かすかに目をすがめて、困ったような顔をしている。

文字数 1,500文字

かすかに目をすがめて、困ったような顔をしている。

臼井くんは、ぼくにとっては印象深い少年だった。

彼は透明人間のようだったのだ。
目立つことなく、見えなくなろうと努力しているようにして、出すぎることなく、ひっこみすぎることなく──―クラスのなかで浮くこともなければ沈むこともない透明な存在。それが臼井くんのポジションだった。

臼井くんはとても背が高かった。清潔な手をしていた。おだやかで、やさしい目をしていた。ヒョロ長い手足の扱いに困りかねたようにして歩く彼の様子はかなり魅力のあるものだった。
なのにクラスメートたちは彼に注目しない。
凡庸であろうと腐心している。ものすごく注意をして目立たないでいようと努力しているような彼のやり方にぼくは興味をもっていた。
え? なにって……。
困り顔のままで臼井くんはぼくの問いかけに首を傾げている。
困惑する表情はどこか脅えの表情と似ている。
ぼくは臼井くんのとまどった顔を見てそんなことを思いながら、ずんずんと近づき、彼のまえに立った。
これ。
臼井くんはぼくに手にしていたものをかざして見せた。
大判の白いハンカチに包まれた、まるみのある物体だった。大きさは両手よりちょっとだけあまるぐらいだ。
なに?
ぼくは手をのばし、臼井くんはぼくの手からその白い包みを遠ざけた。
見て気持ちいいもんじゃないんだ。…ウサギの……死体。そこんとこでみつけた。
 臼井くんは自分がやって来た裏山の茂みを一瞥してから、
埋めてやろうかと思ってハンカチで包んだのはいいけど。草や細い木が密集してて土を掘るのが大変だったから、やめた。どうしようかと思って。どっかからシャベルでも借りてこようか、と。
死体? ウサギの?
見る?
見たくない。けど…
ぼくはちょっとだけ考えこんだ。
少しだけ見たいような気もする。
現代っ子は死とは無縁だなんていうのは、嘘だ。
半端に育ってしまったいまは違うけれど、もっとずっと子どものころは、ぼくらはいつも死や恐怖のそばにいた。
死や恐怖は子どもたちの心をとらえて離さない。
ぼくらはだからはしつこく、目ざとく、それらを発見し、味わってきていた。
 
蜻蛉の羽根をむしって、尻尾の部分をむしって、蜘蛛の巣にかけたことがあった。
芸術品のようなレースの銀の巣のまんなかで、ぱたぱたと動く蜻蛉をみつめているあいだぼくの背筋はゾクゾクと震えていた。

ある日、コロリと動かなくなるデパートで買って家に置いてあったクワガタにカブト虫。
学校で教材として飼育されていたぶよぶよのかんてん質の白いチューブのカエルのたまごは、担任の先生がわざわざ田舎から持ってきてくれたものらしかった。
孵ったオタマジャクシと、一緒に孵ったサンショウウオの幼魚。一緒に育てていたらオタマジャクシたちの共食いがはじまった。
サンショウウオの餌がオタマジャクシだと気づいてからも、教師の目を盗んで何人かの生徒たちは生け贄のごとく黒い不格好な音符のような蛙の幼体を捧げていた。

いまは、もう、しない。できない。
いろいろな価値がプラスされたぼくの世界はむかしほどシンプルではなくなっていて、そのぶんぼくはそういったわかりやすい恐怖に嫌悪を感じるようになっていたから。

けれども──―そうだ。

そのむかし、恐怖とは痛覚に満ちたもので、グロテスクで滑稽な動きをもつものだった。
目に見えて、手でさわることができて、そうなった自分を想像すると戦慄がはしる感情だった。
生きていくというそのことの、なんと身近に死がころがっていたことだろう。

ぼくは臼井くんの手もとの白いハンカチを凝視していた。
小さなころと同じ、手にとることの可能な、ごく小さな死と恐怖が、そこに、あった。
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登場人物紹介

臼井くん
うすい

ぼく
ちょろくて寒い

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