第8話

文字数 1,116文字

<湖の畔の小屋・19時20分>

オルロフは椅子から立ち上がり、壁に背を向けて立った。
「ハグは普通立ってすることが多い。エリーゼ、ここに立ってみて」

オルロフは距離を詰めて、エリーゼと向き合った。
「君は少し手を広げてくれればいい」
妖精は指示された通り、腕を上げた。

オルロフは一歩前に出た。
そっと、本当にそっと妖精を抱き寄せる。

妖精は花の香ではなく、甘いバニラの香りがした。
食べてしまいたいほどに・・・甘い。

「力を抜いて、俺に寄りかかってくれ・・・」
オルロフは、妖精の耳元でささやいた。
妖精の手が背中に軽く触れたのに気が付いた。
少し寄りかかってくれている。

オルロフは自分の心と闘っていた。強く抱きしめたい。
「あなたは温かいのね、ちょっと薬草の匂いがする」

妖精は自分の腕の中にいる。
だめだ、あせるな、時間はまだある。
それでも、妖精の金の髪に唇を寄せてしまう。
甘い香りと幸福な時間。

オルロフは、少しだけ腕に力を込めた。
この瞬間が永遠に続けばいい。
妖精の肩が小刻みに震える。
「・・・・・?」

妖精が、オルロフの背中をバンバン叩いた。
「え?」

「キャハハハ!なに!これ?おかしいっ!」
妖精は笑い転げている。
「なぁんか、大きい丸太を抱えているみたい。
あなたのハグは、金貨1枚払ってもいいわ。すごぉく笑える!!」

ああ、なんて事だ!
妖精は酔っぱらっていた。それも笑い上戸だった。

妖精は、オルロフの腕をするりと抜けて、薬草リキュールを瓶から口のみで飲んだ。
「あーーバカみたい。うじうじ悩んでいたなんて!確かにあなたのハグは効くわ!
気分が良くなったし」

オルロフは頭を抱えた。
そうじゃない!・・・違うんだ!!

「なんか、フワフワする。これって魔法かしら?」
妖精は瓶を抱え、暖炉の脇に置いてある椅子に座った。

オルロフは椅子を引き寄せ、妖精の正面に座った。
こうなったら直接対決だ。
時間はある。めげるな!
先に進め!!
どうしてもこの妖精を自分のものにしたい。

強い衝動と欲望・・

どうやら自分も薬草リキュールで理性のタガが緩んでいるようだ。
発情・・そうだ、君の言った通りだ!

「エリーゼ、君とキスしたい・・」

「んーーんと、キスって何?」
妖精が、ご機嫌な顔で聞いた。
オルロフは、思わず椅子から転げ落ちそうになった。

ああ、魔女の国では<キス>の習慣がないのか・・・
確かにキスをしなくても、子どもはできるのだが・・・・

オルロフも薬草リキュールを飲み干した。

「その・・好きな相手とすることなんだが・・」
オルロフは自分で言って<もうっ、なんだ?この展開は・・>と葛藤していた。
妖精は手を伸ばせば、すぐ届く位置にいる。
引き寄せて唇を重ねれば・・

ただ、ここは魔女の国だ。何が起こるかわからない。
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