ほどける日(2)
文字数 4,024文字
夕食は手巻き寿司だった。
蒼介は玉子とネギトロばかり食べて、祥子さんに注意された。父さんは何度も僕に「もっと食べなさい」と言った。
「納豆まだあるぞ。好きだろ、綾人」
子どもの頃、僕は納豆巻きが大好物で、家族で回転寿司に行くとそればかり食べていた。
「もう腹いっぱいだよ」
今は特別納豆巻きは好きではない。それでも父さんにすすめられるまま、納豆とかいわれ大根を酢飯にのせ、くるりと巻いて食べた。僕が食べているところを見て、父さんは満足そうにうなずいた。
穏やかな食卓だった。
そうなるように、祥子さんが取り計らってくれているのを感じた。
風呂上がりのアイスを食べ終えると、蒼介はソファでうとうとしはじめた。
「また髪の毛乾かさないままで」
ぶつぶつ言いながら、祥子さんは蒼介にタオルケットをかけた。
僕は蒼介が握ったままだったリモコンを取り上げ、ローテーブルに戻した。
「綾人」
父さんが僕を呼んだ。
「こっちに来て、座ってくれるか?」
「うん」
ダイニングテーブルに着き、向かい合った。空気がぴりりと引き締まり、少しの息苦しさを感じた。こんなふうに父さんと向き合うなんて、何年ぶりだろう。
父さんがぎこちなく切り出した。
「今日はよく帰って来てくれたな」
「帰って来るよ。ここは僕の家だし」
「ああ、そうだな」
「そうだよ」
「うん。だけど、うれしいんだ」
父さんは言葉に詰まり、祥子さんはキッチンで食器を洗いながら、ちらちらと僕たちの様子を見ていた。
一つ咳払いをして、父さんは言った。
「ずっと綾人に家のことを任せっぱなしにして、悪いと思っていた」
「そうか、やっぱり迷惑だった? 嫌だった?」
こんなことを訊きたいんじゃない。僕は普通に父さんと話がしたかった。だけど、口をついた言葉は刃物のように、僕と父さんの間に亀裂を作る。
「僕がやってきたのは、余計なお世話だったんでしょう?」
だから再婚して、祥子さんに一切を任せた。僕を家の中のことから遠ざけようした。
「綾人くん、違うよ」
祥子さんが割って入ろうとするのを、父さんが目で制する。祥子さんは口をつぐみ、流しっぱなしにしていた水道を止めた。
父さんが僕に向かって深く頭を下げた。
「今まですまなかった。父さんが悪かった。父さんはずっと間違えていた。どうか許してくれ、綾人」
父さんのつむじの辺りを、僕は呆然と眺めた。自分が今目にしている光景を、すぐには受け入れられなかった。
「何を……どうして……」
「母さんが亡くなって、一番悲しくて不安なのは綾人のはずなのに。綾人の気持ちに気づいてやれる余裕が、あの頃の俺にはなかった。本当は親子二人で励まし合って乗り越えるべきことを、父さんは放棄した。そのせいで綾人をひとりぼっちにしてしまった。綾人は誰にも甘えられず、頼れず、たったひとり頑張ることになった。父さんを支えるために、家事を身につけて、必死に生活を守ってくれた」
父さんはゆっくりと顔を上げ、僕を見た。
「綾人が掃除をしてくれるたび、服を畳んでおいてくれるたび、飯を作ってくれるたび、父さんは勝手に罪悪感を募らせて、イライラしていたんだ。いつもしてもらうばかりで、息子に対して何一つしてやれていない。自分が情けなくて恥ずかしくて、いつしか綾人の顔を見るのが怖くなった。結果、綾人を……避けてしまった」
僕の喉の奥には、熱くて塩辛いものが引っかかっていた。そのせいで、父さんに向かって声を発することができないでいた。一言でも発したら、引っかかっているものがあふれ出し、僕はきっと嗚咽を止められない。
だからぎゅっと唇を噛み締め続けた。
「父さんがふがいないせいで、綾人の貴重な時間を奪ってしまっている。綾人は家事に追われ、周りの子と同じように遊んだり勉強したり、自由に好きなことをできる時間がない。綾人の負担を減らすことが、これまでの罪滅ぼしになると思った。だから父さんは再婚を決めたんだ」
「何それ、勝手すぎるよ。そんな自分の都合だけで、祥子さんに対して失礼だとは思わなかったの?」
「はじめに正直に説明した。祥子は納得した上で父さんと再婚してくれたんだ」
僕は首をひねり、キッチンに目を向けた。祥子さんがうなずき返してくる。
「そうよ。わたしさっき言いかけたでしょう? あなたのお父さんは、あなたの存在が一番なのよ、綾人くん。わたしと再婚してもそれは変わらない」
「いいの? 祥子さんはそれで」
「ええ。わたしだって正路さんと同じ考えだもの。再婚しても、わたしの一番は蒼介。そして同じくらい、綾人くんのことも大事に思ってるのよ。わたしの中の優先順位では、正路さんが最下位ね」
「ひどい言われようだな」父が苦笑し、「だって当たり前でしょう? 二人はまだ子どもなのよ」と祥子さんが胸を反らした。
父さんと祥子さんのやりとりを見ていたら、肩の力が抜けた。
「じゃあ本当に父さんは、僕が家事をするのを嫌がっていたわけじゃないんだ」
「ああ、最初からこう伝えていれば良かったんだな」
そこで父さんは姿勢を正した。
「長い間ありがとう、綾人」
ぎゅっと胸が詰まるのを感じた。
父さんを支える。父さんを救う。そのために家事をはじめたつもりだった。だけど心の奥底ではずっと、夢見ていた。父さんに感謝される日を。そして、父さんから褒められる日を――。
「俺が見ていないところで、たくさん練習してくれたんだよな。綾人が作る料理はいつもおいしかったよ。洗濯物も食器も部屋も風呂もいつもきれいに整えてくれていたのが、とてもうれしかった。でもそれだけが理由じゃない。綾人が待っていたから、俺は毎日家に帰って来られたんだ。自分の家を、帰りたい場所だと思い続けられた。綾人がいなかったら、もっと激しく自暴自棄になっていただろう。あの頃も今も、綾人が存在すること自体が俺の支えで、希望なんだ」
気がつくと、僕の頬を涙がつたっていた。
「今まで気づいてやれなくてすまなかった。綾人のためにと考えて、祥子に家事を頼んでしまったけれど、逆にそれが綾人の居場所を奪ってしまっていたんだな」
父さんが悔しそうに言う。
祥子さんがダイニングテーブルにやって来て、僕の前に温かいお茶のカップを置いた。
「わたしも気づかなくてごめんね。今まで綾人くんが積み重ねてきたものを、わたしが壊しちゃってたんだね」
祥子さんの顔が歪むのを見て、僕は慌てて首を振った。
「ううん、僕のほうこそずっと祥子さんのやること全部に口出しして、嫌味なことばかりしてた。ごめんなさい」
ようやく言えた。僕はずっと、祥子さんにこうして謝りたかった。
勝手に嫉妬して、意固地になって、祥子さんにきつい態度をとり続けていたこと。僕が追い詰めなければ、祥子さんは家でひとり隠れて泣くような真似しないで済んだ。
「僕はひどい奴だよね」
「そうね。本当にひどい息子だわ」
祥子さんは肩をすくめた。
「だって全然家に帰って来てくれないんだもの」
「祥子」
父さんの声には、咎めるような色合いがあった。
「何よ」
祥子さんは父さんをひと睨みして、「正路さんが変な遠慮しているから、わたしが代わりに言ってあげてるんでしょう?」と口を尖らせた。それから僕に向き直ると、改まった様子で切り出した。
「帰って来てよ、綾人くん。また一緒にここで暮らそうよ」
「一緒に……この家で?」
「蒼介も寂しがってるんだよ。わたしもほら、綾人くんが家にいてくれたら色々と助かるし」
祥子さんはリビングの物入れに視線をやった。
「うちの中ってどうしてこんなにすぐ散らかるのかしら」
重苦しい空気にならないよう、祥子さんが気を遣ってくれているのがわかった。
「綾人くん帰って来たら、わたしの代わりにごはん作ってくれちゃったりするでしょう? リビングも今より片づくんだろうなあ。あの物入れの中もぎゅうぎゅうに押しこんだままになってるけど、綾人くんならぱぱっと一瞬で整理整頓してくれちゃうんだろうなあ」
そう言って、祥子さんは片目をつぶる。
僕は吹き出した。
「さすがにあそこまで押しこんであったら、整理するの時間かかるよ」
「うーん、やっぱりそうか」
「そうだよ」
祥子さんと僕は声を上げて笑った。
突然、父さんが立ち上がる。
「よし、父さんが西瓜切ってやろう」
「ああ、わたしがやるからいいよ」
すかさず祥子さんが言うけれど、なぜだか父さんはすっかりやる気になっていて「祥子は座っていなさい」と言い置くと、キッチンに向かった。
しばらくして父さんが運んできた西瓜は、不格好な切り方をされていたけれど、とてもおいしかった。
「西瓜残しておいてあげないと、明日起きたときに蒼介が不貞腐れるね」
「いいわよ。寝ちゃった人が悪いんだから、わたしたちだけで全部食べちゃいましょう」
「祥子さんの一番は、蒼介なんじゃないの?」
「それとこれとは話が別よ。わたしだって西瓜大好物なんだから。それに真面目な話をしたせいで今すっごく喉乾いてるの」
「綾人、心配しなくても大丈夫だ。父さん、さっきちゃんと蒼介のぶんの西瓜は別にして、冷蔵庫に入れて置いたから」
僕と父さんと祥子さんは、その後も他愛ないことを話しながら、西瓜を食べた。
帰り際、玄関で靴を履いていると、父さんが真面目な顔をして言った。
「家に戻って来るって話、真剣に考えてみてくれないか」
「うん、考えるよ」
ちょうどポケットの中でスマホが振動したので、僕はそのまま慌ただしく別れを告げ、玄関を飛び出した。
少し歩いてから、画面を確認する。裕司からメッセージが届いていた。
文面に目を通して、僕は殴られたような衝撃を受けた。メッセージの内容は、罪の告白だった。
『クラスで起きた盗難騒ぎ。あのとき加納のロッカーから金を盗んだ犯人は、俺なんだ。小松原さんにも、みんなにも迷惑をかけた。ごめん』
夏休み最後の夜。
どこか遠くで、消防車のサイレンが鳴り響いていた。
蒼介は玉子とネギトロばかり食べて、祥子さんに注意された。父さんは何度も僕に「もっと食べなさい」と言った。
「納豆まだあるぞ。好きだろ、綾人」
子どもの頃、僕は納豆巻きが大好物で、家族で回転寿司に行くとそればかり食べていた。
「もう腹いっぱいだよ」
今は特別納豆巻きは好きではない。それでも父さんにすすめられるまま、納豆とかいわれ大根を酢飯にのせ、くるりと巻いて食べた。僕が食べているところを見て、父さんは満足そうにうなずいた。
穏やかな食卓だった。
そうなるように、祥子さんが取り計らってくれているのを感じた。
風呂上がりのアイスを食べ終えると、蒼介はソファでうとうとしはじめた。
「また髪の毛乾かさないままで」
ぶつぶつ言いながら、祥子さんは蒼介にタオルケットをかけた。
僕は蒼介が握ったままだったリモコンを取り上げ、ローテーブルに戻した。
「綾人」
父さんが僕を呼んだ。
「こっちに来て、座ってくれるか?」
「うん」
ダイニングテーブルに着き、向かい合った。空気がぴりりと引き締まり、少しの息苦しさを感じた。こんなふうに父さんと向き合うなんて、何年ぶりだろう。
父さんがぎこちなく切り出した。
「今日はよく帰って来てくれたな」
「帰って来るよ。ここは僕の家だし」
「ああ、そうだな」
「そうだよ」
「うん。だけど、うれしいんだ」
父さんは言葉に詰まり、祥子さんはキッチンで食器を洗いながら、ちらちらと僕たちの様子を見ていた。
一つ咳払いをして、父さんは言った。
「ずっと綾人に家のことを任せっぱなしにして、悪いと思っていた」
「そうか、やっぱり迷惑だった? 嫌だった?」
こんなことを訊きたいんじゃない。僕は普通に父さんと話がしたかった。だけど、口をついた言葉は刃物のように、僕と父さんの間に亀裂を作る。
「僕がやってきたのは、余計なお世話だったんでしょう?」
だから再婚して、祥子さんに一切を任せた。僕を家の中のことから遠ざけようした。
「綾人くん、違うよ」
祥子さんが割って入ろうとするのを、父さんが目で制する。祥子さんは口をつぐみ、流しっぱなしにしていた水道を止めた。
父さんが僕に向かって深く頭を下げた。
「今まですまなかった。父さんが悪かった。父さんはずっと間違えていた。どうか許してくれ、綾人」
父さんのつむじの辺りを、僕は呆然と眺めた。自分が今目にしている光景を、すぐには受け入れられなかった。
「何を……どうして……」
「母さんが亡くなって、一番悲しくて不安なのは綾人のはずなのに。綾人の気持ちに気づいてやれる余裕が、あの頃の俺にはなかった。本当は親子二人で励まし合って乗り越えるべきことを、父さんは放棄した。そのせいで綾人をひとりぼっちにしてしまった。綾人は誰にも甘えられず、頼れず、たったひとり頑張ることになった。父さんを支えるために、家事を身につけて、必死に生活を守ってくれた」
父さんはゆっくりと顔を上げ、僕を見た。
「綾人が掃除をしてくれるたび、服を畳んでおいてくれるたび、飯を作ってくれるたび、父さんは勝手に罪悪感を募らせて、イライラしていたんだ。いつもしてもらうばかりで、息子に対して何一つしてやれていない。自分が情けなくて恥ずかしくて、いつしか綾人の顔を見るのが怖くなった。結果、綾人を……避けてしまった」
僕の喉の奥には、熱くて塩辛いものが引っかかっていた。そのせいで、父さんに向かって声を発することができないでいた。一言でも発したら、引っかかっているものがあふれ出し、僕はきっと嗚咽を止められない。
だからぎゅっと唇を噛み締め続けた。
「父さんがふがいないせいで、綾人の貴重な時間を奪ってしまっている。綾人は家事に追われ、周りの子と同じように遊んだり勉強したり、自由に好きなことをできる時間がない。綾人の負担を減らすことが、これまでの罪滅ぼしになると思った。だから父さんは再婚を決めたんだ」
「何それ、勝手すぎるよ。そんな自分の都合だけで、祥子さんに対して失礼だとは思わなかったの?」
「はじめに正直に説明した。祥子は納得した上で父さんと再婚してくれたんだ」
僕は首をひねり、キッチンに目を向けた。祥子さんがうなずき返してくる。
「そうよ。わたしさっき言いかけたでしょう? あなたのお父さんは、あなたの存在が一番なのよ、綾人くん。わたしと再婚してもそれは変わらない」
「いいの? 祥子さんはそれで」
「ええ。わたしだって正路さんと同じ考えだもの。再婚しても、わたしの一番は蒼介。そして同じくらい、綾人くんのことも大事に思ってるのよ。わたしの中の優先順位では、正路さんが最下位ね」
「ひどい言われようだな」父が苦笑し、「だって当たり前でしょう? 二人はまだ子どもなのよ」と祥子さんが胸を反らした。
父さんと祥子さんのやりとりを見ていたら、肩の力が抜けた。
「じゃあ本当に父さんは、僕が家事をするのを嫌がっていたわけじゃないんだ」
「ああ、最初からこう伝えていれば良かったんだな」
そこで父さんは姿勢を正した。
「長い間ありがとう、綾人」
ぎゅっと胸が詰まるのを感じた。
父さんを支える。父さんを救う。そのために家事をはじめたつもりだった。だけど心の奥底ではずっと、夢見ていた。父さんに感謝される日を。そして、父さんから褒められる日を――。
「俺が見ていないところで、たくさん練習してくれたんだよな。綾人が作る料理はいつもおいしかったよ。洗濯物も食器も部屋も風呂もいつもきれいに整えてくれていたのが、とてもうれしかった。でもそれだけが理由じゃない。綾人が待っていたから、俺は毎日家に帰って来られたんだ。自分の家を、帰りたい場所だと思い続けられた。綾人がいなかったら、もっと激しく自暴自棄になっていただろう。あの頃も今も、綾人が存在すること自体が俺の支えで、希望なんだ」
気がつくと、僕の頬を涙がつたっていた。
「今まで気づいてやれなくてすまなかった。綾人のためにと考えて、祥子に家事を頼んでしまったけれど、逆にそれが綾人の居場所を奪ってしまっていたんだな」
父さんが悔しそうに言う。
祥子さんがダイニングテーブルにやって来て、僕の前に温かいお茶のカップを置いた。
「わたしも気づかなくてごめんね。今まで綾人くんが積み重ねてきたものを、わたしが壊しちゃってたんだね」
祥子さんの顔が歪むのを見て、僕は慌てて首を振った。
「ううん、僕のほうこそずっと祥子さんのやること全部に口出しして、嫌味なことばかりしてた。ごめんなさい」
ようやく言えた。僕はずっと、祥子さんにこうして謝りたかった。
勝手に嫉妬して、意固地になって、祥子さんにきつい態度をとり続けていたこと。僕が追い詰めなければ、祥子さんは家でひとり隠れて泣くような真似しないで済んだ。
「僕はひどい奴だよね」
「そうね。本当にひどい息子だわ」
祥子さんは肩をすくめた。
「だって全然家に帰って来てくれないんだもの」
「祥子」
父さんの声には、咎めるような色合いがあった。
「何よ」
祥子さんは父さんをひと睨みして、「正路さんが変な遠慮しているから、わたしが代わりに言ってあげてるんでしょう?」と口を尖らせた。それから僕に向き直ると、改まった様子で切り出した。
「帰って来てよ、綾人くん。また一緒にここで暮らそうよ」
「一緒に……この家で?」
「蒼介も寂しがってるんだよ。わたしもほら、綾人くんが家にいてくれたら色々と助かるし」
祥子さんはリビングの物入れに視線をやった。
「うちの中ってどうしてこんなにすぐ散らかるのかしら」
重苦しい空気にならないよう、祥子さんが気を遣ってくれているのがわかった。
「綾人くん帰って来たら、わたしの代わりにごはん作ってくれちゃったりするでしょう? リビングも今より片づくんだろうなあ。あの物入れの中もぎゅうぎゅうに押しこんだままになってるけど、綾人くんならぱぱっと一瞬で整理整頓してくれちゃうんだろうなあ」
そう言って、祥子さんは片目をつぶる。
僕は吹き出した。
「さすがにあそこまで押しこんであったら、整理するの時間かかるよ」
「うーん、やっぱりそうか」
「そうだよ」
祥子さんと僕は声を上げて笑った。
突然、父さんが立ち上がる。
「よし、父さんが西瓜切ってやろう」
「ああ、わたしがやるからいいよ」
すかさず祥子さんが言うけれど、なぜだか父さんはすっかりやる気になっていて「祥子は座っていなさい」と言い置くと、キッチンに向かった。
しばらくして父さんが運んできた西瓜は、不格好な切り方をされていたけれど、とてもおいしかった。
「西瓜残しておいてあげないと、明日起きたときに蒼介が不貞腐れるね」
「いいわよ。寝ちゃった人が悪いんだから、わたしたちだけで全部食べちゃいましょう」
「祥子さんの一番は、蒼介なんじゃないの?」
「それとこれとは話が別よ。わたしだって西瓜大好物なんだから。それに真面目な話をしたせいで今すっごく喉乾いてるの」
「綾人、心配しなくても大丈夫だ。父さん、さっきちゃんと蒼介のぶんの西瓜は別にして、冷蔵庫に入れて置いたから」
僕と父さんと祥子さんは、その後も他愛ないことを話しながら、西瓜を食べた。
帰り際、玄関で靴を履いていると、父さんが真面目な顔をして言った。
「家に戻って来るって話、真剣に考えてみてくれないか」
「うん、考えるよ」
ちょうどポケットの中でスマホが振動したので、僕はそのまま慌ただしく別れを告げ、玄関を飛び出した。
少し歩いてから、画面を確認する。裕司からメッセージが届いていた。
文面に目を通して、僕は殴られたような衝撃を受けた。メッセージの内容は、罪の告白だった。
『クラスで起きた盗難騒ぎ。あのとき加納のロッカーから金を盗んだ犯人は、俺なんだ。小松原さんにも、みんなにも迷惑をかけた。ごめん』
夏休み最後の夜。
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