75 個人授業
文字数 3,330文字
ビヒトは少年の指した葉の少し厚い方ではなく、手元の株の根元に指を添えた。
少年が何をするのかと覗き込んだ瞬間、細い葉の一本一本が、根元の方から順にキラキラと輝き出した。
「え? え?」
びっしりとついた朝露に陽の光が当たった時のように、葉の輪郭に沿って細かな光がはじけては消える。
ほわぁと口を開けて、少年は頬を上気させてそれを見つめていた。
ビヒトが手を離すと、光も消える。
「……な、何をしたんですか? 今のは……」
「『雪待草 』はほんの少し魔力を帯びた植物なんだ。だから、こちらから魔力を流してやれば反発して押し出そうとする。それが、どういうわけか押し出す時に光が生じてしまう」
「魔力を?」
「そうだ。普通の植物なら、魔力を流されても受け流すだけで反応はあまりない」
ビヒトは葉の少し厚い方へ手を添えたが、特に何の変化もなかった。
「ま、変化がないと何をしてるのか見たってさっぱりだろうが」
「魔力を扱えるんですか?」
食い気味にぐいと顔を寄せられて、少年が聞いた魔力のことがビヒトのことだと遅れて気が付いた。
「まあな。俺も、卒業生なんだ。出来るか? 初めの方の授業でやるだろう?」
魔術学校の生徒が全員触れたものに魔力を流し込めるわけではない。魔法は使えるのに、魔力操作はてんで駄目な者もいる。それでも七割方の生徒が量の多少は違えど会得する技術だった。
同じ魔道具に少しずつでも注いでやると、自分の魔力に道具が馴染んで、道具の寿命が延びたり効果が上がったりするのだ。
「す、少し、なら。あまり、上手く出来なくて……」
「確認だけなら、ほんの少しで充分だ。やってみればいい。あ、葉でも茎でも、流すのは根元の方がいいぞ。先に向かって流れる性質があるから」
少年は一枚の葉の根元を摘まむと、重いものを持ち上げるかのようにぎゅっと目も閉じて力み始めた。
「んんんっ」
摘まんだところから、弱い光が葉先まで一度走る。
「目を瞑ってちゃ、確認できないだろ」
少年はハッとして、顔を赤らめると「すみません」と俯いた。
「ちゃんと出来てるから、そんなに力まなくてもいいはずなんだが……」
「えっ? 出来てましたか?」
「授業ではどう教えてたかな……」
幼い頃から魔力操作はお手の物だったビヒトは首を傾げる。その手の授業は正直まともに聞いていなかった。
「手に魔力を集めるイメージで、ってよく言われるんですけど……上手く集められないって言うか、こぼれちゃうっていうか……ほら、手で水を掬っても指の間からこぼれていくでしょ? なんか、そっちのイメージが強くて……」
「ああ、なるほど。それで、分散しちまうのか。じゃあ、腹でも胸でも溜めたとこから管でも通して汲み出して来い。出口は指先。量の調節は、ポンプか、管の先を摘まむか、そういうのならどうだ?」
ビヒトは自分の指を摘まんで見せる。
ぱちぱちと瞬きをした少年は、ビヒトから視線を外すと空を見上げるように上を向いた。
「……溜めたところから……汲み出して……」
視線を雪待草 に戻すと、少年はもう一度葉の根元を摘まんだ。今度は力まなくとも光が走る。
「……わ」
「同じように、そっちもやってみるといい。今度は反応がないから」
自分のしたことに驚いて手を離す少年を気にする風でもなく、ビヒトは次の指示を出す。
次に摘まんだ葉にはなんの反応も見えなかった。
「全部確認してたら魔力の使い過ぎで動けなくなるかもしれないから、ある程度にしろよ。採ってるうちに見分けもつくようになってくる。あと、頻繁に大量に採ってると冒険者に目をつけられるからな。採り尽くさないためにもほどほどにしとけ」
呆けたように自分の手を見つめながら、少年はこくこくと頷いた。
ビヒトがナイフを取り出して株の周りに刺し入れ、根ごと採集を始めても、少年はしばらくの間放心していた。かと思うと、突然顔を上げ、汚れるのも構わずに四つん這いでビヒトに這い寄ってくる。
「あのっ。そ、卒業生なら、魔法も教えてもらえませんか」
「……無理だな」
「あっ……すみません。そうですよね。お忙しい、ですよね」
見る間にしゅんと沈んで行く様子に、ビヒトは弱ったなと頭をかく。
「いや。確かに、ここには七日程度と思ってるんだが、そういうことじゃなくて。なんで卒業生
「え?」
きょとんと瞳を丸める様は、そういう世間の通例をよく知らないと語っていた。
「魔術師で冒険者をやるには大抵相棒が必要になる……って、まあ、そこはどうでもいいか。魔法が使えないんだよ。
「ええ?!」
「授業でやるような理屈とか、呪文をってわけじゃないだろ? 俺が教えられるとしたら、授業をしっかり聞いて、籠める魔力量と発動させるポイントをぶれさせるなってくらいしかない」
「ほ、本当に?」
「残念ながら。すまないな。落ちこぼれで」
ビヒトが肩を竦ませると、少年ははっとしてあわあわと姿勢を正した。
「あっ。いえ。そんなことは! 発動に関しては本当にままならないと。こればかりは神の采配があるようだと……ただ、以前に魔法は発動させられなくとも、ろうそくに火を灯したり、水瓶に水を満たした方もいるから、自分の魔力とどう向き合うかが大切だと、習って……あ、あれ? いえ、偉そうなことを言いたかった訳じゃなくて……!」
「今は、そんなことを言われるのか」
ビヒトは苦笑する。
「……やっぱり、そんなこと、あり得ないですよね」
「さあな。俺は知り合いに『魔力の可能性は、もっと自由だ』って言われた。自由なら、そうあってもいいんじゃないか」
「自由?」
「正攻法がダメなら、横道を行けってさ」
少年はパチパチと瞬く。
「……じゃあ、その横道が、冒険者?」
「そうなるかな」
「僕……家族で僕だけ魔力が高くて……なんか、舞い上がった両親が受けろって試しに受けた試験に受かっちゃって……見るのも聞くのも初めてなことが多いのに、周りはそんなこと当たり前って雰囲気だし、家族は僕と同じで何も知らないし……相談したくとも、誰に相談すればいいのかさえ……」
俯き加減だった少年はそこでついと顔を上げた。
「今日は、貴方に会えてよかった。周りと違っても、他人と違ってもいいんだって少し思えました」
「それは、よかった。魔法陣の授業が始まってるのなら、ウォカーティ先生だと思うから、彼に相談してみるといい。面倒見がいいから、きっと魔法書とかも貸してくれる」
「え! えと、魔法陣は、まだ。あの、でも、覚えておきます!」
うん、とビヒトは頷く。
「そうするといい。コツがわかってくれば魔法も多分、発動させられる。呪文でちゃんと魔素が揺らいでるから」
「へ? 魔素?」
「操作と感知は得意なんだ。だから、信じて頑張ればいい」
「魔力じゃなくて、魔素? そこまで、感じられるものなんですか!?」
「時と場合によっては、な。ここは俺も良く通った場所だし」
ビヒトを見る少年の顔がうっすら紅潮して、輝きを増しながら真直ぐに向けられる視線に少し気恥ずかしくなる。
「あー、ほら。君も採取するんだろ?」
「はい」と素直に返事をして、少年は自分のナイフを取り出し、見よう見まねで土に突き立てた。
結局、キノコの採集まで手伝って、午前中いっぱいをサボることになった少年だったが、依頼料も含めて稼ぎを分ける頃には明るい笑顔を見せるようになっていた。
「午後からは授業に戻ります。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。手伝ってもらって助かった」
「と、とんでもない! ……あの……お名前、教えてもらえませんか。先生も、憶えてるかもしれないし……」
少し考えて、ビヒトは首を振った。
「やめとくよ。落ちこぼれを思い出されるのは、恥ずかしい」
「全然っ、そんな感じは……!」
にこりと笑うビヒトを見て、少年は残念そうに引き下がる。
何度も手を振る少年を見送って、ビヒトは小さく息をついた。後ろに控えていたフルグルがそっと顔を寄せる。
「少しくらい、力になってればいいんだが」
クルルルと応える声に、ゆっくりと首元を撫でてやる。
フルグルも冒険者組合 へ戻してから、ビヒトは城に近い商店街へと足を向けるのだった。
少年が何をするのかと覗き込んだ瞬間、細い葉の一本一本が、根元の方から順にキラキラと輝き出した。
「え? え?」
びっしりとついた朝露に陽の光が当たった時のように、葉の輪郭に沿って細かな光がはじけては消える。
ほわぁと口を開けて、少年は頬を上気させてそれを見つめていた。
ビヒトが手を離すと、光も消える。
「……な、何をしたんですか? 今のは……」
「『
「魔力を?」
「そうだ。普通の植物なら、魔力を流されても受け流すだけで反応はあまりない」
ビヒトは葉の少し厚い方へ手を添えたが、特に何の変化もなかった。
「ま、変化がないと何をしてるのか見たってさっぱりだろうが」
「魔力を扱えるんですか?」
食い気味にぐいと顔を寄せられて、少年が聞いた魔力のことがビヒトのことだと遅れて気が付いた。
「まあな。俺も、卒業生なんだ。出来るか? 初めの方の授業でやるだろう?」
魔術学校の生徒が全員触れたものに魔力を流し込めるわけではない。魔法は使えるのに、魔力操作はてんで駄目な者もいる。それでも七割方の生徒が量の多少は違えど会得する技術だった。
同じ魔道具に少しずつでも注いでやると、自分の魔力に道具が馴染んで、道具の寿命が延びたり効果が上がったりするのだ。
「す、少し、なら。あまり、上手く出来なくて……」
「確認だけなら、ほんの少しで充分だ。やってみればいい。あ、葉でも茎でも、流すのは根元の方がいいぞ。先に向かって流れる性質があるから」
少年は一枚の葉の根元を摘まむと、重いものを持ち上げるかのようにぎゅっと目も閉じて力み始めた。
「んんんっ」
摘まんだところから、弱い光が葉先まで一度走る。
「目を瞑ってちゃ、確認できないだろ」
少年はハッとして、顔を赤らめると「すみません」と俯いた。
「ちゃんと出来てるから、そんなに力まなくてもいいはずなんだが……」
「えっ? 出来てましたか?」
「授業ではどう教えてたかな……」
幼い頃から魔力操作はお手の物だったビヒトは首を傾げる。その手の授業は正直まともに聞いていなかった。
「手に魔力を集めるイメージで、ってよく言われるんですけど……上手く集められないって言うか、こぼれちゃうっていうか……ほら、手で水を掬っても指の間からこぼれていくでしょ? なんか、そっちのイメージが強くて……」
「ああ、なるほど。それで、分散しちまうのか。じゃあ、腹でも胸でも溜めたとこから管でも通して汲み出して来い。出口は指先。量の調節は、ポンプか、管の先を摘まむか、そういうのならどうだ?」
ビヒトは自分の指を摘まんで見せる。
ぱちぱちと瞬きをした少年は、ビヒトから視線を外すと空を見上げるように上を向いた。
「……溜めたところから……汲み出して……」
視線を
「……わ」
「同じように、そっちもやってみるといい。今度は反応がないから」
自分のしたことに驚いて手を離す少年を気にする風でもなく、ビヒトは次の指示を出す。
次に摘まんだ葉にはなんの反応も見えなかった。
「全部確認してたら魔力の使い過ぎで動けなくなるかもしれないから、ある程度にしろよ。採ってるうちに見分けもつくようになってくる。あと、頻繁に大量に採ってると冒険者に目をつけられるからな。採り尽くさないためにもほどほどにしとけ」
呆けたように自分の手を見つめながら、少年はこくこくと頷いた。
ビヒトがナイフを取り出して株の周りに刺し入れ、根ごと採集を始めても、少年はしばらくの間放心していた。かと思うと、突然顔を上げ、汚れるのも構わずに四つん這いでビヒトに這い寄ってくる。
「あのっ。そ、卒業生なら、魔法も教えてもらえませんか」
「……無理だな」
「あっ……すみません。そうですよね。お忙しい、ですよね」
見る間にしゅんと沈んで行く様子に、ビヒトは弱ったなと頭をかく。
「いや。確かに、ここには七日程度と思ってるんだが、そういうことじゃなくて。なんで卒業生
なのに
冒険者をやってると思う」「え?」
きょとんと瞳を丸める様は、そういう世間の通例をよく知らないと語っていた。
「魔術師で冒険者をやるには大抵相棒が必要になる……って、まあ、そこはどうでもいいか。魔法が使えないんだよ。
全く
発動させられない」「ええ?!」
「授業でやるような理屈とか、呪文をってわけじゃないだろ? 俺が教えられるとしたら、授業をしっかり聞いて、籠める魔力量と発動させるポイントをぶれさせるなってくらいしかない」
「ほ、本当に?」
「残念ながら。すまないな。落ちこぼれで」
ビヒトが肩を竦ませると、少年ははっとしてあわあわと姿勢を正した。
「あっ。いえ。そんなことは! 発動に関しては本当にままならないと。こればかりは神の采配があるようだと……ただ、以前に魔法は発動させられなくとも、ろうそくに火を灯したり、水瓶に水を満たした方もいるから、自分の魔力とどう向き合うかが大切だと、習って……あ、あれ? いえ、偉そうなことを言いたかった訳じゃなくて……!」
「今は、そんなことを言われるのか」
ビヒトは苦笑する。
「……やっぱり、そんなこと、あり得ないですよね」
「さあな。俺は知り合いに『魔力の可能性は、もっと自由だ』って言われた。自由なら、そうあってもいいんじゃないか」
「自由?」
「正攻法がダメなら、横道を行けってさ」
少年はパチパチと瞬く。
「……じゃあ、その横道が、冒険者?」
「そうなるかな」
「僕……家族で僕だけ魔力が高くて……なんか、舞い上がった両親が受けろって試しに受けた試験に受かっちゃって……見るのも聞くのも初めてなことが多いのに、周りはそんなこと当たり前って雰囲気だし、家族は僕と同じで何も知らないし……相談したくとも、誰に相談すればいいのかさえ……」
俯き加減だった少年はそこでついと顔を上げた。
「今日は、貴方に会えてよかった。周りと違っても、他人と違ってもいいんだって少し思えました」
「それは、よかった。魔法陣の授業が始まってるのなら、ウォカーティ先生だと思うから、彼に相談してみるといい。面倒見がいいから、きっと魔法書とかも貸してくれる」
「え! えと、魔法陣は、まだ。あの、でも、覚えておきます!」
うん、とビヒトは頷く。
「そうするといい。コツがわかってくれば魔法も多分、発動させられる。呪文でちゃんと魔素が揺らいでるから」
「へ? 魔素?」
「操作と感知は得意なんだ。だから、信じて頑張ればいい」
「魔力じゃなくて、魔素? そこまで、感じられるものなんですか!?」
「時と場合によっては、な。ここは俺も良く通った場所だし」
ビヒトを見る少年の顔がうっすら紅潮して、輝きを増しながら真直ぐに向けられる視線に少し気恥ずかしくなる。
「あー、ほら。君も採取するんだろ?」
「はい」と素直に返事をして、少年は自分のナイフを取り出し、見よう見まねで土に突き立てた。
結局、キノコの採集まで手伝って、午前中いっぱいをサボることになった少年だったが、依頼料も含めて稼ぎを分ける頃には明るい笑顔を見せるようになっていた。
「午後からは授業に戻ります。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。手伝ってもらって助かった」
「と、とんでもない! ……あの……お名前、教えてもらえませんか。先生も、憶えてるかもしれないし……」
少し考えて、ビヒトは首を振った。
「やめとくよ。落ちこぼれを思い出されるのは、恥ずかしい」
「全然っ、そんな感じは……!」
にこりと笑うビヒトを見て、少年は残念そうに引き下がる。
何度も手を振る少年を見送って、ビヒトは小さく息をついた。後ろに控えていたフルグルがそっと顔を寄せる。
「少しくらい、力になってればいいんだが」
クルルルと応える声に、ゆっくりと首元を撫でてやる。
フルグルも