ぼくたちの通う学校は山の上にあった。

文字数 1,470文字

ぼくたちの通う学校は山の上にあった。
やっと人口が10万にとどくかというそういう小さな街の、東のはずれの山の上に建っていた。名前もその所在地そのままの『山の上中学』といい、ダラダラつづくうねった坂と、心臓やぶりの急な地獄坂をのぼりきった山の頂上に位置していた。
校舎はよくあるコの字型で、ひらかれた部分が校門へとむかっている。
校門から見て左側の校舎の裏には、大きな桜の木が植わさっていた。
樹齢何百年などといわれている老木だ。
老いているその歳月のぶんだけ婀娜っぽい桜だった。
花のさかりのいまは見上げても空が見えない。
桜の花だけが靄のように天を覆う。花はまるで大樹の桃色の吐息のようだ。
うすいピンクの花靄のあいだから光が細いレーザー光線のようにして漏れて地面を照射していた。
風の加減で光の細い線がチラチラとぶれて、場所を変える。

ぼくはその様子を見るのが好きだった。
この桜の木は「告白の樹」と生徒たちに呼ばれていた。
告白の樹の下は、伝統的なラブレターの渡し場所だった。
生徒たちはみんなこの大樹のことを知っていたし、校外でもけっこう有名であるらしかった。
桜の老木には淡い桃色の桜の花とともに伝説がまつわりついていた。
伝説といってもそんなに立派なものではない。
人が死んで埋まっているだとか、恋が確実にかなうおまじないがどうしたとか、先生と生徒が密会の場として使っていたことがあってそれから「告白の樹」と呼ばれるようになったとか――エトセトラ。
よくある話。大人たちには「それ伝説って言わないよな」とぷっと噴かれる類の。
どの噂も古めかしい言い伝えのモチーフをレースの縁取りのように話の外側に飾り、ありがちで、なおかつ、ロマンティックだった。ぼくたちはその桜にとても慣れ親しんでいて、だからたくさんのそういったくだらないヨタ話をよそに伝えた。信じようと、信じまいと。
ぼくたちは4月に中学に入学したばかりだった。ぼくはクラスのみんなにあっというまになじんだ。学校の校風や職員室の空気にもたやすく溶けこんだ。
ぼくはカメレオンのように瞬時に色をかえて、にこにこと笑う健康的で素直な少年に変じる。
カメレオンはいつでも景色にあわせて色を変化させるが、決して同化することはない。できないのだ。そんなふうにしてぼくは周囲にあわせている。
カメレオン的人生をおくる13才の少年。ぼくはそういうガキだった。

いやなガキかな。
でもガキってそんなもんじゃない?
たまった疲労や怒りを若い身体にためこんで、適度にマスターベーションで発散して、それでもやりきれないときには眠ったり。
ときには早くに学校に辿りつきだれもいない「告白の樹」の根本のその太い幹を抱きこむようにして、ほおっと吐息をつくのだ。
ヒマなのって聞かれると、ヒマなんだよ。暗いねって言われると、暗いよ。
そういうこと。

ゴツゴツとした固い樹木の肌触り。湿った土の匂い。
「固い……」
桜の木に頬ずりをしながら、ひとりごちる。
ついでに桜の木にキスをした。
固くて、トゲっぽくて、ちっともよくないキスに眉をしかめて自分の行いの不毛さに眉をよせる。
バカなのって聞かれると、バカなんだよ。
そういうこと。
ガサガサっという草をかきわける音がして、ぼくは音のするほうを見た。
「──―あ…おはよう」
「おはよう。臼井くん。なにしてるの?」
山の裏がわの草をかきわけてぼくのまえに現れたのはクラスメートだった。

臼井慎二くん。

臼井くんは木の幹に抱きついているぼくを不審そうな目つきで見ていた。
たぶん「なにしてるの?」と問いかけたいのは、臼井くんのほうだったろう。
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登場人物紹介

臼井くん
うすい

ぼく
ちょろくて寒い

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