scene21 知っているけど知らない階段

文字数 3,044文字

 カチリ。
 鍵の閉まる音をちゃんと聞き遂げる。

「じゃあ、行きましょうか」
 学校へと向かうため、山本さんに声をかけた。

「はいっ。今日から日本の高校生ですっ」
 山本さんは、少し大きめの白地にブラウンの肩掛けのトートバッグを下げている。
 足元は指定靴に似た茶色のローファー。
 まっすぐ柔らかに前を見て歩いているが、例の鼻歌さえ奏でそうだ。

 学校までは徒歩で20分ほどだ。
 自転車を使った方が早いのだが、歩いて通っている。

 私立ではあるんだけど、近所の高校に通いたかった。
 祖母が貯めていてくれたおかげで、希望通りの高校に行けている。

 といっても、その理由が今となっては無くなっているのだけれど。
 初志貫徹というわけではない。
 他に目標を見つけることができなかっただけだ。

 何かあった時のために、家から離れた高校は嫌だった。
 ただそれだけの目標だった。

 家から駅まで続く道を南に進み、大きな幹線道路の交差点を渡る。
 そして、一つ目の交差点を西へ。
 雨の日に通学するのに使うバス停がある場所だ。
 普段はこの片側一車線の道路を、歩道に沿って15分ほど歩いている。
 
 今日も朝から陽射しが痛い。
 夏の照り返しが下からも激しい。

 ガードレール側を歩く僕に、
「ゆーとさんは何組なのですか?」
 と、山本さんが質問した。

「僕ですか?C組です」
 僕は無防備に答える。

 すると山本さんは、
「なんでC組なんでしょうか?」
 と、右側から僕を見上げた。

 おっと。
 なんでCなのか?ですね。
 そんなのって……、理由あるのかな?

 山本さんは歩きながら、僕の答えを無邪気に待っている。

 うーん。

「うちの一学年は五クラスあって。僕はちょうど人間的に可もなく不可も無いから、無難に真ん中のCになったのではないですかね?」
 と、僕好みの回答をひねり出して言ってみる。

「ひどいですねっ」
 山本さんの眉間にシワが寄せると、
「わかりませんっ」
 と、右手を握りこぶしにして上下にした。

 ふむ。
 なんだか、ご機嫌が斜めになってしまった。
 なかなか良い回答を見つけたつもりだったんだけど。

「だって、ゆーとさんは、ゆーとさんは……」
 山本さんは真剣な顔つきで続ける。
「ゆーとさんはもっといい人です!だから……」

 だから?

「絶対……」

 絶対?

「絶対、ゆーとさんはA組みなはずです!」
 と、立ち止まって声を張った。
 
 ……ありがとうございます。
 褒めてくれているんだろうけど、朝から道端で大声で、なんだか恥ずかしいぞ。
 それに……、良いとされる組に入るとかで、運を放出したくないし。

「いや、あの山本さん?そのですね」
 言い訳というか説明をしようとすると、
「おはよう」
 と、すぐ後ろから別の声がした。

 声の主はすぐわかったけど、僕は振り向いて、
「ああ、知香。おはよう」
 と、挨拶を返した。

 どんぐり目のショートカットは、今朝も小さな身体に元気いっぱいだ。
 白い半袖のシャツには赤いリボン、グレー系のチェックスカートに白いソックスという制服を身にまとっている。知香のスクールバッグは黒地にグレーのタイプだ。
 クリーム系のベストも制服の一部だが、こう暑いと着る気にならないのだろう。

 知香は笑いながら、
「優人は人間性というか、性格を考えると、D、いやEでもおかしくないけどね」
 なんて、失礼なことを言うと、
「なんだか、朝から賑やかだねっ」
 と、大きく僕の肩叩いた。

「誰と歩いているのかなー」
 知香はちょっと早歩きをして回り込んで山本さんを見ると、
「わっ。可愛い子だね」
 と、すぐに声をあげた。

 山本さんはストレートな物言いに下を向く。

 知香はそんな山本さんを見ると、僕の方を向いて、
「で、誰?」
 と、先ほど同様に真っ直ぐに質問してきた。

 その言葉は僕ではなく、山本さんに収まる。

 山本さんは、立ち止まって正面からにこやかに知香を見た。
「山本ありすと言います」

「山本……ありす……さん?」
「はい。昨日イギリスから久しぶりに帰ってきました。ゆーとさんと一緒の杉善東高校(さんぜんひがしこうこう)の一年生です。よろしくお願いします」
 と、知香に深めにおじぎをした。

「ああ、そうなんだ。わたしは田中知香(たなかちか)っていうの。優人の友だち。っていうか、幼なじみ。宜しくね」
 と、山本さんにウインク一つ。
 快活なスポーツ少女の知香は、こういう仕草が様になる。

 挨拶が済むと、健全な高校生の僕らの足は学校へと進む。

 しかし、山本さんの表情はぽかんとしたままだ。

「おさな……じみ?それは何ですか?」
 山本さんが素直に質問をすると、
「小さい頃からの友だちって意味よ」
 と、知香が答える。

 歩きながらも、二人の会話は続く。

「そうなんですか。良いですね。小さい頃のゆーとさんともお知り合いだなんて、楽しそうです」
「そう?でもこいつって、ひねくれていて、楽しいというよりも、どちらかというと疲れない?」
「そんなことないですよ。とても優しくしてくれます」
「まあ、山本さんがそう言うなら、そういうことにしておくけれど。優人と仲良いんだね?」

 知香は山本さんにそう応えると、にやけた顔で僕を見た。

 おいおい。
 誤解してないか?

 そんな知香に、山本さんが元気に応えた。
「はい!なんたって、ゆーとさんとはおそろいですから!」

「おそろい?」
「はい。一緒です。一緒の家に住んでいるのです!」

 その言葉に僕は吹き出し、知香がむせた。

「なに、なに?どういうこと?」
 知香が動揺しながらも、懲りずに山本さんを覗き込む。

「どういうことと言われましても……」
 逆に山本さんの方が答え方に困っているようだ。

「面白いコだねー。ってことは、意外にも同じような畳の家に住んでいるんだ?」
 と、知香は無理やりな理解をしつつ、平静を装って続ける。
「……それとも、同棲?なんちゃって」

 一緒に住んでいるとか、言うのはまずくないかな?
「あのさ、知香」
 と、僕は横から会話に入ろうとする。

 しかし、同時に発せられた山本さんの、
「同棲ってなんでしょうか?」
 という無垢な言葉を知香は拾った。

「一緒の家に住んでいるっていう意味だけど……?まさかねー?」
 と、知香は笑い飛ばそうとする。
 
 山本さんは知香の思いとは逆に、
「そうです。一緒の家に住んでいるのですー」
 と、応えると、
「昨日も、とっても優しかったのですー」
 と、満面の笑みで手拍子を一つ。
 そして、
「昨日の夜、ゆーとさんと、一緒に寝ましたー」
 と、言葉を加えた。

 さっきより、かなり大きく吹き出す僕。
 うぉいっ!

「優人っ!?」
 山本さんの言葉と同時に、知香はハンドボールで鍛え上げた運動神経抜群な動きを見せる。
 あっと言う間に僕の正面に回り込むと、シャツの胸部分を掴み睨む。
「どういうことっ!?」

 はい。
 だよねー。
 そういう感じになるよねー。

 ……間違っていないけど、間違っているんですよー。






 知香の想像する階段は登るもなにも、僕はまだ見たことないんだってば。
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