scene10 腕は曲がるし頬は膨らむ
文字数 2,091文字
縁側から夏の夜風が控えめに届く。風鈴も合わせて一言二言さえずる。
立地のおかげもあり、この家にはクーラーがない。扇風機だけで過ごせてしまうのは、この家の昔ながらの造りも関係しているのかもしれない。
「ふぅ~。ごちそうさまでした、山本さん」
家に帰ってから作ってくれたハンバーグはとても美味しくて。普段は面倒であまり食べないサラダも美味しくて。いつもの炊飯器で炊いたご飯もいつも以上に美味しくて。
失敗したら、なんて言ってたけど、どこにもそんな要素は見つけられませんでした。
「ゆーとさん、お口に合いましたか?」
「もちろんです。とても美味しかったです]
「良かったです。わたしから作らせて下さいなんて言い出したので……」
「とんでもないです。お米ですらいつも以上でしたし」
ちゃぶ台の向こう側にすわる山本さんは、
「きっと、それは二人で食べたからというのもあるかもしれませんね」
と、にこりと笑う。
扇風機も僕と山本さんへ交互に風を送る。
ふむ。そう言われてみると、夕食が一人じゃないというのも久々かもしれない。
祖母が先払い契約をしてくれていたおかげで、亡くなってからも中学時代は家政婦さんが来てくれていた。
高一に上がったてからは契約がなくなったため完全に一人の生活になった。料理はもちろん洗濯や掃除など、完璧とは言えないけど家事は全て一人で行なっていた。
この夏休みはというとバイト三昧で、帰ってくると寝るだけという程度にしか家では過ごさず、食事なんかはコンビニ弁当をさくっと食べるだけだったけど。
「確かに誰かとの食事というのもあるかもしれないですけど、やっぱり山本さんの腕が凄いんだと思いますよ」
山本さんは目をぱちくりさせると、
「普通ですよ?」
右腕を曲げて力こぶを作ろうとする。
普通どころか、とてもすらっとしてらっしゃいますけど。
「いや、腕がいいの言い間違えです」
「そうですか?」
今度は、両腕をくっつけるように前に伸ばし、表裏ひっくり返すなど交互に見ている。
気になる部分 が寄せられる。
……夜に二人きりで、危険が危ない的な事案が発生してます。
なので慌てて続ける。
「腕が立つと言いますか」
「逆立ちは苦手です」
「腕利きと言いますか」
「右利きです」
「凄腕と言いますか」
山本さんはまた右腕を曲げて力こぶを作ろうとして首をかしげる。
「普通ですよ?」
僕は慣用句をあきらめ、
「何というか、料理が上手ってことですよ」
と、他の意味に取られない素直な言い方を洗濯する。
「えへへー。褒められましたー」
あまりの笑顔に、危険が危ない事案がまた生じる。
「わからないふりをすると、褒められますねー」
ぅおいっ!
「……わかっててやったんですね?」
とは言っても、その笑みが続いていると、これ以上の追及は僕には無理で。
「……じゃあ、デザートにしましょう。大福を取ってきます。お茶も入れますね」
僕は台所へ立つ。
二人分の量を注ぎやかんを火にかける。
そして振り返り居間へと声をかける。
「山本さん、お茶は熱いのとぬるいのとどちらが好きですか?」
「ありがとうございます。お茶は熱めが好きです。なんてったって和菓子ですから」
弾む声で返してくれた。
「了解です。では」
熱いお茶を注ぎ、大福もお盆にのせて運ぶ。
「はい、熱いですからね」
と、まずは湯呑みを山本さんの眼の前に置く。
「ゆーとさん、ありがとうございます」
と、山本さんは湯飲みを持とうとするものの、
「熱っ」
と、すぐ手を引っ込めてしまい。
「ふぅ~、ふぅ~」
と、唇をすぼめてお茶に息を吹きかける。
その仕草を見ただけで、何か幸せのかけらをもらったように思え、僕は思わず笑ってしまう。
「では、先に大福をいかがですか?」
買ってきた状態そのままで持ってきたので、ラップをはがし勧める。
「お先にどうぞ」
「ありがとうございますっ」
山本さんは大福を一つつまむ。
周りの白い粉が雪のように落ちた。
しばらく手に持った大福を見つめたと思ったら……。
ぱくっ。
にまぁ~。
はむはむ。
にまぁ~。
ここにも幸せがありました。
山本さんが嬉しそうに食べるものだから、僕の食べている大福まで必要以上に美味しく感じる。
そんな理由で僕はあっという間に食べてしまったが、山本さんは小さな一口一口を大事そうに食べている。
ぱくっ。
にまぁ~。
はむはむ。
にまぁ~。
……ずっと、見ていられるなぁ、これ。
なんて油断していたら、
「もう、食べているところそんなに見られると恥ずかしいですよ」
山本さんが大福は頬張ることを止め、頬を膨らました。
うぐっ。
危険です。
危険が危ない事案が続きます。
……確信しました。
……このままだとこの家は危険地域として指定されてしまいます。
立地のおかげもあり、この家にはクーラーがない。扇風機だけで過ごせてしまうのは、この家の昔ながらの造りも関係しているのかもしれない。
「ふぅ~。ごちそうさまでした、山本さん」
家に帰ってから作ってくれたハンバーグはとても美味しくて。普段は面倒であまり食べないサラダも美味しくて。いつもの炊飯器で炊いたご飯もいつも以上に美味しくて。
失敗したら、なんて言ってたけど、どこにもそんな要素は見つけられませんでした。
「ゆーとさん、お口に合いましたか?」
「もちろんです。とても美味しかったです]
「良かったです。わたしから作らせて下さいなんて言い出したので……」
「とんでもないです。お米ですらいつも以上でしたし」
ちゃぶ台の向こう側にすわる山本さんは、
「きっと、それは二人で食べたからというのもあるかもしれませんね」
と、にこりと笑う。
扇風機も僕と山本さんへ交互に風を送る。
ふむ。そう言われてみると、夕食が一人じゃないというのも久々かもしれない。
祖母が先払い契約をしてくれていたおかげで、亡くなってからも中学時代は家政婦さんが来てくれていた。
高一に上がったてからは契約がなくなったため完全に一人の生活になった。料理はもちろん洗濯や掃除など、完璧とは言えないけど家事は全て一人で行なっていた。
この夏休みはというとバイト三昧で、帰ってくると寝るだけという程度にしか家では過ごさず、食事なんかはコンビニ弁当をさくっと食べるだけだったけど。
「確かに誰かとの食事というのもあるかもしれないですけど、やっぱり山本さんの腕が凄いんだと思いますよ」
山本さんは目をぱちくりさせると、
「普通ですよ?」
右腕を曲げて力こぶを作ろうとする。
普通どころか、とてもすらっとしてらっしゃいますけど。
「いや、腕がいいの言い間違えです」
「そうですか?」
今度は、両腕をくっつけるように前に伸ばし、表裏ひっくり返すなど交互に見ている。
……夜に二人きりで、危険が危ない的な事案が発生してます。
なので慌てて続ける。
「腕が立つと言いますか」
「逆立ちは苦手です」
「腕利きと言いますか」
「右利きです」
「凄腕と言いますか」
山本さんはまた右腕を曲げて力こぶを作ろうとして首をかしげる。
「普通ですよ?」
僕は慣用句をあきらめ、
「何というか、料理が上手ってことですよ」
と、他の意味に取られない素直な言い方を洗濯する。
「えへへー。褒められましたー」
あまりの笑顔に、危険が危ない事案がまた生じる。
「わからないふりをすると、褒められますねー」
ぅおいっ!
「……わかっててやったんですね?」
とは言っても、その笑みが続いていると、これ以上の追及は僕には無理で。
「……じゃあ、デザートにしましょう。大福を取ってきます。お茶も入れますね」
僕は台所へ立つ。
二人分の量を注ぎやかんを火にかける。
そして振り返り居間へと声をかける。
「山本さん、お茶は熱いのとぬるいのとどちらが好きですか?」
「ありがとうございます。お茶は熱めが好きです。なんてったって和菓子ですから」
弾む声で返してくれた。
「了解です。では」
熱いお茶を注ぎ、大福もお盆にのせて運ぶ。
「はい、熱いですからね」
と、まずは湯呑みを山本さんの眼の前に置く。
「ゆーとさん、ありがとうございます」
と、山本さんは湯飲みを持とうとするものの、
「熱っ」
と、すぐ手を引っ込めてしまい。
「ふぅ~、ふぅ~」
と、唇をすぼめてお茶に息を吹きかける。
その仕草を見ただけで、何か幸せのかけらをもらったように思え、僕は思わず笑ってしまう。
「では、先に大福をいかがですか?」
買ってきた状態そのままで持ってきたので、ラップをはがし勧める。
「お先にどうぞ」
「ありがとうございますっ」
山本さんは大福を一つつまむ。
周りの白い粉が雪のように落ちた。
しばらく手に持った大福を見つめたと思ったら……。
ぱくっ。
にまぁ~。
はむはむ。
にまぁ~。
ここにも幸せがありました。
山本さんが嬉しそうに食べるものだから、僕の食べている大福まで必要以上に美味しく感じる。
そんな理由で僕はあっという間に食べてしまったが、山本さんは小さな一口一口を大事そうに食べている。
ぱくっ。
にまぁ~。
はむはむ。
にまぁ~。
……ずっと、見ていられるなぁ、これ。
なんて油断していたら、
「もう、食べているところそんなに見られると恥ずかしいですよ」
山本さんが大福は頬張ることを止め、頬を膨らました。
うぐっ。
危険です。
危険が危ない事案が続きます。
……確信しました。
……このままだとこの家は危険地域として指定されてしまいます。