27 違い
文字数 2,984文字
それでいこう、なんて言われても、誰もその場で頷けなかった。
「叔父上! ビヒトさんならまだしも、叔父上の女装は見たくない!」
「おい」
「誰が女の衣装を着ると言った」
ビヒトの突っ込みの声を無視して話は続けられる。
「お前たちも習っとろう? 恐らく、ビヒトも」
アレイアでは確かに男舞いもあるが、必ず女性と対だ。それに、必ず習うというわけでもなかった。
ビヒトは首を傾げる。
「女役を誰かに頼むのか?」
「なんだ。誰もわからんのか? セレモニーではよく目にするだろうがよ」
「剣舞 か!」
ラディウスが言ってから腕を組む。
「だが、あれは少し地味じゃないか?」
「習うのは型とお決まりの流れだろう? あれをアレンジして『水龍 』と『火神鳥 』の伝説になぞらえた演舞があるんだ。騎士団の誰かが知っとるはずだ」
「ナーガとガルダ?」
「パエニンスラには二体の主 がおると言われていてな。半島の山間 にある湖に棲む『水龍 』と、半島の付け根に位置する火山に棲む『火神鳥 』。大蛇と妖鳥の姿で描かれる二体は、その昔、大喧嘩をしたという伝説が残っとるのよ。どちらが勝ったのか判然としないが、水龍 と違って姿を見せないのは、火神鳥 が負けたから、悔しくて引きこもっているのだという奴もいる」
「違って……って、水龍 の方は見たやつがいるのか?」
以前から、ヴァルムは主がいるということを疑ってもいないようだったが、アレイアに色濃く残る伝説を聞いて育っていても、直接にそれを見たものはいないのだ。その言いようはビヒトには少し奇妙に聞こえた。
「百年ちょっと前くらいの文献に残っとるからいるんだろう。水龍 は比較的話の分かる主だそうだ」
「百年ちょっと……開拓戦争の頃……」
「おっ。さすが優等生。他国の戦争まで覚えとるのか。そうだ。帝国はうちの主達を怒らせたらしいぞ」
くっくっと笑うヴァルムの話はどこまで信用出来るものか。でも、人智を超えた力が介在したなら、帝国があっさり手を引いたのも頷ける。そして歴史はパエニンスラが残ったことを伝えている。パエニンスラが柔軟であるというのは、そういうこと、なんだろうか。
自分の中で上手く収まらなくて、ビヒトは顎に手を当てたまま眉間に皺を寄せた。
「主を怒らせて、民はよく無事でいたな」
「言っただろう?水龍 はおとなしい方なんだ。それに半島は元々人は少なかった。住めるようにするのに犯罪者を送って作業させたから、今でも監獄半島と呼ばれとる。火山は噴火したが、火神鳥 が顔を見せたわけでもねえ。無作法な奴等がいなくなれば、工事は再開出来た。お前さんとこの物騒な主とは違うよ」
「物騒な主って?」
ラディウスが興味津々の顔で食い付いてきた。
「今はその話じゃないだろ。剣舞に話を戻さないと。どこまでもずれていくんだから……やるのは父上とビヒトさんでいいんじゃないのか? 二人一組が基本だろう?」
流れを戻すセルヴァティオにラディウスは「えぇ?」と声を上げる。
「確かに二人でもいいんだが、お前のお披露目も兼ねとるのだろう? アピールしておけばいいではないか。四人の方が見栄えもいいぞ」
「祝われる本人が舞うっていうのも微妙な気がするが」
「クラールスを巻き込むのとどっちがいい?」
「ティオでいいな!」
間髪入れないラディウスの決断に、皆は笑った。
さっそく騎士団に話をしてくるとヴァルムが談話室を出て行くと、ラディウスが頬杖をつきながらにやにやと言う。
「あれ、絶対本題忘れて酒飲んで終わるぞ。今日は帰ってこないだろうから、ビヒト……さん、はゆっくり寝れるな」
「別に、今まで通り敬称無くていいんだぞ。無理するな」
「あ、いや。ちょっと、そこは俺の中で必要って言うか……そっちこそ気にすんな。それより、物騒な主の話聞かせてくれよ」
余計気になる気はしたが、ラディウスの中では決定事項らしい。
そこは諦めて、ビヒトはアレイアに伝わる伝説を話して聞かせた。
「ひとりの過ちで皆殺しも辞さないとか……怖ぇ……」
「やったこと自体が世界を滅ぼしかねなかったから、止められなかった方も反省しろってことなんだろう。今でもアレイアでは朝の鐘と同時に雷の音が聞こえてくる」
「え? 主が鳴らしてんのか? すげえな」
ビヒトが微妙な表情になったのを見てラディウスも首を傾げる。
「何か?」
「いや。お前たちも主がいることを疑ってないんだなと思って。同じ時間に鳴る音は不思議だが、自然現象でも説明はできる」
ラディウスはセルヴァティオと視線を合わせると、どうだ? と聞いた。セルヴァティオは黙って首を振る。
「俺達は遭ったこともないけど、ヴァルムが時々見たとか、主候補のいざこざに首突っ込んだとか、小さい頃から聞かされてるから、疑ったこともなかったな」
「見たって? ヴァルムが?」
「本人に聞いてみるといい。さすがにべらべら喋ることでもないとは解ってるんだな。ヴァルムは大げさなことは言うけど嘘は下手だから、そうだったらすぐわかるぞ」
ビヒトは嘘は下手、というところに妙に納得して少し笑う。
「でも不思議だな。俺の聞いてる主のイメージだと、ひとりの罪で周囲まで巻き込むことはないんだが」
「あー。ティオもそう思うか? ちょっと違和感あるよな」
「そうなのか?」
「主は秩序を守るモノ。その人物は確かに悪かったんだろうけど、怒りの深さからいくと、唆 したり、けしかけたり、罠にはめたりした連中がいるんじゃないかな。それなら国全体にまで雷を落とした理由が解る」
「ま、主も色々らしいし、主になってからおかしくなるヤツもいるみたいだし、そういうのかもしれねえけどな」
ビヒトはまだ信じるまで至らなかったが、国全体の罪だったと言われれば、確かにそうかもしれないとも思う。
「次は無いのだ」という父の声が、国に向けられていたのか、ビヒトに向けられていたのか……ここにきてよく判らなくなるのだった。
なんとなく会話が切れると、三人は剣舞の型の確認を始めた。
一番現役に近いセルヴァティオが一番正確に覚えていて、アレイアで習う型との違いも分かった。
違いと言っても大きく違うわけでもない。回転が少し多いとか、剣を振る角度が違うとか、その程度だ。アレンジがどの程度か分からないが、三日あれば何とかなりそうだというのは共通の見解だった。
少し早く引き上げることにして、ビヒトは初めて自分に用意された部屋に足を踏み入れる。ヴァルムの部屋からはちょうど中庭を挟んで反対側の棟になる、客室。奥の扉を開けると浴室まで付いていた。
贅沢だな、と思いつつもビヒトはそこに少な目に水を入れる。
誰かに言えば湯を張ってくれるが、人の手を煩わすのも気が引けていた。左耳から耳飾りを外し、少しだけ魔力を籠める。爪で弾くようにしてから水の中へと落とし入れると、程無くして水がぼこぼこと沸き立った。水を追加して、入れるくらいまでうめていく。
横たわる様にして湯に身を沈めると、拾い上げた耳飾りを久しぶりにじっくりと眺めてみた。
金属部分には細かい傷がいくつもついていて、思いの外、年月が経っていることを感じる。
ただ、赤い石は当時と変わりなく、濡れて艶を増した姿はヴァルムにもらった時と同じで美しかった。
自分は何をできるようになったのだろう。
目を閉じても、赤い煌めきがビヒトの目蓋の裏に浮かんでいた。
「叔父上! ビヒトさんならまだしも、叔父上の女装は見たくない!」
「おい」
「誰が女の衣装を着ると言った」
ビヒトの突っ込みの声を無視して話は続けられる。
「お前たちも習っとろう? 恐らく、ビヒトも」
アレイアでは確かに男舞いもあるが、必ず女性と対だ。それに、必ず習うというわけでもなかった。
ビヒトは首を傾げる。
「女役を誰かに頼むのか?」
「なんだ。誰もわからんのか? セレモニーではよく目にするだろうがよ」
「
ラディウスが言ってから腕を組む。
「だが、あれは少し地味じゃないか?」
「習うのは型とお決まりの流れだろう? あれをアレンジして『
「ナーガとガルダ?」
「パエニンスラには二体の
「違って……って、
以前から、ヴァルムは主がいるということを疑ってもいないようだったが、アレイアに色濃く残る伝説を聞いて育っていても、直接にそれを見たものはいないのだ。その言いようはビヒトには少し奇妙に聞こえた。
「百年ちょっと前くらいの文献に残っとるからいるんだろう。
「百年ちょっと……開拓戦争の頃……」
「おっ。さすが優等生。他国の戦争まで覚えとるのか。そうだ。帝国はうちの主達を怒らせたらしいぞ」
くっくっと笑うヴァルムの話はどこまで信用出来るものか。でも、人智を超えた力が介在したなら、帝国があっさり手を引いたのも頷ける。そして歴史はパエニンスラが残ったことを伝えている。パエニンスラが柔軟であるというのは、そういうこと、なんだろうか。
自分の中で上手く収まらなくて、ビヒトは顎に手を当てたまま眉間に皺を寄せた。
「主を怒らせて、民はよく無事でいたな」
「言っただろう?
「物騒な主って?」
ラディウスが興味津々の顔で食い付いてきた。
「今はその話じゃないだろ。剣舞に話を戻さないと。どこまでもずれていくんだから……やるのは父上とビヒトさんでいいんじゃないのか? 二人一組が基本だろう?」
流れを戻すセルヴァティオにラディウスは「えぇ?」と声を上げる。
「確かに二人でもいいんだが、お前のお披露目も兼ねとるのだろう? アピールしておけばいいではないか。四人の方が見栄えもいいぞ」
「祝われる本人が舞うっていうのも微妙な気がするが」
「クラールスを巻き込むのとどっちがいい?」
「ティオでいいな!」
間髪入れないラディウスの決断に、皆は笑った。
さっそく騎士団に話をしてくるとヴァルムが談話室を出て行くと、ラディウスが頬杖をつきながらにやにやと言う。
「あれ、絶対本題忘れて酒飲んで終わるぞ。今日は帰ってこないだろうから、ビヒト……さん、はゆっくり寝れるな」
「別に、今まで通り敬称無くていいんだぞ。無理するな」
「あ、いや。ちょっと、そこは俺の中で必要って言うか……そっちこそ気にすんな。それより、物騒な主の話聞かせてくれよ」
余計気になる気はしたが、ラディウスの中では決定事項らしい。
そこは諦めて、ビヒトはアレイアに伝わる伝説を話して聞かせた。
「ひとりの過ちで皆殺しも辞さないとか……怖ぇ……」
「やったこと自体が世界を滅ぼしかねなかったから、止められなかった方も反省しろってことなんだろう。今でもアレイアでは朝の鐘と同時に雷の音が聞こえてくる」
「え? 主が鳴らしてんのか? すげえな」
ビヒトが微妙な表情になったのを見てラディウスも首を傾げる。
「何か?」
「いや。お前たちも主がいることを疑ってないんだなと思って。同じ時間に鳴る音は不思議だが、自然現象でも説明はできる」
ラディウスはセルヴァティオと視線を合わせると、どうだ? と聞いた。セルヴァティオは黙って首を振る。
「俺達は遭ったこともないけど、ヴァルムが時々見たとか、主候補のいざこざに首突っ込んだとか、小さい頃から聞かされてるから、疑ったこともなかったな」
「見たって? ヴァルムが?」
「本人に聞いてみるといい。さすがにべらべら喋ることでもないとは解ってるんだな。ヴァルムは大げさなことは言うけど嘘は下手だから、そうだったらすぐわかるぞ」
ビヒトは嘘は下手、というところに妙に納得して少し笑う。
「でも不思議だな。俺の聞いてる主のイメージだと、ひとりの罪で周囲まで巻き込むことはないんだが」
「あー。ティオもそう思うか? ちょっと違和感あるよな」
「そうなのか?」
「主は秩序を守るモノ。その人物は確かに悪かったんだろうけど、怒りの深さからいくと、
「ま、主も色々らしいし、主になってからおかしくなるヤツもいるみたいだし、そういうのかもしれねえけどな」
ビヒトはまだ信じるまで至らなかったが、国全体の罪だったと言われれば、確かにそうかもしれないとも思う。
「次は無いのだ」という父の声が、国に向けられていたのか、ビヒトに向けられていたのか……ここにきてよく判らなくなるのだった。
なんとなく会話が切れると、三人は剣舞の型の確認を始めた。
一番現役に近いセルヴァティオが一番正確に覚えていて、アレイアで習う型との違いも分かった。
違いと言っても大きく違うわけでもない。回転が少し多いとか、剣を振る角度が違うとか、その程度だ。アレンジがどの程度か分からないが、三日あれば何とかなりそうだというのは共通の見解だった。
少し早く引き上げることにして、ビヒトは初めて自分に用意された部屋に足を踏み入れる。ヴァルムの部屋からはちょうど中庭を挟んで反対側の棟になる、客室。奥の扉を開けると浴室まで付いていた。
贅沢だな、と思いつつもビヒトはそこに少な目に水を入れる。
誰かに言えば湯を張ってくれるが、人の手を煩わすのも気が引けていた。左耳から耳飾りを外し、少しだけ魔力を籠める。爪で弾くようにしてから水の中へと落とし入れると、程無くして水がぼこぼこと沸き立った。水を追加して、入れるくらいまでうめていく。
横たわる様にして湯に身を沈めると、拾い上げた耳飾りを久しぶりにじっくりと眺めてみた。
金属部分には細かい傷がいくつもついていて、思いの外、年月が経っていることを感じる。
ただ、赤い石は当時と変わりなく、濡れて艶を増した姿はヴァルムにもらった時と同じで美しかった。
自分は何をできるようになったのだろう。
目を閉じても、赤い煌めきがビヒトの目蓋の裏に浮かんでいた。