猫。ウサギ。子猫。ヒヨコ。モルモット。
文字数 1,485文字
猫。ウサギ。子猫。ヒヨコ。モルモット。
いままでにだれかのナイフが切り裂いてきた動物。
ぼくたちは動物たちの死を知らされていなかった。
ウサギやヒヨコはぼくたちの学校から離れて建つ小学校──―この山の下にある、歩いて40分かかる場所──―から盗まれたものだった。
どれもがぼくたちの学校のそばに捨てられていた。この中学の生徒のだれかの仕業ではないかと問題になるのにそうたいした時間はかからなかった。だれだってそう思う。ぼくだってそう思った。
ぼくが想像もせず、思いもよらなかった噂はたったひとつだけだった。
無責任な犯人さがしの結果、臼井くんが「ナイフ切り裂き魔」と認定されたことだけだった。
噂が噂を呼び、ひとつの推定が大量の仮定を連れてきた。ナイフを持って早朝に歩いていた。こそこそと人目を気にしているようだった。学校の裏地や崖からひょいっと出てくるのを見た。なにをやっているのだろうと不気味だった。双眼鏡を持って学校にきていた。
いままでにだれかのナイフが切り裂いてきた動物。
ぼくたちは動物たちの死を知らされていなかった。
ウサギやヒヨコはぼくたちの学校から離れて建つ小学校──―この山の下にある、歩いて40分かかる場所──―から盗まれたものだった。
どれもがぼくたちの学校のそばに捨てられていた。この中学の生徒のだれかの仕業ではないかと問題になるのにそうたいした時間はかからなかった。だれだってそう思う。ぼくだってそう思った。
ぼくが想像もせず、思いもよらなかった噂はたったひとつだけだった。
無責任な犯人さがしの結果、臼井くんが「ナイフ切り裂き魔」と認定されたことだけだった。
噂が噂を呼び、ひとつの推定が大量の仮定を連れてきた。ナイフを持って早朝に歩いていた。こそこそと人目を気にしているようだった。学校の裏地や崖からひょいっと出てくるのを見た。なにをやっているのだろうと不気味だった。双眼鏡を持って学校にきていた。
ぼくに問いかけてきたクラスメートがいた。べくは「べつに」と答えた。知ってるか、とつづいた台詞には純粋な好奇心が満ちあふれていた。臼井くんはいまや話題の中心だった。
ぼくは苦笑した。苦いものがほんとうに胸元からこみあげてきたのだった。笑いにまじえて外にだすしかない悪質な苦みを感じていた。
臼井くんに関する噂には憎しみがこめられていた。どうして目立つことのなかった、目立とうとしたこともなかった、ふだんならみんなが素通りする臼井くんという人物に対して、だれもかれもがあれほどに憎悪をもつことができたのだろう。きっぱりとした激しい憎悪だった。だれもが臼井くんを憎んでいた。
臼井くんに関する噂には憎しみがこめられていた。どうして目立つことのなかった、目立とうとしたこともなかった、ふだんならみんなが素通りする臼井くんという人物に対して、だれもかれもがあれほどに憎悪をもつことができたのだろう。きっぱりとした激しい憎悪だった。だれもが臼井くんを憎んでいた。
陰湿なイジメがはじまった。みんなが苛めることで快感を覚えていた。ささいな苛めがほとんどだった。たとえば臼井くんが近づくことでやむヒソヒソ話。彼が離れていくと再開されクスクスと笑い声が──―悪意の感じられるいやらしい笑いかた──―臼井くんの背中に投げつけられる。臼井くんの教科書がなくなる。双眼鏡が盗まれ、校舎の裏に投げられている。ウサギの死体と同じぐらいズタズタにされて。
苛めることは快感だったのだ。
最初は後ろめたかっただろう。けれどある一線をこえると気持ちのいいレクリエーションになる。自分の放つ矢が相手を確実に痛めつける。
そのレクリエーションは麻薬のようにみんなをとらえ、つかまえ、ひきずっていった。集団催眠にかかったようにしてみんなは臼井くんを苛めることで得られる居心地の悪い爽快さに溺れていった。
苛めることは快感だったのだ。
最初は後ろめたかっただろう。けれどある一線をこえると気持ちのいいレクリエーションになる。自分の放つ矢が相手を確実に痛めつける。
そのレクリエーションは麻薬のようにみんなをとらえ、つかまえ、ひきずっていった。集団催眠にかかったようにしてみんなは臼井くんを苛めることで得られる居心地の悪い爽快さに溺れていった。
ぼくはそれを黙って見ていた。
臼井くんは自分のまわりをとりまく悪意に、とまどったような、困ったようないつもの表情で立ちすくんでいた。背中をまるめて、目をわずかに細めて、不器用に見えるアンバランスなリズムでもって長い手足を動かして。
レコードの針が傷にひっかかって同じフレーズをくりかえすように、臼井くんのまわりの悪意のコーラスはいつまでも鳴りひびいていた。とはいえそれもいつかは鳴りやむだろう。だれか目に見えない手が針を動かしてくれるだろう。傷をとびこえ、曲は先に進むだろう。
どんなレコードだっていつかは終わるのだから。名作であろうと、なかろうと。すばらしい曲でも、つまらない曲でも。時がながれていくようにして曲もいつかは確実に終わる。だれの曲であろうと。どんなレコードであろうと。
ぼくは漠然とそう信じていた。
それがぼくの罪だ。
レコードの針が傷にひっかかって同じフレーズをくりかえすように、臼井くんのまわりの悪意のコーラスはいつまでも鳴りひびいていた。とはいえそれもいつかは鳴りやむだろう。だれか目に見えない手が針を動かしてくれるだろう。傷をとびこえ、曲は先に進むだろう。
どんなレコードだっていつかは終わるのだから。名作であろうと、なかろうと。すばらしい曲でも、つまらない曲でも。時がながれていくようにして曲もいつかは確実に終わる。だれの曲であろうと。どんなレコードであろうと。
ぼくは漠然とそう信じていた。
それがぼくの罪だ。