第34話 魔女の帰還 ②
文字数 7,391文字
アリスはカケルに向かい翼を高々と拡げた。そして再び両翼を波の様に無造作に揺らすと渦を作り高速回転させ、カケル目掛けて無数の羽を矢のように飛ばしてくる。
カケルは、ワイヤーを強く振り回し自身の義手の電磁波を載せ、円盤状のバリアを作り羽を弾き飛ばした。アリスは自身の前に突風を巻き起こすと、それを再びカケルに返した。カケルは、より激しくワイヤーを回転させ、全ての電磁波をかき集め、一緒に飛ばした。アリスは再び突風を巻き起こしたが、力は弱まっていた。
「大鳥さん!!全てやりましたよ!組織内の電磁波をかき集めてきました!」
背後から車から降りた青年の声が聞こえてきた。青年は、カケル向かって親指を突き立てた。
カケルはアリスの額目掛けて長剣を投げつけた。アリスは強烈な電磁波を帯びながら、ガクガク揺れる。
すると、アリスの外部のパーツは溶けだしピエロの様になった。そして、口はギザギザになり目は皿のように丸くなり配線のむきだしになる。首は蛇の様にニョロニョロ伸びた。
ニョロニョロ伸びた頭と首はカケル目掛けてハイスピードで伸びてくる。
ーと、アリスの周りに朱色の炎が取り囲んだ。炎は一気に火力を上げアリスを包み込むー。
アリスの身体は一気に溶けだし、そして強烈な熱波と突風を帯びて爆発した。
アリスの背後には、日比谷ミライがいたー。
「日比谷ミライ…!?」
「大鳥さん…お久しぶりです。」
ミライはが炎を纏い、カケルをじっと見ていた。
『大鳥カケルを、殺せー』
ーと、突然ミライの脳内に低くおぞましい声が響いてきた。
ミライは頭を抑え込むと、激しく首を横にブルブル振った。ミライは何やら酷く取り乱している。
「日比谷…?」
明らかにミライの様子はおかしかった。何者かが見えない糸で無理矢理動かせられているのたろう。
ふと、辺りを見渡す斗、高台の建物のには、クラーケンの化け物が腕を組んでじっとこちらを見ていたのだった。
「あの…大鳥さん…?」
青年は、不安げにカケルとミライを交互に見ていた。
ーコイツは…
「逃げてください!私はあの時、月宮から入れられた『銀の泉』が…」
ミライは、丸くうずくまる。
ー銀の泉…?
銀の泉とは、アストロン製の五感を自由に操作する液体だ。体内に注入されると、液体の所有者の意のままに操る事がデキるのだ。
「逃げて…!!お願い…。」
カケルは、ワイヤーでミライの手足を縛り付けた。
『殺せー。』
ミライの身体は縛られるも、カケル目掛けてドロップキックを仕掛けてくる。カケルはうまく避けると、締め付けるワイヤーヲ強めた。
「日比谷、悪いな…」
カケルはそう言うと、微量ながら電磁波を流し込むー。しかし、ミライの身体は言う事が効かないー。
ーその時、ミライは自身の周りに朱色の炎を纏うと、カケルの電磁波に載せ自ら爆破を起こした。炎が竜巻状になり強い熱波を帯びた。風は波の様に強くうねりながら、ミライを取り囲んだ。
「日比谷ー!!!」
カケルは叫ぶと、ミライの方まで駆け寄る。すると、風が波のうねりながら外部まで拡がっていき、そして炎と共に消えた。
中から、ミライが気絶して倒れているのが見えた。カケルはミライを抱きかかえると、車の方まで歩いた。
再び屋上まで目をやると、閣下の姿はそこにはなかったー。
カケルは博士の邸宅で、しばらくミライを寝かす事にした。
手術台の上には、寝せられていたミライの姿があった。博士は、モニターを確認しながら慎重にミライの身体を治療していった。
「博士…どうだろう?」
「ふむ…この『銀の液体』は禁忌じゃな。しかも、この娘の身体に大分浸透してるようだ。しかし、この液体を中和させる事は出来そうだ。できる限りやってみよう。」
ミライは2週間ほど寝ていた。急に記憶と力が戻った強い衝撃により、脳が疲弊してオーバーヒートしていたらしい。
ミライが目を覚ますと、そこは真新しい異次元の空間が拡がっていた。彼女は、メンズのぶかぶかのガウンを着せられていた。
ミライは不安げに扉を開くと、広い廊下に繋がっていた。明るく開放的な空間は、1階まで繋がっており、ミライは恐る恐る階段を降りた。
1階は異様に広く、窓から夕焼け空が拡がっていた。ミライは急に不安に感じ、再び元来た道へと戻ろうとした。
「日比谷…?」
背後から、聞き覚えのある男の声がし、ミライはビクッとした。恐る恐る振り返ると、そこには大鳥カケルが立っていた。
「あの…大鳥さん…ですよね…?」
ミライはか細い声を出す。あの時の爆破で、相当なダメージが出たのだろう。全身に強い痛みが生じていた。
「お前、記憶が戻ったのか?」
「…はい。」
ふと、ミライは苦々しい顔をした。
「悪い。思い出させたな。ここは、安全だから。」
カケルはぶっきらぼうな口調でボソッと話した。ミライは震えながらも肯いた。
「…何か、食べたのあるか…?」
「今は、まだいいです。しばらく、一人で休ませてくれませんか?」
「分かった。しばらくしたらまた来るよ。」
カケルは買い出しに行き、食材をテーブルに並べて冷蔵庫にしまう。
すると、ミライが震えながら、こちらを伺っていたのが見えた。
「あ…悪い。起こしたか…?」
ミライは激しく首を振った。
「一応、さっぱりしたのにしたから。病み上がりだし。できるまで、居間のソファーでくつろいでいて良いから。」
カケルは淡々と話しながら、食材を切り始めた。
「…ありがとう。」
ミライは居間の椅子に座ると、彼女何やら不安そうにキョロキョロ辺りを伺っていた。
「…あの、誰か他にいませんよね…マシンも何も…」
ミライの声は、強張っていた。
「ああ。この建物内には俺達二人だけだから。博士は出張で、しばらく居ないよ。」
カケルはそう言うと、ミライにひざ掛けを手渡した。
そしてキッチンに戻り麺を茹で、食材を炒めた。
アリスの造り主は誰なんだろうー?
アリスは時折、動きを停止していた。また、アリスの強さは恐らく並の#自動人形__オートマドール__#より3倍強いだろう。また、アリスの脳は従来のマシンとは、造りに剥離が見られた。脳の造りが高度で、イレギュラーな事や複雑な処理に追いつけなく、フリーズしてしまったのだろうかー?
誰が何の為に造ったのだろうー?
『銀の泉』とは、どれ位恐ろしい物なのだろうかー?
カケルは作りながらずっと考え込んでいた。
しばらくすると、ミライがキッチンの椅子に座った。
「…痛い…」
「あの時は悪かった。だけど、博士がお前を治したから、そのうち癒えると思う。」
ミライは、無言で肯いた。
カケルは食卓に二人分のパスタとサラダを置いた。女と食卓を囲んで二人で食事だなんて、思ってもみないシチュエーションだった。カケルは、カノンが亡くなってから10年以上、まともに女と話す事はなかった。仕事の話や軽く雑談する事はあったが、それ以上の関わりを持つことはない。普段は機械いじりをしているばかりで、女どころかまともに他人と関わりを持つことはなく、シチュエーション毎に話をふるのが苦手だった。ふと、ミライに目をやると、彼女の食事のスピードはゆっくりであり、何か深い物思いにふけっているようであった。
二人の間に長い沈黙が流れた。
「ーあの…後で身体、洗わせてもらってもいいでしょうか?匂いを全て取り除きたくて…」
「…ああ、すぐ風呂沸かすから…」
カケルはそう言うと、浴室の方まで速歩きで向かった。女と二人で居るのは、どうも緊張が走ー。
風呂が沸くと、カケルはミライを浴室まで案内し、扉を閉めた。ミライはガウンを脱ぐと、シャワー室へと向かった。
ミライが身体を洗ってる間、カケルは買ってきた衣類とタオルを一式用意した。
彼女は、組織から完全に離脱したのだろうかー?自分の内情を掴むために組織が彼女を送り込んだ可能性がある。
カケルは側に立てかけられてある、ミライの義足に視線を移すとしゃがみ込んだ。手に取ってみると、思いのほか義足は軽量であった。見た目は生身の肉体のようにそっくり似せてあり、内部は精巧で繊密に造られていた。配線が複雑であり、これがミライを強くした要因なのだろうー。その他、怪しい部品が仕込まれてないか確認したが、それらしきものは何もなかった。
「何処にも特殊な仕掛けは無さそうだな…」
カケルは首を傾げた。
「ーさん、ーさん…」
カケルは、念の為に内部まで細かく確認した。監視カメラや、音声機も何処にも仕込まれてないー。不思議な模様を確認したが、特に関係なさそうだー。
「俺の考えすぎか…」
すると、ミライがいきなり全裸で浴室のドアを開けていた。
「すみません…義足なんですが、ちょっと違和感がしたもので見て頂けると助かります。」
突然現れた想定外の事態にカケルの脳は追いつけないでいた。
「…は…?」
カケルは状況が飲めず、視線を落とした。
「さっきから、呼んでましたよ。」
ミライは困惑したようだった。
「悪い…」
どうやら彼女は、戦い以外に関する事は無頓着であった。組織から洗脳され感情の殆どを排除されてきたようだった。
しかし、彼女の身体は不思議とワイヤーの跡と全身の火傷が完治していた。彼女は完治能力が高いのだろか?そして、彼女の身体の左側の腰から骨盤の辺りに星型五角形のマークが入っているのに気がついた。組織にいた時に付けられたタトゥーの様なものなのだろう。S5と言う文字が印されている。ジェネシスの中でも一番強い者10人の身体の何処かにSから始まるマークがある。
彼女の他により強いジェネシスがいるという事になる。彼女以上の強者がこの世界の何処にいるのだろうー?
「…分かったから、着てから話そうか…?」
カケルは戸惑い目を逸らすと、義足の代わりに杖となる物を2本探して立てかけておいた。
カケルはミライの義足を検査する事にした。
義足は複雑なパーツで精巧な造りになっていた。それを彼女の成長に合わせて繊密に調整されているようだった。レイジの造ってくれた自身の義手より複雑で電磁波の流れも複雑に入り組んでいたのだ。その中の所々に脆くなってた箇所のパーツを交換し、電流を流し込んだ。
「…あの、大鳥さん…義足を…」
ふと、入口付近には杖をついてガウンパジャマを纏ったミライが立っていた。
「あ、悪い…。ちょっと前まで来てくれないか?今動かすとパーツが崩れちゃって……」
ミライは首肯き、カケルの所まで来て椅子に座るとズボンの裾を捲りあげた。
カケルは女が苦手である。彼にとてって女は感情豊かで非機械的でマニュアルにない言動を取るのが、大の苦手らしい。カノンと話す時もひたすら受け身であった。何で寄りによって、博士は出張なぞー。
カケルはチラッと正面からミライの顔を見た。過去に見た事のある女性と瓜二つであった。キリッとしたアーモンド型の目に#臙脂色__えんじいろ__#の深い色合いの瞳と髪ー。白い肌に高く澄んた声ー。
「スーツは燃えちゃったんですよね…」
ミライはおもむろに口を開いた。
「…ああ、悪いがしばらくメンズ物で我慢してくれ。後で新調するから。」
カケルはミライの脚に義足をはめると、慎重に螺子を調節していった。
「…分かりました。」
「ちょっと、聞きたいが…お前は、組織の内情を何処まで知っている?」
カケルは、ペンチで慎重に回す。
「内情ですか…?あそこはガードが強くて…私が知る範囲では…新たに軍事用のマシンを造り出してるとか…アストロンを殲滅するとか言って…それで私もその為に訓練を受けてきました。アストロンから大量の軍事用のマシンが続々と来ているみたいだから、組織の動きも活発になるのではないでしょうか?そのカモフラージュか何か知りませんが、レース主催したりわざと獰猛な不良品を造ったりして、我々ジェネシスと戦わせているみたいですよ。近年では、瀕死の孤児の子供を再び連れてきてジェネシスに育て上げようとしているみたいです…」
ミライは、早口で話す。口は微妙に強張っていた。
ーだとすると、リゲルの言っていた事は、濃厚になるなー。
カケルは沈思黙考していた。レイジやカノンが亡くなった理由も知りたいー。それにはリゲルが深い関わりがある筈だがー。
すると、ミライの顔は急に強張った。それは、何か本物の悪魔でも見たよかのような酷く怯えているようであった。その重苦しい異様な雰囲気から、ミライの洗脳は完全に解け組織から離脱したのだと、カケルは悟った。
「ーごめん。」
急に深い沈黙が流れた。カケルは女の扱いを知らない。彼は他人の気持ちを推し量りながら会話をするのが苦手である。彼は雑談に不慣れなのだ。その重い沈黙を、ミライは破った。
「姉が、大鳥さんの事、よく話してましたよ。」
「…俺の事かー?」
「はい。だから、一番印象に残ってるんです。それに、昔から大鳥さんは不器用なのに一生懸命だな…と、強くなるんだろうな…と、気になってました。」
ミライははにかんだ笑みを浮かべた。
「…ごめん。知らなかったよ。」
あの時の真顔の少女は、そう思いながら自分を見ていたのかー?不気味に感じたが、ちゃんと自分を見てくれていた。カケルは他人と距離を置き、ずっと孤独に過ごしてきたー。ミライの言葉に驚き、恥ずかしいような嬉しいような複雑な感じがし、顔を赤らめた。
カケルは疲労が蓄積されていた。女と一対一でずっと一緒に居るのは、気が張って仕方なかった。どんなに顔見知りでも、女と居るのは未だに慣れないー。
夜は別々の空間で、彼の心は唯一の癒やしとなった。カケルは、ベットの中に潜ると、深い眠りについた。
カケルはおぼろげに夢を見ていた。レイジが殺され、ベットで丸くなり怯えていた自分と、カノンの遺体を前にし、呆然と立ち尽くす自分がそこにいたー。周りの者たちの冷たい視線ー。カケルは泣き叫び、地面に這いつくばるー。黒いクラーケンのような禍々しい悪魔は、赤い瞳でじっとこちらを睨みつけている。そこには絶望の黒い混沌とした修羅の世界が拡がっていた。
すると、ガサッと言う大きな物音で、カケルは現実に引き戻され目を覚ました。
ミライの身体が壁に擦れ、ベットで丸くなっていた。ミライが毛布を包み、壁にもたれながらカケルのベットの隅の方で丸くなってうずくまっていたらしい。
カケルが起き上がった衝撃で、ミライは目を覚ました。
「…あ、すみません。」
ミライがハッと起き、目を丸くさせ怯えていた。突然起きた異常事態にカケルの頭は追いつけないでいた。
「…ああ…?」
「起こしたらまずいと思って…一人で何か色々と不安になっちゃって…この部屋に泊まらせて貰えませんか?」
彼女は毛布をキツく握りながら小刻みに震えていたー。
「お前…どうしてここに…?」
突然起きた緊急事態に、カケルはパニックを起こした。
「すみません、夜はどうしても、思い出して、怖いんです…。だけど、大鳥さん、姉と一緒に居たと聞いたので…心を落ち着かせようと…」
ミライは申し訳無さそうに上目遣いでこちらを見ている。
カケルは目眩を覚えた。ミライは長い間、組織に隔離された環境にいた為、色んな事がズレていた。彼女は殆ど常に監視下にあり、プライベートな時間は限られていたのだ。
しかし、真逆の環境で一人で寝泊まりするのは相当苦痛であろう。彼女からしたら、いきなり外国で暮らす様なものだ。それに、彼女の記憶は戻り洗脳は解けたのだ。
「いいよ。俺はそっちのソファーで寝るから…」
カケルは眉間に皺を寄せ深くため息をつき、自身の毛布を持ってソファーに移動しようとする。
「…駄目…ここに居て…」
ミライはカケルのシャツをきつく握りしめていた。彼女は青ざめ、ブルブル震えているー。
恐怖の記憶が一瞬にフラッシュバックした衝撃だろうかー?いや、ミライに義足をはめるとき、余計な事を言って思い出させてしまった自分に非があるー。
「…じゃあ、胸元直してくれないか…?あと、少し距離をとってくれるなら、お前も入っていいから。元々二人用だし。」
カケルは顔を視線をずらしながら、ベットに戻った。
「…ありがとう。」
ミライは依然として震えたままだ。彼女は夜に強く怯えている。何か強くトラウマがあるらしい。
「ああ。もう遅いから、寝よう。」
ミライは震えながらも首肯くー。
カケルはミライに背を向けたまま、一緒のベットに寝る事にした。
カケルは一気に疲労が溜まっていた。他人とここまで踏み込んだ絡みをするのは、カノン以来全くなかった。
しかしミライは、今までのトラウマと新しい環境に馴染めてないようだった。
しばらくするとカケルは恐る恐る後ろを振り向いた。ミライは落ち着いたのか、カケルの背中にもたれながら深い眠りについていた。その寝顔がカノンそっくりであり、何処かしらかデジャブと親近感を感じ、胸から熱い物がこみ上げ不思議な気持ちになった。
カケルは、殆ど一睡する事が出来なかった。
翌朝ー、ミライは恐る恐る通路から顔を出し、居間の方までやって来た。そして、申し訳無さそうにカケルの斜向かいに座った。
「昨日は、ごめんなさい…私、どうしても夜は不安になって…」
「…いや、いいんだ。俺こそ、色々思い出させたみたいで…」
「…大丈夫。大鳥さんと居たら、安心したから。」
「しばらくお前のそばに俺のマシンをおいてやるから。これだと、俺が居なくても安全だろ?」
「大鳥さんの…?」
「ああ。俺のメイド兼護衛だ。最近、メーカーに定期点検のメンテナンスに出していてね…今日戻ってくる筈だからさ。」
何で、この自分が彼女に色々気を回しているのか不思議だった。カケルはキッチンに行き二人分のコーヒーを注ぐと、居間に戻ってきた。
「大鳥さん、友達って何でしょうか?」
「…は…?友達…?」
「さっきテレビで、若者達が『私達、友達』って、楽しそうにはしゃいでいて…不思議に感じてしまいました。」
ミライは不思議そうな顔をし、淡々と話す。
「…コイツラはどうせ、口先だけだな。空世辞だよ。お前は知らないようだけど、人は皆そうなのさ。上辺ばかりだ。」
人は信じてはならない。レイジからそう言われてきた。組織の連中は殆ど皆屑の集まりだ。甘い汁でたぶらかせ、自分の都合の良い様に操作する。まるで蛭だー。
「じゃあ…大鳥さんと私は友達でしょうか?」
ミライの口から、唐突に予想外の言葉が出てきた。
カケルは、ワイヤーを強く振り回し自身の義手の電磁波を載せ、円盤状のバリアを作り羽を弾き飛ばした。アリスは自身の前に突風を巻き起こすと、それを再びカケルに返した。カケルは、より激しくワイヤーを回転させ、全ての電磁波をかき集め、一緒に飛ばした。アリスは再び突風を巻き起こしたが、力は弱まっていた。
「大鳥さん!!全てやりましたよ!組織内の電磁波をかき集めてきました!」
背後から車から降りた青年の声が聞こえてきた。青年は、カケル向かって親指を突き立てた。
カケルはアリスの額目掛けて長剣を投げつけた。アリスは強烈な電磁波を帯びながら、ガクガク揺れる。
すると、アリスの外部のパーツは溶けだしピエロの様になった。そして、口はギザギザになり目は皿のように丸くなり配線のむきだしになる。首は蛇の様にニョロニョロ伸びた。
ニョロニョロ伸びた頭と首はカケル目掛けてハイスピードで伸びてくる。
ーと、アリスの周りに朱色の炎が取り囲んだ。炎は一気に火力を上げアリスを包み込むー。
アリスの身体は一気に溶けだし、そして強烈な熱波と突風を帯びて爆発した。
アリスの背後には、日比谷ミライがいたー。
「日比谷ミライ…!?」
「大鳥さん…お久しぶりです。」
ミライはが炎を纏い、カケルをじっと見ていた。
『大鳥カケルを、殺せー』
ーと、突然ミライの脳内に低くおぞましい声が響いてきた。
ミライは頭を抑え込むと、激しく首を横にブルブル振った。ミライは何やら酷く取り乱している。
「日比谷…?」
明らかにミライの様子はおかしかった。何者かが見えない糸で無理矢理動かせられているのたろう。
ふと、辺りを見渡す斗、高台の建物のには、クラーケンの化け物が腕を組んでじっとこちらを見ていたのだった。
「あの…大鳥さん…?」
青年は、不安げにカケルとミライを交互に見ていた。
ーコイツは…
「逃げてください!私はあの時、月宮から入れられた『銀の泉』が…」
ミライは、丸くうずくまる。
ー銀の泉…?
銀の泉とは、アストロン製の五感を自由に操作する液体だ。体内に注入されると、液体の所有者の意のままに操る事がデキるのだ。
「逃げて…!!お願い…。」
カケルは、ワイヤーでミライの手足を縛り付けた。
『殺せー。』
ミライの身体は縛られるも、カケル目掛けてドロップキックを仕掛けてくる。カケルはうまく避けると、締め付けるワイヤーヲ強めた。
「日比谷、悪いな…」
カケルはそう言うと、微量ながら電磁波を流し込むー。しかし、ミライの身体は言う事が効かないー。
ーその時、ミライは自身の周りに朱色の炎を纏うと、カケルの電磁波に載せ自ら爆破を起こした。炎が竜巻状になり強い熱波を帯びた。風は波の様に強くうねりながら、ミライを取り囲んだ。
「日比谷ー!!!」
カケルは叫ぶと、ミライの方まで駆け寄る。すると、風が波のうねりながら外部まで拡がっていき、そして炎と共に消えた。
中から、ミライが気絶して倒れているのが見えた。カケルはミライを抱きかかえると、車の方まで歩いた。
再び屋上まで目をやると、閣下の姿はそこにはなかったー。
カケルは博士の邸宅で、しばらくミライを寝かす事にした。
手術台の上には、寝せられていたミライの姿があった。博士は、モニターを確認しながら慎重にミライの身体を治療していった。
「博士…どうだろう?」
「ふむ…この『銀の液体』は禁忌じゃな。しかも、この娘の身体に大分浸透してるようだ。しかし、この液体を中和させる事は出来そうだ。できる限りやってみよう。」
ミライは2週間ほど寝ていた。急に記憶と力が戻った強い衝撃により、脳が疲弊してオーバーヒートしていたらしい。
ミライが目を覚ますと、そこは真新しい異次元の空間が拡がっていた。彼女は、メンズのぶかぶかのガウンを着せられていた。
ミライは不安げに扉を開くと、広い廊下に繋がっていた。明るく開放的な空間は、1階まで繋がっており、ミライは恐る恐る階段を降りた。
1階は異様に広く、窓から夕焼け空が拡がっていた。ミライは急に不安に感じ、再び元来た道へと戻ろうとした。
「日比谷…?」
背後から、聞き覚えのある男の声がし、ミライはビクッとした。恐る恐る振り返ると、そこには大鳥カケルが立っていた。
「あの…大鳥さん…ですよね…?」
ミライはか細い声を出す。あの時の爆破で、相当なダメージが出たのだろう。全身に強い痛みが生じていた。
「お前、記憶が戻ったのか?」
「…はい。」
ふと、ミライは苦々しい顔をした。
「悪い。思い出させたな。ここは、安全だから。」
カケルはぶっきらぼうな口調でボソッと話した。ミライは震えながらも肯いた。
「…何か、食べたのあるか…?」
「今は、まだいいです。しばらく、一人で休ませてくれませんか?」
「分かった。しばらくしたらまた来るよ。」
カケルは買い出しに行き、食材をテーブルに並べて冷蔵庫にしまう。
すると、ミライが震えながら、こちらを伺っていたのが見えた。
「あ…悪い。起こしたか…?」
ミライは激しく首を振った。
「一応、さっぱりしたのにしたから。病み上がりだし。できるまで、居間のソファーでくつろいでいて良いから。」
カケルは淡々と話しながら、食材を切り始めた。
「…ありがとう。」
ミライは居間の椅子に座ると、彼女何やら不安そうにキョロキョロ辺りを伺っていた。
「…あの、誰か他にいませんよね…マシンも何も…」
ミライの声は、強張っていた。
「ああ。この建物内には俺達二人だけだから。博士は出張で、しばらく居ないよ。」
カケルはそう言うと、ミライにひざ掛けを手渡した。
そしてキッチンに戻り麺を茹で、食材を炒めた。
アリスの造り主は誰なんだろうー?
アリスは時折、動きを停止していた。また、アリスの強さは恐らく並の#自動人形__オートマドール__#より3倍強いだろう。また、アリスの脳は従来のマシンとは、造りに剥離が見られた。脳の造りが高度で、イレギュラーな事や複雑な処理に追いつけなく、フリーズしてしまったのだろうかー?
誰が何の為に造ったのだろうー?
『銀の泉』とは、どれ位恐ろしい物なのだろうかー?
カケルは作りながらずっと考え込んでいた。
しばらくすると、ミライがキッチンの椅子に座った。
「…痛い…」
「あの時は悪かった。だけど、博士がお前を治したから、そのうち癒えると思う。」
ミライは、無言で肯いた。
カケルは食卓に二人分のパスタとサラダを置いた。女と食卓を囲んで二人で食事だなんて、思ってもみないシチュエーションだった。カケルは、カノンが亡くなってから10年以上、まともに女と話す事はなかった。仕事の話や軽く雑談する事はあったが、それ以上の関わりを持つことはない。普段は機械いじりをしているばかりで、女どころかまともに他人と関わりを持つことはなく、シチュエーション毎に話をふるのが苦手だった。ふと、ミライに目をやると、彼女の食事のスピードはゆっくりであり、何か深い物思いにふけっているようであった。
二人の間に長い沈黙が流れた。
「ーあの…後で身体、洗わせてもらってもいいでしょうか?匂いを全て取り除きたくて…」
「…ああ、すぐ風呂沸かすから…」
カケルはそう言うと、浴室の方まで速歩きで向かった。女と二人で居るのは、どうも緊張が走ー。
風呂が沸くと、カケルはミライを浴室まで案内し、扉を閉めた。ミライはガウンを脱ぐと、シャワー室へと向かった。
ミライが身体を洗ってる間、カケルは買ってきた衣類とタオルを一式用意した。
彼女は、組織から完全に離脱したのだろうかー?自分の内情を掴むために組織が彼女を送り込んだ可能性がある。
カケルは側に立てかけられてある、ミライの義足に視線を移すとしゃがみ込んだ。手に取ってみると、思いのほか義足は軽量であった。見た目は生身の肉体のようにそっくり似せてあり、内部は精巧で繊密に造られていた。配線が複雑であり、これがミライを強くした要因なのだろうー。その他、怪しい部品が仕込まれてないか確認したが、それらしきものは何もなかった。
「何処にも特殊な仕掛けは無さそうだな…」
カケルは首を傾げた。
「ーさん、ーさん…」
カケルは、念の為に内部まで細かく確認した。監視カメラや、音声機も何処にも仕込まれてないー。不思議な模様を確認したが、特に関係なさそうだー。
「俺の考えすぎか…」
すると、ミライがいきなり全裸で浴室のドアを開けていた。
「すみません…義足なんですが、ちょっと違和感がしたもので見て頂けると助かります。」
突然現れた想定外の事態にカケルの脳は追いつけないでいた。
「…は…?」
カケルは状況が飲めず、視線を落とした。
「さっきから、呼んでましたよ。」
ミライは困惑したようだった。
「悪い…」
どうやら彼女は、戦い以外に関する事は無頓着であった。組織から洗脳され感情の殆どを排除されてきたようだった。
しかし、彼女の身体は不思議とワイヤーの跡と全身の火傷が完治していた。彼女は完治能力が高いのだろか?そして、彼女の身体の左側の腰から骨盤の辺りに星型五角形のマークが入っているのに気がついた。組織にいた時に付けられたタトゥーの様なものなのだろう。S5と言う文字が印されている。ジェネシスの中でも一番強い者10人の身体の何処かにSから始まるマークがある。
彼女の他により強いジェネシスがいるという事になる。彼女以上の強者がこの世界の何処にいるのだろうー?
「…分かったから、着てから話そうか…?」
カケルは戸惑い目を逸らすと、義足の代わりに杖となる物を2本探して立てかけておいた。
カケルはミライの義足を検査する事にした。
義足は複雑なパーツで精巧な造りになっていた。それを彼女の成長に合わせて繊密に調整されているようだった。レイジの造ってくれた自身の義手より複雑で電磁波の流れも複雑に入り組んでいたのだ。その中の所々に脆くなってた箇所のパーツを交換し、電流を流し込んだ。
「…あの、大鳥さん…義足を…」
ふと、入口付近には杖をついてガウンパジャマを纏ったミライが立っていた。
「あ、悪い…。ちょっと前まで来てくれないか?今動かすとパーツが崩れちゃって……」
ミライは首肯き、カケルの所まで来て椅子に座るとズボンの裾を捲りあげた。
カケルは女が苦手である。彼にとてって女は感情豊かで非機械的でマニュアルにない言動を取るのが、大の苦手らしい。カノンと話す時もひたすら受け身であった。何で寄りによって、博士は出張なぞー。
カケルはチラッと正面からミライの顔を見た。過去に見た事のある女性と瓜二つであった。キリッとしたアーモンド型の目に#臙脂色__えんじいろ__#の深い色合いの瞳と髪ー。白い肌に高く澄んた声ー。
「スーツは燃えちゃったんですよね…」
ミライはおもむろに口を開いた。
「…ああ、悪いがしばらくメンズ物で我慢してくれ。後で新調するから。」
カケルはミライの脚に義足をはめると、慎重に螺子を調節していった。
「…分かりました。」
「ちょっと、聞きたいが…お前は、組織の内情を何処まで知っている?」
カケルは、ペンチで慎重に回す。
「内情ですか…?あそこはガードが強くて…私が知る範囲では…新たに軍事用のマシンを造り出してるとか…アストロンを殲滅するとか言って…それで私もその為に訓練を受けてきました。アストロンから大量の軍事用のマシンが続々と来ているみたいだから、組織の動きも活発になるのではないでしょうか?そのカモフラージュか何か知りませんが、レース主催したりわざと獰猛な不良品を造ったりして、我々ジェネシスと戦わせているみたいですよ。近年では、瀕死の孤児の子供を再び連れてきてジェネシスに育て上げようとしているみたいです…」
ミライは、早口で話す。口は微妙に強張っていた。
ーだとすると、リゲルの言っていた事は、濃厚になるなー。
カケルは沈思黙考していた。レイジやカノンが亡くなった理由も知りたいー。それにはリゲルが深い関わりがある筈だがー。
すると、ミライの顔は急に強張った。それは、何か本物の悪魔でも見たよかのような酷く怯えているようであった。その重苦しい異様な雰囲気から、ミライの洗脳は完全に解け組織から離脱したのだと、カケルは悟った。
「ーごめん。」
急に深い沈黙が流れた。カケルは女の扱いを知らない。彼は他人の気持ちを推し量りながら会話をするのが苦手である。彼は雑談に不慣れなのだ。その重い沈黙を、ミライは破った。
「姉が、大鳥さんの事、よく話してましたよ。」
「…俺の事かー?」
「はい。だから、一番印象に残ってるんです。それに、昔から大鳥さんは不器用なのに一生懸命だな…と、強くなるんだろうな…と、気になってました。」
ミライははにかんだ笑みを浮かべた。
「…ごめん。知らなかったよ。」
あの時の真顔の少女は、そう思いながら自分を見ていたのかー?不気味に感じたが、ちゃんと自分を見てくれていた。カケルは他人と距離を置き、ずっと孤独に過ごしてきたー。ミライの言葉に驚き、恥ずかしいような嬉しいような複雑な感じがし、顔を赤らめた。
カケルは疲労が蓄積されていた。女と一対一でずっと一緒に居るのは、気が張って仕方なかった。どんなに顔見知りでも、女と居るのは未だに慣れないー。
夜は別々の空間で、彼の心は唯一の癒やしとなった。カケルは、ベットの中に潜ると、深い眠りについた。
カケルはおぼろげに夢を見ていた。レイジが殺され、ベットで丸くなり怯えていた自分と、カノンの遺体を前にし、呆然と立ち尽くす自分がそこにいたー。周りの者たちの冷たい視線ー。カケルは泣き叫び、地面に這いつくばるー。黒いクラーケンのような禍々しい悪魔は、赤い瞳でじっとこちらを睨みつけている。そこには絶望の黒い混沌とした修羅の世界が拡がっていた。
すると、ガサッと言う大きな物音で、カケルは現実に引き戻され目を覚ました。
ミライの身体が壁に擦れ、ベットで丸くなっていた。ミライが毛布を包み、壁にもたれながらカケルのベットの隅の方で丸くなってうずくまっていたらしい。
カケルが起き上がった衝撃で、ミライは目を覚ました。
「…あ、すみません。」
ミライがハッと起き、目を丸くさせ怯えていた。突然起きた異常事態にカケルの頭は追いつけないでいた。
「…ああ…?」
「起こしたらまずいと思って…一人で何か色々と不安になっちゃって…この部屋に泊まらせて貰えませんか?」
彼女は毛布をキツく握りながら小刻みに震えていたー。
「お前…どうしてここに…?」
突然起きた緊急事態に、カケルはパニックを起こした。
「すみません、夜はどうしても、思い出して、怖いんです…。だけど、大鳥さん、姉と一緒に居たと聞いたので…心を落ち着かせようと…」
ミライは申し訳無さそうに上目遣いでこちらを見ている。
カケルは目眩を覚えた。ミライは長い間、組織に隔離された環境にいた為、色んな事がズレていた。彼女は殆ど常に監視下にあり、プライベートな時間は限られていたのだ。
しかし、真逆の環境で一人で寝泊まりするのは相当苦痛であろう。彼女からしたら、いきなり外国で暮らす様なものだ。それに、彼女の記憶は戻り洗脳は解けたのだ。
「いいよ。俺はそっちのソファーで寝るから…」
カケルは眉間に皺を寄せ深くため息をつき、自身の毛布を持ってソファーに移動しようとする。
「…駄目…ここに居て…」
ミライはカケルのシャツをきつく握りしめていた。彼女は青ざめ、ブルブル震えているー。
恐怖の記憶が一瞬にフラッシュバックした衝撃だろうかー?いや、ミライに義足をはめるとき、余計な事を言って思い出させてしまった自分に非があるー。
「…じゃあ、胸元直してくれないか…?あと、少し距離をとってくれるなら、お前も入っていいから。元々二人用だし。」
カケルは顔を視線をずらしながら、ベットに戻った。
「…ありがとう。」
ミライは依然として震えたままだ。彼女は夜に強く怯えている。何か強くトラウマがあるらしい。
「ああ。もう遅いから、寝よう。」
ミライは震えながらも首肯くー。
カケルはミライに背を向けたまま、一緒のベットに寝る事にした。
カケルは一気に疲労が溜まっていた。他人とここまで踏み込んだ絡みをするのは、カノン以来全くなかった。
しかしミライは、今までのトラウマと新しい環境に馴染めてないようだった。
しばらくするとカケルは恐る恐る後ろを振り向いた。ミライは落ち着いたのか、カケルの背中にもたれながら深い眠りについていた。その寝顔がカノンそっくりであり、何処かしらかデジャブと親近感を感じ、胸から熱い物がこみ上げ不思議な気持ちになった。
カケルは、殆ど一睡する事が出来なかった。
翌朝ー、ミライは恐る恐る通路から顔を出し、居間の方までやって来た。そして、申し訳無さそうにカケルの斜向かいに座った。
「昨日は、ごめんなさい…私、どうしても夜は不安になって…」
「…いや、いいんだ。俺こそ、色々思い出させたみたいで…」
「…大丈夫。大鳥さんと居たら、安心したから。」
「しばらくお前のそばに俺のマシンをおいてやるから。これだと、俺が居なくても安全だろ?」
「大鳥さんの…?」
「ああ。俺のメイド兼護衛だ。最近、メーカーに定期点検のメンテナンスに出していてね…今日戻ってくる筈だからさ。」
何で、この自分が彼女に色々気を回しているのか不思議だった。カケルはキッチンに行き二人分のコーヒーを注ぐと、居間に戻ってきた。
「大鳥さん、友達って何でしょうか?」
「…は…?友達…?」
「さっきテレビで、若者達が『私達、友達』って、楽しそうにはしゃいでいて…不思議に感じてしまいました。」
ミライは不思議そうな顔をし、淡々と話す。
「…コイツラはどうせ、口先だけだな。空世辞だよ。お前は知らないようだけど、人は皆そうなのさ。上辺ばかりだ。」
人は信じてはならない。レイジからそう言われてきた。組織の連中は殆ど皆屑の集まりだ。甘い汁でたぶらかせ、自分の都合の良い様に操作する。まるで蛭だー。
「じゃあ…大鳥さんと私は友達でしょうか?」
ミライの口から、唐突に予想外の言葉が出てきた。