46 少年少女
文字数 3,207文字
「俺はいいが、初対面の女性になんてこと言うんだ!」
「あぁん? このくらい流せる人間じゃないとお前さんが興味示すはずがねぇ。だいぶ控えめにしただろうがよ」
はぁ、と音を立てて息を吐いて、ビヒトは一旦気持ちを落ち着けた。
ヴァルムのペースに乗ってはいけない。
「ひとつ、まず前提が間違ってる」
ん? とヴァルムは乗り出しかけた身体を止めた。
「俺とマリベルは客と職人の関係だ」
「……プロ か?」
ガツっとビヒトの拳がヴァルムの頭に落ちる。
「どうしてもそういう関係にしたいのか! マリベルは線細工職人で、俺は首飾りの鎖に通しておける、魔法陣をデザインしたものを頼んでる。材料買付けの時に護衛としてついて行ったりして、多少遠慮が無くなったから外から見てそう見えるのも分かるが、口は慎め!」
むぅ、と口を尖らして納得いかない顔をしたまま、ヴァルムはマリベルに「すまんかった」と詫びを入れた。
「『図書館で籠ってるとかいいながら、いちゃいちゃしやがって!』っていう叔父貴の気持ちも、俺はちょっと解るな。あんまり怒んないでやれよ。数日前までは
どうも、ラディウスは身分を隠しておきたいのだと解ってきて、そちらに気をとられて内容を理解するのに一拍遅れる。
「そう……なのか? 真面目に?」
セルヴァティオも頷いているので事実なんだろう。
「早くこっちに来たいからって、珍しいもん見たよな。おかげで俺達もついてくるの難しくなかった」
その辺の話は後でゆっくり聞こうと決めて、ビヒトは慌てて口を挟んだ。
「俺だって真面目に図書館に通ってたぞ。預かった魔法陣 の解読は大体終わってる。怪我も良くなってきたから、慣らしの意味と彼女の気分転換を兼ねて久しぶりに……」
「怪我?」
ラディウスとセルヴァティオの声が重なった。
「ちょっと、野生の竜馬に噛まれて」
いくらかの間、会話が途切れて、お互いの視線だけが飛び交っていた。
「……なるほど。腰落ち着けて聞いた方がいいな。お前さん達は何処に泊まる予定だ?」
「いや。帰るつもりだったんだ。そろそろ、我慢が切れたヴァルムが飛び出してくる頃かと思ってたから」
「む」
「当たってるじゃないか」
ラディウスは楽しそうに笑った。
「じゃあ、明日……は移動で潰れちまうか。明後日帝都で落ち合うことにしようか」
笑いながらの提案に頷きかけたとき、マリベルが「あの、」と声を上げた。
「泊まっても、いいよ? 出来上がり少し遅くなっちゃうけど、話すことあるみたいだし……あたしは、今ビヒトの仕事しか抱えてないから」
「ほうほう。お嬢ちゃんの方が積極的だと」
「ヴァルム! 一緒の部屋をとるような言い方はよせ!」
「へ?」
「え?」
暫しビヒトと見つめ合って、マリベルは熟れたトマトのような顔色になった。
「あ、違う。違うの。ビヒトがあたしにも他の人にも興味がないの解ってるから、その方が部屋代浮くよねって、ちょっと、思っただけで……!」
ヴァルムとラディウスが吹き出した。
セルヴァティオもちょっと苦笑して言う。
「逞しいお姉さんだね。ビヒトさんは信頼されてると思っていいのか、悪いのか、分からなそうだけど」
「どっちもどっちじゃねえか」
目尻の涙を拭って、まだ喉の奥で笑ってるヴァルムを睨みつけているビヒトの横で、頬に両手を当てているマリベルが少し嬉しそうに首を傾げた。
「お姉さん?」
身長の低さもあって、あまり年相応に見られることがないので、セルヴァティオのセリフに彼女は敏感に反応していた。
「もう職人としてちゃんと働いてるってことは、俺より上かなって。違ったら、ごめん」
マリベルはセルヴァティオをしげしげと見つめて、傾けた首の角度を深めた。
「じゅうはち、だけど……」
「やっぱり。俺はまだ十五だから」
「えっ。同い年なのか!」
ラディウスのセリフに被せるように、マリベルは「えぇ!?」と声を上げて立ち上がった。
◇ ◆ ◇
大きな声を出したからか、マリベルも自分の調子を取り戻したようだ。ひとしきり盛り上がり、話が一段落ついたところでビヒト達は移動することにした。
竜馬は今日中に返すことになっていたが、急な予定変更は日常茶飯事なので問題無いはずだ。それでも、一応こちらの冒険者組合 に預けることにする。所在が分かっていれば安心だろう。
「竜馬で来てたんか」
ヴァルムが竜馬を見て呆れたようにそう言った。竜馬はクルルルと高い声で鳴き、ビヒトにするようにヴァルムに顔を寄せる。その顔をヴァルムは優しく撫でていた。
「女はあんまり機嫌よく乗せてくれねえんだけどな。ま、女の方も嫌がるからだが……こいつ、森に行ったときのヤツだな」
「え? そうなのか?」
「多分。わしも何回か乗せてもらっとる。頭もいいし乗り手を選ぶタイプだ。実力のない奴が指名しようとして蹴られてるのを見たことがある。逆に指名の無い時に厩務員にアピールするのもな。こっちにいるってことは、そうやってビヒトについて行ったんだな」
「へえ」と少年達の輝く瞳に、少々居心地が悪くなる。
「特に、何もしてないんだが……」
「相性みたいなもんだ。強い者はより好かれる傾向にはあるが、絶対じゃねぇ。咬まれたのはコイツじゃないんだろう?」
「ああ。違う。長くなるから、後で話す。ヴァルム達は何でここまで?」
「普通に馬で」
ひょいとヴァルムは肩を竦めた。自分は竜馬で来たかった、と目が語っている。
「俺達は竜馬に乗れないし、馬車だと時間がかかりすぎるから間を取ったんだ。観光がてら海沿いを回りたかったし」
そういう訳で、ヴァルム達とはそこで一旦別れることとなった。
ホテルの名前を聞いてそこで落ち合うことにする。
竜馬に跨ると、ラディウス達に手を振っているマリベルが呟いた。
「こういうの、ちょっと楽しいね。あたし、学生の頃も仕事してたし、あんまり友達と騒いだ記憶とかなくて」
「俺もだ。友達を作る余裕は無かった。ヴァルムは口が悪いけど……変な裏とかはないから」
そこでマリベルは笑った。
「大丈夫だよ。マスターの酒場で慣れてるから。悪意がこもってないのは判るし」
「……あっ。そうか」
「ビヒトは女性の気持ちに詳しいね?」
からかうような口調に、溜息が出る。
「きっと、姉の影響だ」
「お姉さんがいるの? なるほど! あたしも弟がいたら、絶対躾けるもんなぁ。なるほどー」
妙な納得のされ方をして、ビヒトはもう一度息を吐いた。
のんびり歩く竜馬が響かせる喉の音までビヒトを笑っているようで、女性不信になりそうになる。
「でも、ティオ? 彼とヴァルムさんは親子なんでしょ? 見た目はそう言われればそうかなって思うけど、あんまり似てないよね。彼は落ち着いた雰囲気だし。ちょっと不思議」
「あー。ヴァルムは家を空けてること多いから……ラ……ラッドのところで過ごす時間が多いらしい」
「そうなんだ……あの二人は仲良さそうだったもんね! あれ? でも、待ち合わせはヴァルムさんとだよね? どっちと先に知り合ったの?」
不思議そうに振り返られて、そうだよなと苦笑する。
「ヴァルムだ。彼に会ったから、冒険者でやっていこうと決めた。同じ年頃の息子さんがいると聞かされてはいたんだが……彼等に会ったのは最近なんだ。ヴァルムが子供っぽいとこがあるから、一緒にいても保護者って感じは無いな」
「顔はちょっと怖いけど!」
「はは。一緒にいると慣れる。戦闘中じゃなければ、そんなに怖くない」
「そういえば、有名なんだっけ? 強いんだよね?」
「ああ。自分より大きな熊を素手で投げ飛ばすのは見た。俺も一緒に戦ったことは無いんだが」
「熊!?」
出会った時を思い出して、ビヒトは笑った。
「最初はヴァルムのことも熊だと思ったんだ」
「え? どういう状況? 気になる!」
ビヒトは冒険者組合 に着くまで、マリベルに昔話を話して聞かせたのだった。
「あぁん? このくらい流せる人間じゃないとお前さんが興味示すはずがねぇ。だいぶ控えめにしただろうがよ」
はぁ、と音を立てて息を吐いて、ビヒトは一旦気持ちを落ち着けた。
ヴァルムのペースに乗ってはいけない。
「ひとつ、まず前提が間違ってる」
ん? とヴァルムは乗り出しかけた身体を止めた。
「俺とマリベルは客と職人の関係だ」
「……
ガツっとビヒトの拳がヴァルムの頭に落ちる。
「どうしてもそういう関係にしたいのか! マリベルは線細工職人で、俺は首飾りの鎖に通しておける、魔法陣をデザインしたものを頼んでる。材料買付けの時に護衛としてついて行ったりして、多少遠慮が無くなったから外から見てそう見えるのも分かるが、口は慎め!」
むぅ、と口を尖らして納得いかない顔をしたまま、ヴァルムはマリベルに「すまんかった」と詫びを入れた。
「『図書館で籠ってるとかいいながら、いちゃいちゃしやがって!』っていう叔父貴の気持ちも、俺はちょっと解るな。あんまり怒んないでやれよ。数日前までは
父さん
の手伝いも真面目にやってたんだからさ」どうも、ラディウスは身分を隠しておきたいのだと解ってきて、そちらに気をとられて内容を理解するのに一拍遅れる。
「そう……なのか? 真面目に?」
セルヴァティオも頷いているので事実なんだろう。
「早くこっちに来たいからって、珍しいもん見たよな。おかげで俺達もついてくるの難しくなかった」
その辺の話は後でゆっくり聞こうと決めて、ビヒトは慌てて口を挟んだ。
「俺だって真面目に図書館に通ってたぞ。預かった
「怪我?」
ラディウスとセルヴァティオの声が重なった。
「ちょっと、野生の竜馬に噛まれて」
いくらかの間、会話が途切れて、お互いの視線だけが飛び交っていた。
「……なるほど。腰落ち着けて聞いた方がいいな。お前さん達は何処に泊まる予定だ?」
「いや。帰るつもりだったんだ。そろそろ、我慢が切れたヴァルムが飛び出してくる頃かと思ってたから」
「む」
「当たってるじゃないか」
ラディウスは楽しそうに笑った。
「じゃあ、明日……は移動で潰れちまうか。明後日帝都で落ち合うことにしようか」
笑いながらの提案に頷きかけたとき、マリベルが「あの、」と声を上げた。
「泊まっても、いいよ? 出来上がり少し遅くなっちゃうけど、話すことあるみたいだし……あたしは、今ビヒトの仕事しか抱えてないから」
「ほうほう。お嬢ちゃんの方が積極的だと」
「ヴァルム! 一緒の部屋をとるような言い方はよせ!」
「へ?」
「え?」
暫しビヒトと見つめ合って、マリベルは熟れたトマトのような顔色になった。
「あ、違う。違うの。ビヒトがあたしにも他の人にも興味がないの解ってるから、その方が部屋代浮くよねって、ちょっと、思っただけで……!」
ヴァルムとラディウスが吹き出した。
セルヴァティオもちょっと苦笑して言う。
「逞しいお姉さんだね。ビヒトさんは信頼されてると思っていいのか、悪いのか、分からなそうだけど」
「どっちもどっちじゃねえか」
目尻の涙を拭って、まだ喉の奥で笑ってるヴァルムを睨みつけているビヒトの横で、頬に両手を当てているマリベルが少し嬉しそうに首を傾げた。
「お姉さん?」
身長の低さもあって、あまり年相応に見られることがないので、セルヴァティオのセリフに彼女は敏感に反応していた。
「もう職人としてちゃんと働いてるってことは、俺より上かなって。違ったら、ごめん」
マリベルはセルヴァティオをしげしげと見つめて、傾けた首の角度を深めた。
「じゅうはち、だけど……」
「やっぱり。俺はまだ十五だから」
「えっ。同い年なのか!」
ラディウスのセリフに被せるように、マリベルは「えぇ!?」と声を上げて立ち上がった。
◇ ◆ ◇
大きな声を出したからか、マリベルも自分の調子を取り戻したようだ。ひとしきり盛り上がり、話が一段落ついたところでビヒト達は移動することにした。
竜馬は今日中に返すことになっていたが、急な予定変更は日常茶飯事なので問題無いはずだ。それでも、一応こちらの
「竜馬で来てたんか」
ヴァルムが竜馬を見て呆れたようにそう言った。竜馬はクルルルと高い声で鳴き、ビヒトにするようにヴァルムに顔を寄せる。その顔をヴァルムは優しく撫でていた。
「女はあんまり機嫌よく乗せてくれねえんだけどな。ま、女の方も嫌がるからだが……こいつ、森に行ったときのヤツだな」
「え? そうなのか?」
「多分。わしも何回か乗せてもらっとる。頭もいいし乗り手を選ぶタイプだ。実力のない奴が指名しようとして蹴られてるのを見たことがある。逆に指名の無い時に厩務員にアピールするのもな。こっちにいるってことは、そうやってビヒトについて行ったんだな」
「へえ」と少年達の輝く瞳に、少々居心地が悪くなる。
「特に、何もしてないんだが……」
「相性みたいなもんだ。強い者はより好かれる傾向にはあるが、絶対じゃねぇ。咬まれたのはコイツじゃないんだろう?」
「ああ。違う。長くなるから、後で話す。ヴァルム達は何でここまで?」
「普通に馬で」
ひょいとヴァルムは肩を竦めた。自分は竜馬で来たかった、と目が語っている。
「俺達は竜馬に乗れないし、馬車だと時間がかかりすぎるから間を取ったんだ。観光がてら海沿いを回りたかったし」
そういう訳で、ヴァルム達とはそこで一旦別れることとなった。
ホテルの名前を聞いてそこで落ち合うことにする。
竜馬に跨ると、ラディウス達に手を振っているマリベルが呟いた。
「こういうの、ちょっと楽しいね。あたし、学生の頃も仕事してたし、あんまり友達と騒いだ記憶とかなくて」
「俺もだ。友達を作る余裕は無かった。ヴァルムは口が悪いけど……変な裏とかはないから」
そこでマリベルは笑った。
「大丈夫だよ。マスターの酒場で慣れてるから。悪意がこもってないのは判るし」
「……あっ。そうか」
「ビヒトは女性の気持ちに詳しいね?」
からかうような口調に、溜息が出る。
「きっと、姉の影響だ」
「お姉さんがいるの? なるほど! あたしも弟がいたら、絶対躾けるもんなぁ。なるほどー」
妙な納得のされ方をして、ビヒトはもう一度息を吐いた。
のんびり歩く竜馬が響かせる喉の音までビヒトを笑っているようで、女性不信になりそうになる。
「でも、ティオ? 彼とヴァルムさんは親子なんでしょ? 見た目はそう言われればそうかなって思うけど、あんまり似てないよね。彼は落ち着いた雰囲気だし。ちょっと不思議」
「あー。ヴァルムは家を空けてること多いから……ラ……ラッドのところで過ごす時間が多いらしい」
「そうなんだ……あの二人は仲良さそうだったもんね! あれ? でも、待ち合わせはヴァルムさんとだよね? どっちと先に知り合ったの?」
不思議そうに振り返られて、そうだよなと苦笑する。
「ヴァルムだ。彼に会ったから、冒険者でやっていこうと決めた。同じ年頃の息子さんがいると聞かされてはいたんだが……彼等に会ったのは最近なんだ。ヴァルムが子供っぽいとこがあるから、一緒にいても保護者って感じは無いな」
「顔はちょっと怖いけど!」
「はは。一緒にいると慣れる。戦闘中じゃなければ、そんなに怖くない」
「そういえば、有名なんだっけ? 強いんだよね?」
「ああ。自分より大きな熊を素手で投げ飛ばすのは見た。俺も一緒に戦ったことは無いんだが」
「熊!?」
出会った時を思い出して、ビヒトは笑った。
「最初はヴァルムのことも熊だと思ったんだ」
「え? どういう状況? 気になる!」
ビヒトは