やめたほうがいいよ。耳がね。耳がナイフで
文字数 1,495文字
臼井くんは、しかたないじゃあないか、とでもいうように微笑ってみせた。
アイロンの線がくっきりとついた真っ白なハンカチに血と泥がこびりついていた。
そのなかに包まれたウサギの死体。耳が切られ、腹が裂かれている。
想像したくはないのに、どうしても想像してしまう。白い毛についた血。ねばねばとしている。腹からはみでた腸はピンク色をしていて、泥がついている。たぶん。
そのなかに包まれたウサギの死体。耳が切られ、腹が裂かれている。
想像したくはないのに、どうしても想像してしまう。白い毛についた血。ねばねばとしている。腹からはみでた腸はピンク色をしていて、泥がついている。たぶん。
ぼくは臼井くんから──―臼井くんが手にもっていた白いハンカチの包みから視線をはずした。無理にひきむしるみたいにして。
ぼくは臼井くんのまえに立って歩きだした。
臼井くんはぼくの背中にむかってそういった。
ぼくたちはふたりで野球部のスコップを借りて、桜の樹の下に穴を掘ってウサギを埋めた。
臼井くんはポツポツと雨だれのようにしてその朝の話をしてくれた。
ぼくはできるだけ軽薄に合いの手をいれた。
バードウォッチングが趣味なんだ。臼井くんがいって、暗いだろう、と笑ったのに、暗い暗いド真っ暗、と答えた。だから朝の学校の裏山で双眼鏡で空を見ていた。そうしたらウサギの死体にでくわした。
ウサギの奥さんが捜索願いをだしていて名探偵ウサギが調査中だったのかもしれないのに。現場に手をふれてぐちゃぐちゃにして、あげくに死体を勝手にもちだして埋葬してしまった。迷宮入りだ。
ぼくたちはふたりで野球部のスコップを借りて、桜の樹の下に穴を掘ってウサギを埋めた。
臼井くんはポツポツと雨だれのようにしてその朝の話をしてくれた。
ぼくはできるだけ軽薄に合いの手をいれた。
バードウォッチングが趣味なんだ。臼井くんがいって、暗いだろう、と笑ったのに、暗い暗いド真っ暗、と答えた。だから朝の学校の裏山で双眼鏡で空を見ていた。そうしたらウサギの死体にでくわした。
ウサギの奥さんが捜索願いをだしていて名探偵ウサギが調査中だったのかもしれないのに。現場に手をふれてぐちゃぐちゃにして、あげくに死体を勝手にもちだして埋葬してしまった。迷宮入りだ。
臼井くんは笑うと顔がくしゃくしゃになった。口がたとえば目や、鼻なんかに比べて、顔のなかで少しだけ大きめなせいだ。そのバランスをくずしている大きな口が彼の笑顔を独特のものにしていた。
なにかを話したそうにしている唇。笑うとこぼれる白い歯。
どうしてかぼくは笑いたくてしかたなかった。
ゲラゲラという豪快な笑いではなく、クスクスという忍んだ笑いで。
ぼくの笑いは臼井くんに伝染してしまったようだ。
ぼくはウサギを埋めているあいだずっと自分が幼い子どもにもどったような気分を味わっていた。クスクス笑いは、子供の笑い声だ。
子どもたちが大人に禁じられた遊びをしている最中、ずうっと胸の奥からくすぐられるようにして、あふれるようにして笑いあう、そういう笑いだ。
ぼくたちはウサギの死体を埋めながら笑いあった。
さぞかし不気味なふたりだったろう。
こそこそと穴を堀り、クスクスと笑う。手にはウサギの死体。
臼井くんはぼくのことはたずねなかった。ぼくがどうしてそんな早朝に学校にいたのか、とか、そういったことを訊いてこなかった。
静かな朝だった。
なにかを話したそうにしている唇。笑うとこぼれる白い歯。
どうしてかぼくは笑いたくてしかたなかった。
ゲラゲラという豪快な笑いではなく、クスクスという忍んだ笑いで。
ぼくの笑いは臼井くんに伝染してしまったようだ。
ぼくはウサギを埋めているあいだずっと自分が幼い子どもにもどったような気分を味わっていた。クスクス笑いは、子供の笑い声だ。
子どもたちが大人に禁じられた遊びをしている最中、ずうっと胸の奥からくすぐられるようにして、あふれるようにして笑いあう、そういう笑いだ。
ぼくたちはウサギの死体を埋めながら笑いあった。
さぞかし不気味なふたりだったろう。
こそこそと穴を堀り、クスクスと笑う。手にはウサギの死体。
臼井くんはぼくのことはたずねなかった。ぼくがどうしてそんな早朝に学校にいたのか、とか、そういったことを訊いてこなかった。
静かな朝だった。
遠くでカーンという、野球の金属バットがボールを打ちあげる音がしていた。それからさえずるようにも聞こえる歓声。鳥の声──カッコウ、カッコウという鳴き声と、風が木の枝をゆらすザワザワという音。たくさんの音がしていた。なのにとても静かな朝だった。
ぼくは不思議な気持ちでスコップで掘った穴の底にウサギの死体を横たえた。
白いハンカチごとだったから、結局、ちぎれた耳も、内臓も見ることはなかった。
けれどぼくは「見ないこと」でウサギの死体をいくらでも想像することができた。苦痛に満ちた、リアルなものに変換することができた。
ぼくは不思議な気持ちでスコップで掘った穴の底にウサギの死体を横たえた。
白いハンカチごとだったから、結局、ちぎれた耳も、内臓も見ることはなかった。
けれどぼくは「見ないこと」でウサギの死体をいくらでも想像することができた。苦痛に満ちた、リアルなものに変換することができた。