第2話    大鳥    カケル    ①

文字数 3,646文字

会場内は、まるでお祭りのように歓喜の渦で一般になっていた。司会者は声高高と張り叫んでいる。カケルは雲をつかむような感じに襲われ、高揚感とでクラクラしてきた。心臓の鼓動がは小太鼓みたいにバクバクしている。
ーこれで目標を達成できるー!ー
 翌日、カケルを乗せた電気車エレクトリックカーは 『アポロンタワー』に向かっていた。超巨大都市メガメガロポリスの中央にあるアポロンタワーは、地上350メートルもある、ここ森の都グリーンキャピタルの名物である。電気車エレクトリックカーは街の中央をハイスピードで走っている。この車は人工知能があり、目的地を言うと即座に検索し最短距離で向かってくれるのだ。車はしなやかに走ると、タワーまで着いた。メルヘンチックなタワーは今にも雲にまで届きそうで目眩がしてきた。そこで玄関に入り、エレベーターに乗る。外を眺めると無機質で冷たいビル群がずっしり構えていた。エレベーターはそのビルから逃げるように上昇していく。街全体が模型のように小さくなっていった。
 カケルと関係者は、会議室へ足を運んだ。広い会議室にはフラッシュがページェントの様にチカチカ点滅していた。そこには沢山の記者やファンでざわめいていた。最後尾に若者達が20人位張り付くようにしてこちらを見ており、時折仔犬のようにキャンキャンはしゃいでいる者までいる。カケルは軽く溜息をつきながら席に着いた。中央の席の女性記者が恐る恐る挙手し、質問し始めた。
「大鳥選手、おめでとうございます!ここまでの道のりは大変長くハードだったと思いますが、大鳥選手にとって、ギャラクシーレースとは何なのでしょうか?」
 カケルは、いつもの様に愛想笑いを向け、淡々と話し始めた。
「ありがとうございます。私にとってギャラクシーレースとは、人生そのものですよ。ファルコンに乗ってると、風になった様な感じになります。痺れますね。」
カケルは淡々と表向きは爽やかに話した。
「ありがとうございます。」
女記者は、目を梟のように丸くこちらを見ていた。
カケルは、こぶしを握りしめた。マグマが吹き出たかのような熱い感情がカケルを支配していた。


ーレイジ、とうとう来たぜ!ー


これは復讐の幕開けを意味していたー。


 それは、10年以上も前の話だ。カケルが子供だった頃の話である。その頃は、VXと呼ばれる、自動人形オートマドールのニュータイプの私動化が始まっ頃であった。自動人形には従来型のVシリーズと、VXシリーズとがある。どちらも自我を持ち知能はかなり高いが、VXシリーズの性能は、Vシリーズを遥かに凌駕していた。彼等はVシリーズとは違い、とてつもなく高度な戦闘能力を持っていた。普段、彼等は主に総理大臣や芸能人、アスリートと言った各界の著名人を護衛する役割を担っていた。彼等は指先だけで人間の頭蓋骨を貫通するようなパワーを持ち、中には重力で人を威圧する程の力スキルを持つ者までいた。しかしその能力は、あくまでも主人を護る為の行為であり、彼等は人間を殺すような事はしないようにプログラムされていた筈であった。


 カケルは人間の母とジェネシスの父との間に生まれた、いわば”特殊”な存在だった。カケルは実の親の記憶は全くない。親の名前も生年月日も知らない。父親は最終的に化け物ビーストとなり、街を食い荒らしたそうだ。巷では父親は光の救世主ヒーローとうたわれ、はたまた凶暴で獰猛な怪人あったとも言われていた。僕は本当の父の姿を知らない。父親の写真も似顔絵も持ってない。ただ、聞く限りでは天使やエルフの様な美貌の持ち主だった、もしくはミノタウルスの様な醜く野蛮な姿をしていたとも言われていたのだ。一体、どれが真実なのだろうかー?何で父の写真も絵も何処にもないのだろうかー?その真相は誰も教えてはくれないのだった。


 そんなカケルは幼少期から、ジェネシスを育成する専門組織に育てられた。 カケルは常に周囲から好奇な向けられていた。皆魔物を見るかの様な目でカケルを見ている。そんなカケルに手を差し出してくれたのは大鳥レイジだった。レイジは長身で頑丈な身体付きをしていた。冷淡な印象こそはしたものの、カケルを実の息子の様に接してくれた。事故で失くした右腕の義手も作ってくれた。レイジは直接的な愛情を示してはくれなかった。しかし、レイジはカケルにロボット工学やファルコンの走らせ方、力スキルの使い方等、あらゆる事を教えてくれた。レイジはカケルの師匠でもあったのだ。


 しかし、ギャラクシーレースに出ていたその日、悲劇は始まったー。
 レイジはその日もいつも通り好調だった。ぶっちぎりだった。レイジを乗せたファルコンは、磁石に引き寄せられるかのようにスイスイ螺旋状のコースを駆け上っていった。
 しかし、レースの終盤に差し掛かった頃、レイジの走っていたレーンが雪崩の様に海に崩れ落ちた。レイジはファルコンごと転落してしまったのだった。 会場内では、耳が張り裂けそうな位の悲鳴が響き渡っていた。
 幸い、レイジは一命を取り留めた。しかしレイジはそのまま寝たきりになってしまった。
 ただ、当時のカケルはあの頑丈な彼はただ寝ているだけなのだ。そのうち起きる筈だと信じて疑わなかったのだった。

 そんな有る日の夜、カケルはこっそりレイジから盗んだものを返そう病室に忍び込んだ。病室にはレイジの彼女が椅子に座っており、彼に寄り添うようにして寝ていた。すると、カチカチと言う彼等特有の足音が聞こえてきた。黒く長細い影がゆらゆらとこちらに向かってくるー。ーと、翔は咄嗟にベッドの下に潜った。ベッドの隙間から一瞬見上げると、そこには身長2メートルは優に超えている自動人形オートマドールが立っていたのだった。彼は右手でレイジの首を掴むと左手で心臓を貫いた。一瞬状況が飲み込めなかった。ーと、巨人に踏みつぶされたかの様な非常に重苦しい圧を感じた。僕は床にはいつくばり、額からは汗がひたたり落ちてきた。すると蚊の泣く様な弱々しい悲鳴が聞こえた。そして血塗れの彼女が、べちゃりと音をたてて床に倒れたのが見えた。頭部からは脳が、胴体からは内臓がはみ出ていた。僕は《彼》に見つからない様にと祈る事しか出来なかった。そこには何処までも暗い地獄が広がっていた。漆黒の焔が闇で覆い尽くした。地獄の死者が来たのだろうかー。悪魔が来たのだろうかー。僕は恐怖でその場に固まっているしかなかった。そこには最早絶望しかなかった。


僕は未だにその光景をはっきりと憶えているー。


 生前レイジは、ロボット工学に精通していた。ロボットの手足を構成するアクチュエーターや外界の情報を認識するセンサ、センシング手法に関する分野、ロボットの運動や知能等は全てレイジが管理していたのだ。だから、レイジがその彼らに殺されるのは本来あり得ない事なのだ。


仲間もレイジも彼の彼女も皆死んだー。


 しかし何で自分だけが生き残ったのかは分からない。あの父親の息子だからだろうか、人間ノーマルの血が流れているからだろうか、それとも義手に何か特殊な力があるからなのだろうか、未だに謎である。



 それからと言うもの、カケルはとうとう不満や猜疑心から組織内部の情報を洗いざらい調べる事を決意した。しかし、それは容易ではなかった。裏切り者はモルモットにされ、おぞましい姿になると言う噂があったからである。また、幾ら調べても情報はまるで魔法にかかったかのようにゼロに等しかった。



 それから5年後ー、カケルが成人して組織を出た頃だった。カケルはある日、丘の上のジェネシス専用の墓地でレイジの墓参りをしていた。すると、林の奥の木陰から人が2人ヒソヒソ話をしている姿が見えた。彼等は魔導師の様な黒紫のローブを着ている。肩には白い大蛇の紋章の入った懐かしいワッペンをしていた。ー組織の人間だー。ひとりの口から”レイジ”と言う名前が聞こえてきた。カケルは昔から地獄耳であった。その好奇心から2人に気付かれない様に近づき木陰から、耳をすませた。



『 だって、処分はあの方の命令だから仕方なかったもんなぁ~。 』



『 確かに、レイジには悪い事をしたとは思ってるよ。 』
『しかし、あの子だけは死ななかったよね~皆死んだのにさぁ。』
『 あぁ、あのカケル君だね。』
ー一体どういう事なんだー?処分はあの方の命令だとー?僕達を護る立場の組織が、僕達を抹殺しようとしていたと言う事なのかー。ー
 しかし、ここでようやく分かったー。組織は、僕達ジェネシスの敵なのだ。今まで度々組織にボロボロの雑巾みたいに扱われてきた仲間を何人も見てきた。今まで忠誠を誓いひたすら押さえつけてき組織に対する疑念が一気に噴出したのだった。


ーレイジは、組織に嵌められたのだ。仲間も皆、組織に殺されたのだ。奴等にとって、僕らはただの使い捨ての駒でしかなかったのだ。ー


 こうしてカケルは鉛のように澱んだ組織に復讐しようと胸に堅く誓ったのだー。
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