欠けた日(2)

文字数 1,919文字

 委員会の集まりは、些細な連絡事項があった程度で、すぐにお開きとなった。これなら昼休みに少し集まるだけで十分だったんじゃないかと思った。

 一度教室に顔を出し、残って作業をするクラスメイトに連絡事項を伝えた。その後で、男子の作業リーダーに切り出した。
「ごめん、今日は用事があって作業に参加できないんだけど」

「いいよいいよ、的場は委員の仕事引き受けてくれてんだし、今日のところは俺らだけで頑張るからさ」
「ほんと、ごめん」

「だからいちいち謝るなって」
 彼は笑って僕の背中を軽く叩き、
「裕司だって、きっと俺と同じように考えて、答えてたと思うよ」

 僕は裕司が使っていた机を見やった。ひとりの女子が、裕司の机を脚立代わりにして、教室の飾りつけをしている。

「……的場?」

 気がつくと、笑って僕の背中を叩いていたはずの彼が、怪訝な表情を浮かべていた。僕はいつの間にか、ひどく険しい顔をしていたらしい。

「どうした? 大丈夫か?」
「あ、いや、平気。ちょっと立ち眩みがしただけだから」
「寝不足か?」
「うん、そうかな」
「無理するなよな。委員の仕事で手伝えることとかあったら、遠慮なく言えよ」
「うん、ありがとう」

 軽く手を振って、彼に別れを告げた。それから教室を出るまでに、何人かのクラスメイトが僕に声をかけてきた。

「おつかれ、的場くん」
「綾人、帰るの? またなー」
「的場くん、バイバーイ」

 僕たちのクラスは、きっと他と比べて仲がいい。僕自身、四月の頃よりクラスメイトと話す機会が増えた。

 上靴からスニーカーに履き替え、校門を出る。そこで美南さんを見つけ、立ち止まった。学校から直接ここまで来たのか、美南さんは制服姿だった。

「あんた、前に想乃の部屋で会ったことあるよね。もう学校終わったの?」
 僕に気づいた美南さんが、話しかけてくる。
「ひとり? 想乃は?」

「小松原さんなら、先に帰ったよ」

「へえ、一緒に帰ったりはしないんだ。あ、さてはあんた、想乃にフラれた?」
 美南さんは片方の眉を上げ、からかうように言った。

「僕だけ委員会の集まりがあったんだ。小松原さんは最近体調を崩してて、だから早めに帰ったんだよ」

「そうなんだ? ふうん、ざまあみろだね」
 美南さんはそう言って、口の端を歪めた。

 こめかみの血管が、どくどくと脈打つのを感じた。
 僕を美南さんを睨みつけた。
「それで、君は小松原さんに何か用があったの?」

「別に。ちょっと顔見に寄っただけ」
「用もないのに、わざわざ嫌っている相手の顔を見に来るんだ?」
「いけない?」
「いや、別に。ただ変わった趣味だと思って。だけど、ここで待つのはやめてほしい。学校のすぐ前だから。小松原さんも困惑するだろう」
「何よ、わたしが学校まで会いに来るのは迷惑ってこと?」
「だって君はまた、騒ぐかもしれないだろう」

 美南さんは小松原さんに対し、異常なほど攻撃的だ。以前、小松原さんの部屋を訪ねてきた美南さんは、近所中に響き渡る声で彼女を罵倒した。あのような騒ぎを、学校の前で起こさないとも限らない。

「だとしたら何? ていうかさっきからあんた何様? 想乃の彼氏っていうか、ナイト気取り? それで想乃を守っているつもり? あいつがどんな奴かも知らないくせに」

 美南さんは挑むように僕を見た。生意気そうな態度に、つい声を荒げたくなる。だけど、相手のペースに呑まれてはいけないと思い直した。

「君が僕より小松原さんのことを知っているというのなら、想像してみてほしい」
 僕は静かに言った。
「今、彼女は部屋にひとりぼっち、具合が悪いのに看病してくれる人もない。きっとすごく心細くて、怖くて、不安なはずだ。どうして彼女はそんな環境に身を置くことになったんだろう」

 美南さんの顔色が変わる。僕は構わず続けた。
「どうして小松原さんはたったひとり、アパートで生活しなくてはならなかったのだろう。どうして――」

「やめてよ!」
 美南さんが怒鳴った。
「わたしのせいで想乃は家を出たって、あんたそう言いたいんでしょ? なんでわたしが責められなきゃいけないの? どうして想乃のほうが被害者みたいな言い方するの? 被害者はわたしでしょ? 想乃が先にわたしを傷つけた。わたしは想乃にたくさん苦しめられた。今だってこんなに苦しくて、」

「苦しめられたぶん、今度は君が小松原さんを苦しめるの? 演技をするのは、そのため?」
 そう訊くと、美南さんははっと目を見開いた。

「どうして君は彼女に本当のことを伝えない? どうして隠す?」

 美南さんの足元へと、視線を落とす。小松原さんに突き飛ばされた際、事故に遭い、不自由になったという足を、改めて見る。

「その足、本当は自由に動かせるんだろう?」
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登場人物紹介

的場綾人

料理が趣味の高校一年生。

想乃のことを気にして、何かと世話を焼く。

小松原想乃

クラスでは孤立しがち。

綾人と出会い、徐々に明るさを取り戻していく。

桐丘

雨が降るたび想乃の前に現れては、彼女を襲う、謎の男。

山根裕司

綾人の友人。

明るく頼りになる性格で、クラス内では調整役となることも。

安在絵里奈

クラス委員。

優しい性格で友人が多い。

戸田美南

中学三年生。想乃の従妹。想乃に対し、乱暴な態度をとる。

的場蒼介

小学生五年生。綾人とは継兄弟。無邪気な性格で兄を慕う。


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