14 ビヒトとビヒト

文字数 3,143文字

 冒険者組合(ギルド)管轄の依頼は諦めて、ビヒトは昼から酒場や薬屋などで個別に依頼は無いか聞いて回った。
 害獣駆除や薬草の納品なら日数もかからず出来るからだ。
 先日の酒場のごたごたで金貨を数枚失ったから、少しくらい補充しておきたかった。

 ビヒトの耳飾りを見て、「通り魔を退治してくれよ」なんて冗談で言う者がいて、いっそ襲ってくれればいいのにとちらりと思う。死人が出ている訳ではないようだし、盗られる物もないというのだから、ビヒトはそれほど積極的に探す気も起きなかった。自分の名があちこちで騙られているのは気分のいいものではなかったし、そのうち誰かが返り討ちにするだろうと楽観もしていた。

 結局、雑談に加わってきた野菜売りの親父に、畑を荒らす何かが出るから、確認して、できれば退治してほしいと相談され、出来高払いで話が纏まった。夕方から夜にかけての被害が多いとのことで、少し時間を潰してから向かうことにする。
 森に隣接した畑は、確かに動物の被害に遭いやすい立地だ。一度味を占めれば、追い払ったくらいじゃ餌場を諦めるはずもない。

 ビヒトは明るいうちにと森の中を確認しに行った。外からは平らに見えるが、意外と起伏があって、動物たちが身を隠せそうな穴や茂みがいくつもある。食料になりそうな木の実のなる木はあるようだが、もっと手軽に美味しいものが手に入る畑は魅力的だろう。
 猿のような手合いか、猪か。
 木の幹に横に走る傷跡を指でなぞってから、ビヒトは木の上を見上げた。

 パキリ、と枝を踏む音がする。
 ビヒトがゆっくり振り返ると、昨日の、派手な装飾品をあちこちにつけた男が小さく手を振っていた。その後ろには魔術師の相棒。
 不意打ちをしないだけ、こいつらは通り魔ではないんだなと判断する。性質の悪さはあまり変わらないが。

「何か」
「街で見かけたから。何するのかなって」
「見ての通り、稼ぐのに依頼を受けたんだ。あんたたちも体力が余ってるなら害獣駆除でもやればいい」
「僕は、獣はあんまり。でも、強い人は好きだよ。君が勝ったら、手伝ってあげてもいい」
「仕事前に無駄な体力は使いたくない」
「つれないなぁ」

 下唇に人差し指を当てながら、

は嗤う。

「このくらいの石、あんたなら買えるんじゃないのか? 何故これにこだわる」
「買える? それ、魔獣から獲ったやつでしょ? 確かにそのくらいなら市場に出回らないこともないけど……それを簡単にくれちゃう人と知り合いなんだよね? 強いよね? 強い人からの贈り物、僕、欲しいな」
「強い奴ににねだれよ」
「そんな失礼な事できる訳ないじゃん」
「は?」
「だから、君が勝てばいいだけの話だって」

 爽やかに微笑む顔と、紡がれる言葉の無邪気な悪意がビヒトには上手く消化できなかった。
 弱い者には何をしてもいい、という傲慢さが彼からは溢れている。
 負けなかったのだろうか。一度も。それとも、負けたことがあるから、そこに辿り着いたのだろうか。
 特段構えもせずに、ゆっくりと近づいてくる男から距離をとろうと、ビヒトは少しずつ後退りしていた。
 魔術師の魔力が動くのが分かる。
 身を翻して、ビヒトは木々の深い方へと駆けた。

「逃げるの!? ねぇ、がっかりだよ。じゃあ、それ、置いて行ってよ」
「お断りだ」

 スラリと鞘走りの音を捉えたと同時に、ビヒトの回り込んだ木に何かが当たった。大きくしなった枝がビヒトに当たりそうになる。
 それを掴んで潜り抜け、目いっぱい抵抗が溜まるまで待ってから手を離す。
 追いかけてきた男の目の前まで戻った枝は、彼に当たる前にすっぱりと切れて落ちた。

は落ちた枝を剣ではらいながら、足を緩めることなく追ってくる。

「観念しなって。ほら、追いつく、よ?」

 突然足を止めて、剣を振り上げた男の方をビヒトは振り返る。腰の剣は抜かずに、背の方に固定してある短剣を抜く。
 嬉しそうに爛々と輝く瞳で、勢いのままに男は剣を振り下ろそうとした。

!」

 相棒の魔術師の声と共に、男の胴を狙っていたビヒトの短剣が水の塊を弾いた。
 思わず舌打ちが出る。
 男の剣は頭上の太い枝に当たってその力を殺され、男の体勢も崩れそうになっていた。
 チャンスだったのに。やはり連携されると面倒だ。
 お互い一旦距離をとる。

「刃こぼれしちゃった。痛くても知らないからね」
「諦めて帰れよ」
「やだよ。楽しいし」

 くっと距離を詰めて下から払い上げられる剣を、ビヒトは下がりながらガードする。
 すぐに左から戻ってくる切っ先をさらに下がって避けようとして、不穏な気配に逆に男の足元に飛び込んだ。
 意表を突かれた男の目の前で、藪の葉が舞い、木の幹に傷が走った。
 そのまま男は飛び上がりながら半回転してビヒトの振るった短剣を避け、着地と共に間合いを詰める。
 ビヒトはビヒトで木々の間に身体を滑り込ませて、相手が剣を大きく振れないように立ち回っていた。

 木々の隙間から剣が突き出されて、間一髪で避ける。目の前に刃がある間に魔力が飛んできて、剣を握る腕を掴みながら、反対の手で魔法を弾き返した。
 掴んだ手を捻りあげる前には次の魔法が準備できていて、腕を放して離脱する。
 ビヒトの後を連続して水の弾が追いかけた。
 弾が切れると、追いついてきた男の剣がビヒトの足を狙う。

 ビヒトは短剣を咥えると、少し高い位置にある枝に飛びつき、勢いのまま足を振り上げ一回転する。丁度いい具合に男の背中が目の前に来たので、蹴りつけてやった。
 転がる男に飛びつこうとすると、魔法が飛んできて下がらざるを得ない。その間に男は体勢を立て直してしまった。お互い、少し肩が上下する。
 

がふっと笑った。

「ここは少し広いよ」

 ビヒトが動く前に差を詰められる。何度か防いだものの、攻撃に移ろうと思うと護身具をチラつかされ、攻めあぐねているうちに、男の剣はビヒトの短剣を弾き飛ばした。笑って剣を振り被った男の空いた胴体に反射的に飛びついて、そのまま力任せに押し倒す。

 とたんに今までで一番大きな魔力を感じて背中が粟立った。
 反射的に組みついた男と上下位置を変えたが、避けられる気はしなかった。
 目の前の疑問の色を纏った瞳が、彼の相棒の方へ視線を上げた時、水が見えた。
 細く先端を尖らせ、渦を巻きながら落ちてくる、水。

 一瞬の間に、一か八か斬ってみようと思い立つ。
 男の持っている剣に手を伸ばし、彼の手から奪おうと試みる。
 抵抗されているうちに、どこからともなく黒い影が飛び出してきた。

 初め、魔術師が飛び出してきたのだと思った。
 けれど、その影は魔術師よりかなり大柄で、渦巻く水を一刀両断にしたかと思うと、ビヒトの上にいた男を蹴り飛ばした。
 男はかなりの距離飛んで、木立にぶつかる。落ちた身体はもう動かなかった。

 間を開けずに黒い影が手にしたもので殴られそうになって、ビヒトも慌ててその場を離脱する。
 起き上がり、剣を抜いたところで黒い影は目の前だった。一撃、二撃と防いで、襲われる理由が解らず混乱する。
 相手の得物は棍棒のような物で、両手で受けてもまだ重い。
 押し返せなくて、仕方なくその力を利用して後ろへと距離をとった。

「……む?」

 突然横合いから飛んできた水の刃(アクアラーミナ)を、その影は

あっさりと断ち切り、次の瞬間にはその場から消えて魔術師の元へ向かったようだった。
 「ぎゃっ」という声と、ゴンっという鈍い音が重なって聞こえる。
 ビヒトは棍棒を振り上げながら戻ってきた黒い影に、片手を上げて静止を求めた。

「ヴァルム。やめろ」
「ん?」
「……ビヒトだ」
「……んん?」

 黒い影は棍棒を振り上げたまま、首を傾げながら覆面のような物をとると、まじまじとビヒトの顔を覗き込んだのだった。
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登場人物紹介

ビヒト:主人公。本名、ヴェルデビヒト・カンターメン。魔術師の家系に生まれ、豊富な魔力を持つが、魔法は発動できない。ヴァルムに出会い、感化され、実家を出て自分なりの魔法との向き合い方を模索する。髪と瞳はうす茶。


イラスト:観月さん

ヴァルム:「鬼神」の二つ名を持つ名の知れた冒険者。破天荒でマイペース。家族には弱い。白灰色の髪に灰緑色の瞳。

ラディウス:パエニンスラ領主の息子。明るく快活。性格は領主似。よく騎士団に交じって訓練している。プラチナブロンドの髪にブルーグレーの瞳。

セルヴァティオ:ヴァルムの息子。ラディウスとは兄弟のようにして育った。真面目で繊細。酒が入ると人が変わる。ヴァルムと別れた母とは時々会っている。白灰色の髪に青い瞳。

マリベル:線細工師。背が低いので成人女性に見られないが、ラディウスと同い年。勝気で犬嫌い。金茶の髪に青い瞳。

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