音にうるさいぼくの叔父の家にあるオーディオセット。
文字数 2,045文字
音にうるさいぼくの叔父の家にあるオーディオセット。そのなかにいまだ大切に安置されているレコードプレーヤー。レコード板にできたほんのわずかな傷をプレーヤーの針がとびこえられないで、行きつ戻りつしていたことを思いだす。珍しくて聴かせてもらったレコードの、ぶち、ぶち、という音のまじったブルージーな歌声。
ぼくたちの世界にはたくさんのささいな傷と溝があって、ぼくたちはいつだって右往左往している。同じフレーズをくりかえしつづける。CDですらさらに古いという時代になっても。
ぼくたちの世界にはたくさんのささいな傷と溝があって、ぼくたちはいつだって右往左往している。同じフレーズをくりかえしつづける。CDですらさらに古いという時代になっても。
そうしてぼくは儀礼的に「たいしたことないじゃないか」というためだけに、臼井くんに視力を訊いた。
ほんとうにあまりにもたいしたことがないので、ぼくは一拍おいてしまった。
ぼくは臼井くんに小声でいった。
幸福な家庭はよく似ていて、不幸な家庭はそれぞりに違うらしい。どこかで読んだ言葉だ。そしてたぶん、そこここの家によって信じるものが違う。それは無農薬野菜だったり、神さまの尊い教えだったり、金だったり、権力だったり、する。
臼井くんの家の信仰のなかには視力のよさというものが重要なポイントとして含まれているのだろうか。それはその家、その家の勝手というものだ。主義、主張。
バカみたいだけど、臼井くんが恥ずかしそうにしているから、重々しくうなずく。
幸福な家庭はよく似ていて、不幸な家庭はそれぞりに違うらしい。どこかで読んだ言葉だ。そしてたぶん、そこここの家によって信じるものが違う。それは無農薬野菜だったり、神さまの尊い教えだったり、金だったり、権力だったり、する。
臼井くんの家の信仰のなかには視力のよさというものが重要なポイントとして含まれているのだろうか。それはその家、その家の勝手というものだ。主義、主張。
バカみたいだけど、臼井くんが恥ずかしそうにしているから、重々しくうなずく。
臼井くんは眉をひそめ、あいかわらずの困った顔をしてぼくを見返した。
彼の顔をみつめたまま、ぼくは自分の家と、自分について考えていた。
ぼくの重要な宗教はなんなのだろう。薄い膜とゼリー質の空気として表現される孤独病かもしれない。ぼくはいつか父になれるんだろうか。なったらぼく子どもに言うのだろうか。ぼくたちは、父と息子というものは、臼井膜に包まれている。そういうものだ。
もしかしたらぼくの息子は言うのだろうか。それはお父さんにとっては重要な信仰の対象かもしれいが、他の人間にとっては違うのだよ。残念だったね。
ぼくはお父さんとは違う。
違うね。
残念だったね。
レコードの傷が世間の針をとばすよ。くりかえされるフレーズに世間はもううんざりなんだけどね。
ぼくはフェンスから離れた。
彼の顔をみつめたまま、ぼくは自分の家と、自分について考えていた。
ぼくの重要な宗教はなんなのだろう。薄い膜とゼリー質の空気として表現される孤独病かもしれない。ぼくはいつか父になれるんだろうか。なったらぼく子どもに言うのだろうか。ぼくたちは、父と息子というものは、臼井膜に包まれている。そういうものだ。
もしかしたらぼくの息子は言うのだろうか。それはお父さんにとっては重要な信仰の対象かもしれいが、他の人間にとっては違うのだよ。残念だったね。
ぼくはお父さんとは違う。
違うね。
残念だったね。
レコードの傷が世間の針をとばすよ。くりかえされるフレーズに世間はもううんざりなんだけどね。
ぼくはフェンスから離れた。
フェンスのむこうにぼくたちの学校からつづく坂道が見えた。道の両脇にはずっと桜並木がつづいていた。緑色に塗りつぶされた山のなかにはきっと鳥が隠れているだろう。カッコウもいるのだろう。臼井くんとふたりで鳴き声をきいたあのいやな鳥が。
しばらくぼくたちはお互いにそれぞれに景色を見ていた。
しばらくぼくたちはお互いにそれぞれに景色を見ていた。
臼井くんは自分の手にしていたナイフを真剣なまなざしでみつめた。右手で持ち、左手に持ちかえ、ナイフを何度もひっくりかえしている。まるではじめて見たとても興味深いものを観察するように入念に。
ぼくは臼井くんの言葉のはしっこにそっと染みついているものをかぎとろうとする。
雨の日の空気の匂いのような、しんと静かな、湿った気配が彼のうしろにただよっていた。灰色の雨雲と、窓ガラスをつたって落ちていく水滴がはりついていた。
ぼくの心はもしかしたら、乾いて、からからになっている。
砂漠のようにサラサラの砂の降りつもるぼくたちは、ほんのひと降りの雨を心の底まで沈ませる。乾いた表層は水を飲む心地よさすら残すことなく、すべてを吸収し、なかったもの、にする。水脈は沈下したまま音と気配だけを残し、ぼくたちの心はあいかわらず乾いたままだ。
違うだれかに発見してもらえるまで、自身の奥底の水の気配をぼくたちは探せない。
臼井くんの言葉の裏側にある、雨の日のけだるい匂いに似たものを、ぼくは、見つけた。
ぼくは臼井くんの言葉のはしっこにそっと染みついているものをかぎとろうとする。
雨の日の空気の匂いのような、しんと静かな、湿った気配が彼のうしろにただよっていた。灰色の雨雲と、窓ガラスをつたって落ちていく水滴がはりついていた。
ぼくの心はもしかしたら、乾いて、からからになっている。
砂漠のようにサラサラの砂の降りつもるぼくたちは、ほんのひと降りの雨を心の底まで沈ませる。乾いた表層は水を飲む心地よさすら残すことなく、すべてを吸収し、なかったもの、にする。水脈は沈下したまま音と気配だけを残し、ぼくたちの心はあいかわらず乾いたままだ。
違うだれかに発見してもらえるまで、自身の奥底の水の気配をぼくたちは探せない。
臼井くんの言葉の裏側にある、雨の日のけだるい匂いに似たものを、ぼくは、見つけた。
自分の言葉の気恥ずかしさに溺れ死にそうだ。
むしろ死ね。
死ねばいいのに。なにを言っているんだ。ドラマか映画の登場人物にでもなったつもりなのか。
臼井くんも困った顔をしている。
むしろ死ね。
死ねばいいのに。なにを言っているんだ。ドラマか映画の登場人物にでもなったつもりなのか。
臼井くんも困った顔をしている。
ぼくらはそのままゲラゲラ笑った。
意味なんてない。高いところにいるのが楽しくなっただけだ。
意味なんてない。高いところにいるのが楽しくなっただけだ。