30 帝都へ

文字数 3,144文字

第三章 賑やかな華の帝都

 離れ難くなる前にと、ビヒトは竜馬を走らせた。土地勘がなかったので、休憩を挟んだ村や町で近道を聞きつつ、無難な道を行く。
 二日目には国境を越えたようで、立ち寄る町の雰囲気が変わった。
 パエニンスラもあるフェリカウダ国は、どちらかというとのんびりとした農業や林業の国だ。対してサンクトゥア帝国は工業の国と言っていいだろう。
 魔術具のような魔法特化した物よりも、もっと使いやすく、誰にでも扱える魔道具を大量に生産、販売して国を大きくしてきた。だから郊外には大きな工場があって、灰色の街並みも四角く重厚に見える。
 もちろん、領によっては花の都だとか、漁業の街など、別の特色を持つ所も多いのだが。

 帝国の首都サンクトゥアに着くと、明らかに時代がひとつ進んだかのような四角く高い建物が並び、広い道路に馬車が何台も行き交っていた。見慣れない服を着た人々が肩をぶつけんばかりに密集して歩いていて、ビヒトは思わず足を止める。
 竜馬はどこを通ればいいのかと戸惑っているうちに、当の竜馬がしょうがないなという風に歩き出した。

「わ、わかる、のか?」

 間抜けな問いに一瞥される。
 ビヒトはべつに竜馬が言葉を解しているとは思っていなかったが、借りた時に厩務員に帝都へ行くと告げたから、慣れている個体を貸してくれたのかもしれない。頼もしい限りだった。
 取り繕っても仕方がないので、そのまま竜馬に任せて進んでいく。すぐに大きな道は逸れて、公園を突っ切り、中心部から外れた場所にある冒険者組合(ギルド)へと辿り着いた。

 パエニンスラの冒険者組合(ギルド)もそこそこ大きかったけれど、帝都の冒険者組合(ギルド)はそれの優に三倍はありそうだった。
 先に厩舎に回り、竜馬を軽く水洗いしてやる。エサと水を与えながらブラッシングもしてやると、満足そうに目を細めていた。

 竜馬と別れ、安宿でも紹介してもらおうと建物に入っていくと、そこも人でごった返していた。
 受付や掲示板もそのぶん数があるので、待ち時間はそれ程長くはなさそうだ。ビヒトは見物がてらどんな依頼があるのか掲示板に目を向ける。
 都心だからなのか、採集や素材回収の依頼が多かった。ここからだと森や山は遥か遠い。害獣駆除もあるにはあるが、ネズミや野良犬程度のものが大半だ。田舎との違いは護衛依頼が多いことだろうか。都心部で育った人間は護身術など習わないのかもしれない。

 図書館に通いつつ受けられそうな案件にいくつか目星をつけてから、ビヒトは受付の列の一つに並んだ。
 初めて帝都に来たことを告げて、宿の情報を聞いてみる。後ろに並んでいた男が舌打ちひとつして「初心者かよ」と呟いた。

「安宿と言いましても、都内はどこもある程度の金額はしますよ? 手持ちが厳しいのであれば、こちらにどうぞ。ここには常駐するような方はあまりいませんので、お気遣いは必要ありません」

 事実田舎者なのでその手の評価は気にならないが、手持ちがないわけではない。正確に言うなら、ビヒトにはそこそこ貯えがあった。手元に持っていないだけで。
 ただ、ヴァルムとの合流がいつになるか分からない。いたずらに減らすのも馬鹿らしい。家を出た頃の感覚で、切り詰めた生活はビヒトにとって当たり前だった。
 都会の物価の感覚を掴むまでは甘えようと、彼は頷いた。

「じゃあ、しばらく厄介になる」
「では、身分証を」

 基本、首から下げている金属のタグの付いた鎖を外して手渡す。長い方の辺が小指ほどの長さの、角の丸い四角い金属片。ただの金属片に見えるが、中には個人情報が詰まっている。
 名前、性別、職業、血液型、学歴、あるなら犯罪歴、賞与歴、資格。必要があれば魔力量と優位属性も読み取れるらしい。冒険者組合(ギルド)に世話になればその履歴も残るし、預けているお金があれば、もちろんその情報も出てくる。
 一度登録した本人の血液には反応してそれを吸い込み、光るが、他人のものには反応しない。偽造不可能な身分証は生まれた時に作られ、親の管理の後、成人の年に本人に渡されることが多いようだ。(たまに失くしたふりで作り変える者がいないことはないらしいけれど)

 専用の魔術具にそれを置くと、セットされた皮紙に文字が転写されていくのだが、帝都(ここ)では皮紙ではなく、植物紙が使われ始めてるんだなと、ビヒトは少し驚いていた。
 浮き出す文字を確認していた受付嬢はビヒトの貯金額を見て動きを止め、ちらりと彼を見やった。

「部屋が足りなくなりそうなら、言ってくれ」
「……常に空きはあるので問題ありませんが……快適とはいきませんよ?」
「解ってる」

 笑うビヒトに、そうですかと後は事務的に処理してくれた。部屋番号の書かれた板のついた鍵をもらい、後ろの男に軽く会釈をしてから部屋に向かう。
 地下に訓練場と浴場があり、二階から四階までが貸し出し用施設だった。個室の他に大部屋も用意されていて、必要に応じて使い分けているのだろう。ちなみに五階、六階は冒険者組合(ギルド)の事務所になっていた。

 一階受付の少し奥に食堂があって、職員も使うからなのか、小さな冒険者組合(ギルド)よりはメニューが豊富だった。ただし、やはり酒は置いていない。
 さて、と迷って、まだ陽が残っていることだし、と、ビヒトは辺りを散策することに決めた。


 ◇ ◆ ◇


 中心街の方へ行けば食堂や酒場のひとつでもあるだろうと、適当に足を動かす。下手に曲がった道や行き止まりなどは少ない街なので、覚えるのに苦労は無さそうだった。
 暗くなると街灯に明かりが灯り、店の看板や、ともすると窓枠にも灯石(あかりいし)が連なって、煌々と辺りを照らしている。パエニンスラでもそうだったのかもしれないが、あそこでは夜に城から出ることはなかった。
 ビヒトは人の表情まではっきりと判る明るさに、右に左に視線を投げつつ足を進める。
 人の多さに、うっかりと腕が何かにぶつかった。

「あ……すいません」

 慌てて視線を下げると、十七、八の小柄な女性がビヒトを睨みつけていた。

「ちょっと、何処見てんのよ! 散らばったもの、どうしてくれんのよ!」

 ビヒトが足元まで視線を下げると、腕に下げたカゴから落ちたのだろう、オレンジやパンの他に、金色や銀色の繊細な花模様の細工物が、行き交う人の足に蹴られては転がっていた。
 まさに目の前でひとつ蹴られそうなところを、すいませんと身体を割り込ませることで阻止して、拾い上げる。そのまま目につく物を手早く拾っていくと、少女は多少機嫌を治したようだった。

「えぇ、と。弁償、した方がいいのかな……」

 細工のいくつかは形がひしゃげてしまっていた。金銀細工なら結構な値段がするものだ。彼女個人の物とは思えないが、使いの品なら余計問題だろう。
 彼女は大きなため息をこれみよがしに吐いて、肩を竦めた。

「はぁ? どう見てもおのぼりさんだし、何やってる人? 剣を下げてるってことは用心棒か冒険者ってとこ? だいたい、細工は一点ものだし、お金の問題じゃないんだけど」

 ビヒトは道の真ん中で、また人にぶつかりそうになっている少女を少し引き寄せる。
 とたんに、彼女はカッと顔を赤らめて、ビヒトの手を振り払った。

「ななな、何すんのよ! 小さいからって思い通りに出来ると思わないでよ!」
「は? いや、またぶつかりそうだったから……ともかく、ここじゃ落ち着かない。場所を移そう。時間あるなら、俺もこれから飯だし、何処か入るか……嫌なら、送って行くが……」

 どちらも嫌そうに顔を顰められて、ビヒトは天を仰いだ。

「君の安心できるとこでいい。とりあえず、それが商品なら見せてくれ」
「もう勝手に触らないでよね! ……ついて来て」

 ぷいと踵を返す小さな背中を、ビヒトは見失わないようについて行くのだった。
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登場人物紹介

ビヒト:主人公。本名、ヴェルデビヒト・カンターメン。魔術師の家系に生まれ、豊富な魔力を持つが、魔法は発動できない。ヴァルムに出会い、感化され、実家を出て自分なりの魔法との向き合い方を模索する。髪と瞳はうす茶。


イラスト:観月さん

ヴァルム:「鬼神」の二つ名を持つ名の知れた冒険者。破天荒でマイペース。家族には弱い。白灰色の髪に灰緑色の瞳。

ラディウス:パエニンスラ領主の息子。明るく快活。性格は領主似。よく騎士団に交じって訓練している。プラチナブロンドの髪にブルーグレーの瞳。

セルヴァティオ:ヴァルムの息子。ラディウスとは兄弟のようにして育った。真面目で繊細。酒が入ると人が変わる。ヴァルムと別れた母とは時々会っている。白灰色の髪に青い瞳。

マリベル:線細工師。背が低いので成人女性に見られないが、ラディウスと同い年。勝気で犬嫌い。金茶の髪に青い瞳。

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