつき、チャンネルを変えた。

『九曜がブラックチェイサーに襲撃されました。この事例はここ二か月で十数件報告されており、専門家はチェイサーのプログラムに何らかの負荷が掛かったものと見ています。』

「ただの故障じゃないのか・・・?」

 カケルは昼食を済ませると、友人である青木博士に電話をし、キースの居る病院へと向かった。青木博士があくせく働き、色々手回ししてくれたおかげで彼の居る病室まで特定する事ができたのだった。
 ふと、過去の惨劇が脳裏を過る。暗く地獄の様な光景だ。沢山の仲間が殺次々された。親友も失った。そしてただ一人、生き残った僕は右腕を失ったのだった。

 病室のベッドには、九曜がいた。身長190位はありそうな長身痩躯な男が、ベッドの上で身体をダルマの様に丸めていた。
「九曜亘さん?初めてお話ししますね。」
九曜は、寝起きの猫みたいな顔をして、めんどくさそうにカケルの方を向いた。
「あぁ、大鳥カケルか・・・?」
と、切れ長の眼で僕を睨みつけた。
「話すなら手短に頼むぜ。」
軽くイラついているようだった。
「では、手短に話しますね。あなたを襲ったチェイサーは、どのような姿をしてましたか?」
「あぁ、スカーフ巻いたトレンチコートの奴だけど・・・。あと、ガスマスクのような面を付けていたぜ。」
九曜は角刈りの金髪をかきあげ、めんどくさそうに答えた。
「おかしいですね・・・。では、何故彼があなたにとどめを刺さなかったのか、心当たりは有りますか?」
「知らねぇな・・・。あ、俺は電磁場を探して走ってたんだぜ。奴らこういう物には弱いだろ。あいつ、故障でもしたんじゃないのか?」
「スリープしたんですかね?」
「スリープ?」
「ここから先が本題です。」
「九曜さん、僕達ジェネシスは何の為に産み出されたか、知ってますか?」
「は?自動人形(オートマドール)の回収とかじゃないのか?ーでも、何かカラクリがありそうなんだがなー。俺は奴ら《組織》を信用してねぇし。」
「大体、正解です。」
「は?何か、間違いでもあるってのか?」
「実は、僕らはもう用済みな存在なんです・・・。そして、僕らの命を狙っていると言われている一番厄介な存在が、13体居ましてね・・・」 
「は・・・?13だと?」
九曜は青ざめた。

 九曜に連絡先を教え病室を出ると、カケルの頭の中では疑問が渦巻いた。

ーおかしいぞ。チェイサーは何故スリープし たんだー?ー

 チェイサーが今まで異常を起こしたことはほんの数例しかない。それも、ほとんどが部品の損傷であり、スリープするのは稀である。カケルは腕組みをしながら梟のように首を傾げた。
 しばらく歩くと、重苦しいような異様な気配を感じた。カケルは背筋に寒気を感じ、振り返った。そこにはvxー123が立っていた。

―何でこんなタイミングで奴がいるのだろうか?ずっとつけていたのだろうか?ー

カケルは間合いを取ろうとすると、彼はいきなり翔の頭部に蹴りを入れようとした。カケルは、とっさに躱し地面に手をついた。すると彼の右腕は日本刀の様にに変形し、じりじりと間合いを詰めてきた。
「大鳥カケルさんですよね?」
翔《カケル》翔が体勢を立て直す前に、彼は電光石火の如く刀をカケルの右腕に突き刺した。
幸い義手で痛みを感じないが、それが生身だったら完全に潰されているー。
「キースさんもいらっしゃいますか?」
見た目こそは10代半ば位の可憐な少女の踊り子の様な姿をしているが、実際は最強の戦闘能力を誇る殺戮マシーンなのだ。彼一体で、何十人もの人間や同胞が犠牲になったか分からない。
 カケルは近くの鉄柵で彼の首の隙間を突き刺した。彼はパタリと仰向けで倒れたが、その直後にビリビリと雷でも落ちたかのような電流が流れ拡散していった。僕は彼をうつぶせにして右腕を庇いながら、左手でひたすら押さえつけた。自動人形(オートマドール)は、それぞれ背中に螺子がついており、その内部には位置方向を定める羅針盤と、動力源であるモーター、動きを制御する駆動装置(アクチュエーター)と無数の複雑な電子回路が流れているのだ。vxシリーズは、現在380体程製造されている。こいつは比較的古いタイプであるが、厄介な特性がある。身体の殆どがダイヤモンドでできているのだ。
 123の頭部は今、激しくクルクル回転している。どうやらモーターのコイル内の電流に異常が起きたらしい。

ーここで、お前の動きを封じてやる!ー

カケルは、両腕で彼の背中螺子の奥に見える導線を引っ張った。しかし、標本のように束で絡み合った無数の導電は、僕の体力を消耗させていったのだった。

「おい、大鳥お前、何かしただろ!?」
後方から、九曜の声がした。
「離れて下さい!」
九曜は訝しげに123 を見ると、お化けを見たかのような顔になり急に青ざめた。
「・・・vx123か・・・?」

 123は、クルリと180度頭部だけ器用に回し、九曜の方を向いた。
「九曜亘さんですか?」
彼の左腕が鋭利な刃物に変わり、如意棒の様に九曜目掛けて貫いた。九曜は近くの柱に身を隠した。123は再び柱を突き刺した。柱は雪崩のように静かに音を立ててそして塵のようになった。人々はマネキンの様に立ち止まり、そして悲鳴を上げ縦横無尽に逃げ惑った。vxはターゲットを定めた者しか攻撃しない様に設計されている。しかし、今ここで電気砲(バズーカ)を使うわけにはいかない。ましてや右腕を使うと、犠牲者が出てしまう。ー
「痛てっ・・・」
「無事で良かったです・・・。あの時、彼の羅針盤を少しいじりました。」

「お前、ふざけてんのか!?俺は骨折してるんだぞ。しかもここはお前等の闘技場(アリーナ)じゃねぇよ。」

「それは分かってます。ですがもう1体、不穏な気配も感じるものですから。」

「・・・は?」

「多分ですが・・・、こいつの内部は高温の熱圧式でできています。しかも体表はダイヤモンドでコーティングされています。彼の弱点は、関節です。各関節に1センチから2センチ程の隙間があります。内部の各パーツもほとんどダイヤモンドだと思いますが、導線があります。そこを狙いましょう。」

「お前、何言ってるんだよ!?こんな奴と二人でガチンコでやれる訳ろ・・・。」

カケルと九曜は、鉄パイプで123の溝落ちを殴ろうとした。しかし、123は踊り子のように軽やかに(かわ)しダイヤモンドの首を45度傾げ、そして僕等の首を掴んだ。両腕は蛇の様にグニャグニャ螺旋を描き、カケル等の身体に巻き付いた。自由自在に変形できることから、液体金属なのだろう。どうもおかしい。博士からはこのような情報は聞いたことはない。カケルはフリーの右腕で123の首の隙間の導線を掴み引きちぎった。123は線香花火のようにバチバチ音を立て動きを止めた。

九曜、はせき込みながら膝をついた。

「どうなってんだ?流石にこいつはそこまでの芸当は出来ない筈だぞ。123だろ・・・」

「はい・・・。もしかしたら彼は一部を改造された可能性があります。強固な補助装置も付け加えられました。それはかなり優秀なエンジニアにしかできません。」

 カケルは呼吸を整え、右腕で彼の残りの導線を掴んだ。これさえ外せはもう終わりだろうー。

「ー!?」

123は首を傾け、カケルの右腕を掴んだ。全身、プレス機で圧縮されたかのような圧を感じた。彼は、冷徹に獲物を狙う鷹ような目で僕をじっと見ている。全身に冷や汗が流れ出てくる。ふと、一瞬123の額が焦げ臭く感じた。額に微かに煙がでていた。123はカタカタ振動し、奥に入った。

「大鳥、待ってろ!」

九曜は鉄柵を名一杯123の頭目掛けて投げつけた。-と、彼は、虫を払うような感じで軽々と鉄柵を払いのけた、カケルと九曜の身体は次第に重くなり、動きが徐々にマヒしていった。大きな岩の塊に押しつぶされたかの様な感じがした。

「お、大鳥・・・、アレ・・・。」

123と瓜二つのvxが出てきた。

「アレは、124・・・」

「・・・それがもう一つの気配です。」

124は鷲のような眼で、こちらを睨んでいる。124は両腕を鋭利な金属棒に変形させゆっくり歩いてくる。カケルらは防火シャッターを閉めた。シャッターの隙間から、針のような金属棒がしなやかに突き出た。カケル等は脱兎のごとく階段を駆け下り再びシャッターを閉めると外に出た。

 カケルは九曜を引き連れ裏口に回り、彼をを車に乗せて走らせた。トランクにはフリーズしている123を詰め込む。123は800度以上の熱に弱い。僕等はひたすら高温なところを探す事にした。

「あと五分で彼は目覚めます。でも動きは大分弱くなりました。」

「・・・、確かこの辺りに原子炉がー。」

九曜は、焦りながらスマホを確認している。

「もうじき124がこちらへ向かってきます。それまでにー」

「大鳥、まずい、トランクでガタガタ音がー!?」

ーと、トランクは軽々とこじ開けられ、123がひょっこり顔を出した。

 カケルは車を急停車させると、123が両腕をうねうねをさせ再びこちらを向き直った。
 両腕は波打つように激しくうねり、僕等もを直撃した。カケルと九曜は彼と10メートル程間合いを取ると彼の額目掛けて電気砲(バズーカ)を発射した。彼の額の煙は大きくなり微かに火が出ていた。123は首をカタカタさせ、身体を激しく振動させた。123の触手が僕等目掛けて直撃した。九曜は再び電気砲(バズーカ)で彼の額を直撃したが、触手は九曜の右腕に絡みついた。123はゆっくりと溶鉱炉の方へ向かった。カケル等はただひたすら足をバタつかせるしかない。足下は、マグマの様にフツフツ煮えたわる真っ赤な海が広がっている。意識が遠のく中、とうとうカケルは最終手段に出ることにした。
「大鳥、なにやってるんだ!?」
カケルは右腕袖をまくり上げグローブを外し、123の触手に絡みつかせた。そして123の剥き出しの導線を掴んだ。カケルは汗だくになりながら全神経を集中させ、右腕に電流を集めた。123は口を金魚のようにパクパクさせている。
「大鳥、やめろ!死ぬぞ!」
再生能力を失った123はカチカチ歯を立てながら、身体を震わせている。カケルは彼と揉み合いになり、再び彼の首の導線を掴んだ。カケルは全身に感電したかのような激痛が走り、悲鳴をあげた。とうとう彼は動きを停止し、溶鉱炉に落ちた。溶鉱炉は焦げ魚の様な不快な異臭を感じたのだった。僕等は全身の筋肉がぶちのめされ、枯草の様にその場にへたり込んだ。

 すると、背後からゾクゾクと寒気を感じた。124がゆっくりこっちに近づいてくるー。両腕をチェーンソーの様に回転させている。カケルの身体は岩石の様に重くなっている。濁流にのまれ深く暗い海の底に沈んでいくような感覚に襲われた。僕等はここで死ぬのだろうか。

 ふと、どこからか同胞の気配を感じた。暗い海の底から微に太陽光が差し込んだ気がした。
カケルは塵のように残り少ない力を振り絞り、気配のする方を向いた。遠くから吊り下げ式モノレールはゆっくり此方に近づいてくるのだった。すると、モノレールの窓が勢いよく開いた。そこには電気砲(バズーカ)を構えた人が立っていた。

「え、あいつ・・・いつの間に。」

九曜は苦悶しひたすら右腕を抑えながら、真上を向いた。

 狙撃手(スナイパー)は、しきりにジェスチャーしてしている。離れろという合図だろうか。
カケルは九曜を引き連れて鉛のように重くなった脚を引きずった。

124は、頭部をクルリとモノレールの方角を向いた。

 狙撃手(スナイパー)はおよそ10メートルの高さから電気砲(バズーカ)を124に向けた。124は、カタカタ不気味に音を立てている。そして狙撃手(スナイパー)の方を向き、彼目掛けて右腕を如意棒の如く延ばした。

 ーと、その瞬間、狙撃手(スナイパー)は 電気砲(バズーカ)を3発連弾した。

焔を帯びた弾は疾風の如く124の額を直撃した。-と、124の身体は、パチパチと花火のように弾けた。焔は燃え広がり彼の身体は火だるまになり動かなくなった。
 124の身体は、バチバチと花火の様に弾け、強大な焔が彼を覆い尽くした。しかしどういう事か、焔は器用にカケルと九曜を避けていたのだった。まるで大きな鉄の囲いの中にいるかのようだった。焔は荒波の如くメラメラ燃え広がり、そして爆発した。そしてあたりに非常に焦げ臭いにおい充満し、カケルと九曜は咳き込んだ。

 目を開けると焔は魔法にかかったかの様に消えていた。どういう事なんだろう。所々に微細な煙が立っているだけである。

「嘘だろ・・・。」

九曜は切れ長の目を梟の様に丸くして、辺りをキョロキョロしている。

 目の前にはボロボロの布切れと、金属片と導線が散乱しているのだった。

 しばらくすると、モノレールは再び何事も無かったかのように動き始めた。ふと、窓越しから狙撃手(スナイパー)の顔が見えた。

 そこに居たのは、日比谷ミライだった。
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