64 二階~地下二階

文字数 3,109文字

 ひとつ下の階に着くと、ビヒトは魔力を流すポイントを探した。カンテラの明かりだけでは通路のどの位置にあるのか今一つ解り難い。
 あるいは、通路にはないのかもしれない。
 何の目印も無く、当時の人達は困らなかったのだろうかと考えて、ふと思いついたことを確認すべく、ビヒトはヴァルムに声をかけた。

「ヴァルム。剣に触れさせてくれ」
「剣?」

 訝しげな声を上げながらも、ヴァルムは傍まで来て剣の柄を差し出した。
 ビヒトはそれに触れて、少しずつ周囲の魔力を感じられるよう集中していく。ある程度まで達すると、壁の一部に魔力の(おり)のような物を感じた。
 そこに魔力を流してみる。
 するりと染み込むような感覚と、通り道が決まっているかのように走って行く魔力の様子に、正解だったと胸をなでおろす。魔力が生活に密着していたのなら、それを感知する能力も研ぎ澄まされていたに違いない。武器に補助機能があるのは、戦いの時はより集中が必要になるからなのか。
 ほどなくして明かりが点いた。

「手っ取り早いが、多用は出来ないかもしれないな」
「どうせ、そんなに奥まで行けまい」

 ヴァルムは南側に向かう通路と、西に向かう通路を見比べて腕を組んだ。どちらも先が暗い。

「南も西も崩れていて詳しくは調べられん。この階は事務室と資料室だった部屋しかねえみたいだったが、見たいか? 資料室っつーてもそう書いてあったくらいで、何も残っとりゃせんのだが」
「何もないなら見なくてもいいが、崩れている部分がどうなってるのか見ておきたい」
「んなら、南を見ておくか」

 ヴァルムは左手の通路に足を踏み出して、すぐ左側を指差しながら「そっちが資料室」と説明する。
 念の為、とビヒトがドアを開けると、確かに棚は並んでいるものの、他には何もなかった。すぐにヴァルムの後を追う。
 通路の中ほどまで進んだところで、今度は右手に小さなスペースを見つけた。ドアはなく、覗き込むとへこんだ部分へ水が溜まっている。壁から突き出したパイプのようなものから水が滴り落ちていて、コンロが置いてあれば給湯室とでもいうところだ。

「あの水、飲めるかな」
「沸かせば、イケるんじゃねーか? 前来た時はカラカラだった気がするから、それも

んじゃねーかな」
「水があるなら、意外と居座れるかもな」
「食料がな。この辺までは入ってくる動物や魔獣もおるんだが……」

 言っているそばから、どこからかチチッと何かの声がした。小さな気配が遠ざかって行くのが分かる。
 南の突き当りまで辿り着くと、確かにこちらにも階段があった。
 すっかり薄暗い西側に視線を向ければ、四角く開いた窓から太い木の根が入り込み、細いものや色の違うものと絡まり合って下へと伸びている。その表面を蔦が這っていたりして、とても建物の中とは思えない光景だった。
 一番近い窓は根で塞がれそうになっているが、奥の方は崩れて、どこからが外でどこからが内部なのか見分けがつかなくなっている。枝の間から暗い中に斜めに差し込む光は、ゆったり舞う埃を映して少し幻想的にも見えた。

「木の根を伝って行けば、ある程度は進めるが、そこまでするほどでもねぇ。床は根が絡んでりゃ大丈夫だが、何処が抜けるか判らん。下に行くなら普通に行った方がええ」
「……そうだな」

 苦笑しながら答えたビヒトの言葉を合図に、二人は元の階段へと引き返したのだった。



 先程の倍程度階段を下りて、ビヒトは一度上を見上げた。
 下りた正面に左右へと分かれた通路が見える。階段は折り返してまだ下へと延びているが、二人は一度通路へと出た。右手は少し行って行き止まりで、左手は闇に包まれてカンテラの明かりは届かない。

「ヴァルム? 一階はホールじゃないのか?」
「ここは地下一階だ。こっちの階段からは大ホールに抜けられない」

 それで大ホールへと行くための専用階段があったのかと、ビヒトは納得した。
 奥の階段は職員専用とか、その類なのだろう。
 明かりをつけて調べてみたが、ロッカールームと仮眠用なのかベッドの並んだ広めの空間、水場とトイレと思しき場所しかなかった。

 広めの空間の南側にドアがあったものの、開かなかった。魔力を流してみても小さな赤い光が灯るだけ。
 ロッカールームのロッカーの中に隠されるようにしてドアがあったのだが、同じように赤い光が灯って開かなかった。

「登録制になっとるみたいだな。そういうところは生き残っとるのか、忌々しいな」

 入口階のドアのように簡単に開くと思っていたのか、ヴァルムは渋い顔をして肩を竦めていた。
 結局、地下一階の南側半分は確かめられずじまいのまま、また階段を下りる。
 地下二階に着くと、階段はそこまでだった。
 今までは北側に向いて外を囲むような通路に出ていたが、ここではどうやら南側を向いているらしい。明かりが点くと真直ぐ正面奥に反対側の階段が見えていた。

「ここまで……ってことはないよな?」
「ああ。今度は西側に階段がある」
「先に、上の階に戻ってみるか? あれを上れば南側に出るだろ?」

 通路を突っ切って地下一階に戻ると、階段から西側は木や植物が生え、床も所々崩れ落ちていた。上の階から入り込んだ土や落ち葉を栄養に新しく根を下ろしているのか、地下とは思えない光景だった。上階が崩れているので隙間を塗って降り注ぐ光を欲してか、伸びる枝は上の階をまた崩しているようでもある。

「行けねえな」

 東側はまだ無事だったので覗いてみると、北側と同じようなロッカールームだった。隠し扉まで鏡に映したように同じ位置にある。もちろん開きはしないので、そのまま引き返すことになった。

 地下二階は今までと雰囲気が少し変わっていて、東側に透明な氷板石(ひょうばんせき)の壁で仕切られた実験室が並んでいた。実験室を真ん中に、両側には作り付けの机が配置され、中の様子を見ながら作業できるようになっていたようだ。
 さらにその両外側に配置された部屋は備品庫や薬品庫だったようで、小さな瓶や壺などがいくつか転がっている。
 物珍しいものは何もない。
 実験室のある部屋から出て、南西に位置する部屋を覗き込んだヴァルムが「ここか」と呟いた。

「何がだ?」

 ヴァルムの後ろからビヒトも覗き込む。
 天井は崩れていて、木の根がぶら下がったり、蔦が這ったりしている。床に目を向ければ、こちらも崩れて大きな穴になっていた。残った床には土や葉が溜まっていて、そのうちここにも木が生えたりするのかもしれない。

「わしが落ちたとこよ。あん時も上はもう崩れておってな。瓦礫の中に剣や槍みたいな物が交じって見えたから、つい近づいたら、そのまま一緒に落ちたのよ。一階分で済んで幸運だったわ。危ねえから入るなよ?」

 ニヤつきながら踵を返すヴァルムにビヒトもついて行く。

「大丈夫だったのか?」
「ん? あちこち打ったし、瓦礫か枝かで手のひらも切ったが、まあ、しばらくしたら動けるようになった。上から何匹か生き物が覗いたりもしたが、降りてきたのは数匹だったな。お陰で食いもん足りなくて、そん時ぁ早々に退散したんだ」
「もしかして、その剣拾ったのって……」
「おぅ。そん時よ。他に見えてたのは瓦礫にすっかり埋まっちまったんだが、こいつだけは転がり出ててくれてな。落ちるときに自分のも手放しちまってたから、助かった」

 運がいいのか悪いのか。ビヒトは苦笑するしかない。

 北階段側の西へ抜ける通路を進んで、突き当りの右手に階段はあった。
 左手側にはドアがあったのだが、そこもロックがかかっているようで開かない。無理をして変な防犯機能が作動しても困るので、二人は早々に諦めて、また階段を下りていくのだった。
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登場人物紹介

ビヒト:主人公。本名、ヴェルデビヒト・カンターメン。魔術師の家系に生まれ、豊富な魔力を持つが、魔法は発動できない。ヴァルムに出会い、感化され、実家を出て自分なりの魔法との向き合い方を模索する。髪と瞳はうす茶。


イラスト:観月さん

ヴァルム:「鬼神」の二つ名を持つ名の知れた冒険者。破天荒でマイペース。家族には弱い。白灰色の髪に灰緑色の瞳。

ラディウス:パエニンスラ領主の息子。明るく快活。性格は領主似。よく騎士団に交じって訓練している。プラチナブロンドの髪にブルーグレーの瞳。

セルヴァティオ:ヴァルムの息子。ラディウスとは兄弟のようにして育った。真面目で繊細。酒が入ると人が変わる。ヴァルムと別れた母とは時々会っている。白灰色の髪に青い瞳。

マリベル:線細工師。背が低いので成人女性に見られないが、ラディウスと同い年。勝気で犬嫌い。金茶の髪に青い瞳。

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