ぼくはそれからしばらく
文字数 1,777文字
ぼくはそれからしばらく臼井くんのまわりにも父と同じ膜がはっているのではないかと、何度か探してみた。
とくになにも見えなかった。
臼井くんは空気をゼリーのように凝固させることはなかった。
僕と父のあいだにある膜のようなものは孤独や寂しさを表すものなのだろうか。
詩的な表現すぎる。こんなこと口には出せない。思うだけしかない。ぼくは口に出せないことばかり考えている。昔はなんでも思うはしから口にできたというのに。
とくになにも見えなかった。
臼井くんは空気をゼリーのように凝固させることはなかった。
僕と父のあいだにある膜のようなものは孤独や寂しさを表すものなのだろうか。
詩的な表現すぎる。こんなこと口には出せない。思うだけしかない。ぼくは口に出せないことばかり考えている。昔はなんでも思うはしから口にできたというのに。
早朝にウサギの墓を掘ってから一ヶ月過ぎたころだった。
ぼくたちはまた朝はやくに桜の樹の下で会った。
臼井くんは双眼鏡と大ぶりのナイフを持っていた。
臼井くんは双眼鏡と大ぶりのナイフを持っていた。
ぼくは手をさしだし、臼井くんからナイフを見せてもらった。
頑丈そうなサバイバルナイフだ。
柄にしまわれた刃を出すと、シュッという小気味いい音がした。
磨かれて、先のほうが白銀に小さく波打って光っている。
頑丈そうなサバイバルナイフだ。
柄にしまわれた刃を出すと、シュッという小気味いい音がした。
磨かれて、先のほうが白銀に小さく波打って光っている。
ぼくがナイフを返しながら訊くと、
そして臼井くんは得意げにニッと笑った。
少し照れているようにして。
少し照れているようにして。
ぼくはうなずいた。
山の上の学校の屋上。
山の上の学校の屋上。
グラウンドをぬけて、学校の階段をのぼりながら、臼井くんはいつもより早口で話した。
手足が決まったリズムで動いている。足取りが軽い。
屋上の鍵は臼井くんがいったとうりに、破壊されていた。
手足が決まったリズムで動いている。足取りが軽い。
屋上の鍵は臼井くんがいったとうりに、破壊されていた。
グチャグチャにゆがめられたドアノブと、それが固定されていた引っ掻き傷だらけの金属の板のようなものをぼくは指でそっと撫でた。
ぼくはテレビの刑事ドラマの口調で、抑揚をおさえてそういった。
臼井くんはぼくの台詞に顔をくしゃっとゆがませる笑いをみせた。
笑いながら扉を開ける。
その日はとても晴れていた。
極上の天気だった。
空が高くて、青くて、ちょうどいい形と大きさのふんわりとした白い雲が空のところどころに浮かんでいた。
学校の屋上から見上げた空は広大な牧場のようだった。のどかで、気持ちがいい。
臼井くんはぼくの台詞に顔をくしゃっとゆがませる笑いをみせた。
笑いながら扉を開ける。
その日はとても晴れていた。
極上の天気だった。
空が高くて、青くて、ちょうどいい形と大きさのふんわりとした白い雲が空のところどころに浮かんでいた。
学校の屋上から見上げた空は広大な牧場のようだった。のどかで、気持ちがいい。
他の言葉は出なかった。すごいものは、ただ、すごい。
ぼくは「うん」とのびをして屋上のあちこちを見回した。
臼井くんはフェンスにもたれて、目をこころもちすがめて遠くの空を見ていた。
臼井くんはフェンスにもたれて、目をこころもちすがめて遠くの空を見ていた。
横にならんだぼくのほうにむきなおり、目をしばたたせる。
そしてふいに恥ずかしくなって口をつぐんだ。
黒板を見ている臼井くんの様子。フラスコやビーカーを扱う臼井くんの手。
言葉にしたとたんにぼくは自分が変質的に臼井くんをみつめつづけ、観察していたような気になってくちごもる。
臼井くんはぼくの困惑をどううけとったのか、眉を下げた情けない笑顔で、
黒板を見ている臼井くんの様子。フラスコやビーカーを扱う臼井くんの手。
言葉にしたとたんにぼくは自分が変質的に臼井くんをみつめつづけ、観察していたような気になってくちごもる。
臼井くんはぼくの困惑をどううけとったのか、眉を下げた情けない笑顔で、
目が悪いのって、わかっちゃうんだね。むかし…すごく視力が落ちたときがあって。おばあちゃんが気にして、毎日できるだけ遠くの景色をながめてると視力はもどるってそう教えてくれたから。クセになってるみたい。いつも気がついたら遠くを見てる。
臼井くんは最大の恥を告白するようにおもいつめた顔をしていた。
ぼくは自分の先刻のとまどいを棚にあげて、なにも視力ごとき、機械ごときでそんなに深刻な顔をしなくてもいいのにと思う。
けれど悩みなんてたいていそんなものだ。当事者にしかわからない。説明できない。溝は深い。
ぼくは自分の先刻のとまどいを棚にあげて、なにも視力ごとき、機械ごときでそんなに深刻な顔をしなくてもいいのにと思う。
けれど悩みなんてたいていそんなものだ。当事者にしかわからない。説明できない。溝は深い。