いなくなった日(2)
文字数 2,129文字
駅前広場は人でごった返していた。
「今日って何かイベントでもあった?」
尋ねてから、すぐ傍のコンビニに貼られたポスターが目に入った。花火大会について知らせる文字。開催日は今日になっている。
「そうか、みんな花火が目当てで」
すれ違う人と肩がぶつかる。バス停へと人の流れができている。今の時間、会場直通の臨時バスが出ているらしい。
この状態では、例え美南さんがいたとしても、見つけ出すのは困難だろう。
「ちょっとここから離れようか」
そう提案すると、小松原さんはうなずいた。
「美南ちゃんは、たぶんここにはいないと思う。今はどうかわからないけど、子どもの頃は人混みが苦手だったから。人酔いしやすい子なの」
小松原さんに先導されるかたちで、駅から離れた。住宅街を抜け、高台のほうへと歩いた。
最初はただやみくもに進んでいるのかと思った。だけど、小松原さんの横顔を見てわかった。彼女の中には明確な目的地があり、今はそこに向かっているのだ。
「花火大会で思い出したの。昔、美南ちゃんがお気に入りだった場所。もしかしたらそこにいるかもしれない」
「今僕たちが向かっているところが、そうなんだね」
「うん。無駄足になるかもしれないけど」
「いいよ。少しでも可能性があるなら、探しに行こう」
高台公園に入る。林に挟まれたゆるい坂道を進むと、徐々に視界が開けてきた。
辿り着いた広場からは、僕たちの住む街が一望できた。
弾ける音がして、西の空に円く色が浮かんだ。下から、わずかに歓声も伝わってきた。花火大会がはじまったのだ。
「事故が起きる前まではね、わたしと美南ちゃん、いつも一緒にいたの。周りからは本当の姉妹みたいなんて言われてた。この公園にも二人でよく遊びに来たっけ。花火大会の日にはここから一緒に花火を眺めた。美南ちゃんは特にこの広場を気に入っていたの」
小松原さんはそう説明すると、
「美南ちゃん! ねえ、いたら応えて! 美南ちゃん!」
声を張り上げた。
僕も叫ぶ。
「美南さん!」
少しの間、美南さんの名前を呼び続けた。僕たちはほぼ同時に口を閉じた。息を詰め、耳を澄ませた。花火の音に重なって、すぐ近くで何者かの足音が聞こえた気がした。広場の奥、林の中で黒い人影が動いた。
「美南ちゃん!」
小松原さんが駆け出す。林の中の人物が逃げる。僕も遅れて、後を追った。林に飛びこむ。
少し先を、小松原さんが走っている。立ち並ぶ木々を器用に避けながら、速度を上げていく。
林の中は傾斜がきつい。僕は度々、足をもつれさせた。よろめき、地面に片膝をつく。
顔を上げた瞬間、二人の影が重なるを見た。小松原さんが美南さんに追いついたのだ。
急いで立ち上がり、二人の元へ走った。
「放してよ!」
美南さんは身をよじり、声を上げていた。
「触らないで!」
「やだ、だめだよ美南ちゃん、うちに帰ろう? ね?」
「何よ帰ろうって。はあ? うち? あの家はあんたのうちじゃないでしょ!」
「叔母さん、すっごく心配してるよ」
「知らない。どうでもいい」
「どうでもよくないよ。美南ちゃんの将来の話でしょう!」
小松原さんは厳しく言い放った。美南さんが黙る。
「叔母さんから聞いたよ。高校行かないって本当なの?」
「そうだよ。だから何?」
「どうして? 何か理由があるなら、」
「別に理由なんかない! ただなんとなく行きたくないだけ!」
「嘘だよ。そんなの嘘。理由も何もなく、家出なんかしないでしょう。美南ちゃんはそんなことする子じゃない」
「うるさいなあ、あんたにわたしの何がわかるっていうの」
「わかんないよ。本当は全然わかんない。だから探しに来たの。美南ちゃんの話を聞きたいと思ったの。聞いて、わかりたいって思ったの」
「はあ、何それ? あんたと話すことなんてないよ。わたしが高校行こうが行くまいが、あんたには全然関係ないじゃん。何を心配してるんだか知らないけどさあ、わたし別に誰にも迷惑かけるつもりなんかないから。それならいいでしょ?」
「違う、迷惑とかそういう話じゃないんだよ。だってそれ、美南ちゃんがひとりで決めたことでしょう? 誰にもなんにも話さないで決めたことでしょう? そんなやり方、一番よくないよ」
「いいも何も、昔からわたしはそうやってきた。なんだってひとりで決断してきた。それが普通でしょ?」
「普通じゃないよ」
小松原さんの腕から、美南さんが抜け出す。再び逃げ出そうとする美南さんに、小松原さんは勢いよくぶつかっていった。
そうして美南さんをほとんど羽交い絞めみたいにすると、声を張り上げた。
「だって美南ちゃんはひとりじゃないでしょう! 家族も友達もいるのに、どうしてそんないつもひとりぼっちみたいな言い方するの! ひとりで決めなくていいんだよ。誰かに打ち明けて、相談して、一緒に悩んで、不満があるならぶつけて、そういうことが許される立場に美南ちゃんはいるんだよ! それなのにどうして自分からその立場を捨てようとするの!」
身をよじり続けていた美南さんの動きが、ぴたりと止まった。
僕は呆然と二人のやりとりを眺めた。
小松原さんはいつからこんなに強くなったのだろう。いつからこんなに、人に向かっていけるようになったのだろう。
「今日って何かイベントでもあった?」
尋ねてから、すぐ傍のコンビニに貼られたポスターが目に入った。花火大会について知らせる文字。開催日は今日になっている。
「そうか、みんな花火が目当てで」
すれ違う人と肩がぶつかる。バス停へと人の流れができている。今の時間、会場直通の臨時バスが出ているらしい。
この状態では、例え美南さんがいたとしても、見つけ出すのは困難だろう。
「ちょっとここから離れようか」
そう提案すると、小松原さんはうなずいた。
「美南ちゃんは、たぶんここにはいないと思う。今はどうかわからないけど、子どもの頃は人混みが苦手だったから。人酔いしやすい子なの」
小松原さんに先導されるかたちで、駅から離れた。住宅街を抜け、高台のほうへと歩いた。
最初はただやみくもに進んでいるのかと思った。だけど、小松原さんの横顔を見てわかった。彼女の中には明確な目的地があり、今はそこに向かっているのだ。
「花火大会で思い出したの。昔、美南ちゃんがお気に入りだった場所。もしかしたらそこにいるかもしれない」
「今僕たちが向かっているところが、そうなんだね」
「うん。無駄足になるかもしれないけど」
「いいよ。少しでも可能性があるなら、探しに行こう」
高台公園に入る。林に挟まれたゆるい坂道を進むと、徐々に視界が開けてきた。
辿り着いた広場からは、僕たちの住む街が一望できた。
弾ける音がして、西の空に円く色が浮かんだ。下から、わずかに歓声も伝わってきた。花火大会がはじまったのだ。
「事故が起きる前まではね、わたしと美南ちゃん、いつも一緒にいたの。周りからは本当の姉妹みたいなんて言われてた。この公園にも二人でよく遊びに来たっけ。花火大会の日にはここから一緒に花火を眺めた。美南ちゃんは特にこの広場を気に入っていたの」
小松原さんはそう説明すると、
「美南ちゃん! ねえ、いたら応えて! 美南ちゃん!」
声を張り上げた。
僕も叫ぶ。
「美南さん!」
少しの間、美南さんの名前を呼び続けた。僕たちはほぼ同時に口を閉じた。息を詰め、耳を澄ませた。花火の音に重なって、すぐ近くで何者かの足音が聞こえた気がした。広場の奥、林の中で黒い人影が動いた。
「美南ちゃん!」
小松原さんが駆け出す。林の中の人物が逃げる。僕も遅れて、後を追った。林に飛びこむ。
少し先を、小松原さんが走っている。立ち並ぶ木々を器用に避けながら、速度を上げていく。
林の中は傾斜がきつい。僕は度々、足をもつれさせた。よろめき、地面に片膝をつく。
顔を上げた瞬間、二人の影が重なるを見た。小松原さんが美南さんに追いついたのだ。
急いで立ち上がり、二人の元へ走った。
「放してよ!」
美南さんは身をよじり、声を上げていた。
「触らないで!」
「やだ、だめだよ美南ちゃん、うちに帰ろう? ね?」
「何よ帰ろうって。はあ? うち? あの家はあんたのうちじゃないでしょ!」
「叔母さん、すっごく心配してるよ」
「知らない。どうでもいい」
「どうでもよくないよ。美南ちゃんの将来の話でしょう!」
小松原さんは厳しく言い放った。美南さんが黙る。
「叔母さんから聞いたよ。高校行かないって本当なの?」
「そうだよ。だから何?」
「どうして? 何か理由があるなら、」
「別に理由なんかない! ただなんとなく行きたくないだけ!」
「嘘だよ。そんなの嘘。理由も何もなく、家出なんかしないでしょう。美南ちゃんはそんなことする子じゃない」
「うるさいなあ、あんたにわたしの何がわかるっていうの」
「わかんないよ。本当は全然わかんない。だから探しに来たの。美南ちゃんの話を聞きたいと思ったの。聞いて、わかりたいって思ったの」
「はあ、何それ? あんたと話すことなんてないよ。わたしが高校行こうが行くまいが、あんたには全然関係ないじゃん。何を心配してるんだか知らないけどさあ、わたし別に誰にも迷惑かけるつもりなんかないから。それならいいでしょ?」
「違う、迷惑とかそういう話じゃないんだよ。だってそれ、美南ちゃんがひとりで決めたことでしょう? 誰にもなんにも話さないで決めたことでしょう? そんなやり方、一番よくないよ」
「いいも何も、昔からわたしはそうやってきた。なんだってひとりで決断してきた。それが普通でしょ?」
「普通じゃないよ」
小松原さんの腕から、美南さんが抜け出す。再び逃げ出そうとする美南さんに、小松原さんは勢いよくぶつかっていった。
そうして美南さんをほとんど羽交い絞めみたいにすると、声を張り上げた。
「だって美南ちゃんはひとりじゃないでしょう! 家族も友達もいるのに、どうしてそんないつもひとりぼっちみたいな言い方するの! ひとりで決めなくていいんだよ。誰かに打ち明けて、相談して、一緒に悩んで、不満があるならぶつけて、そういうことが許される立場に美南ちゃんはいるんだよ! それなのにどうして自分からその立場を捨てようとするの!」
身をよじり続けていた美南さんの動きが、ぴたりと止まった。
僕は呆然と二人のやりとりを眺めた。
小松原さんはいつからこんなに強くなったのだろう。いつからこんなに、人に向かっていけるようになったのだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)