scene2 すれ違い?勘違い?

文字数 1,617文字

「ちょっと、ちょっと待ってください?ここに住むって言いました?」

 きっとネットだったら「(汗)」とかが入っている言葉で僕は話しているのだと思う。と実感しつつ、そしてなかなかネットの書き方は大したものだと思いつつ、僕は両手を胸の前で左右に振った。

 と、山本さんが怪訝な顔で胸を押さえ後ろを向いた。
「日本にはそんな挨拶があるのでしたか?」

 ……たぶん、なにか勘違いしている。

「わたしが住む前に儀式で胸を触るとかですか?」

 ……いや、絶対、勘違いしている。

「そういうのは無いです、無いのです。大丈夫です」
 と、僕は慌てて言う。

「…………」
 いただきました、美少女の上目づかい。

「鈴木家的にも日本的にも、そんな慣習はありませんから」
 今度はなるべくゆっくりと諭すように話す。
「鈴木家的にも日本的にも、そんな慣習はありませんから」
 大事なことなので、二回繰り返してみる。

 山本さんはゆっくりとこちらに向きなおる。
 まだ僕の顔をじっと見ている。

 と、思ったら笑顔で、
「良かったですー」
 との返答。

 いやこちらこそ誤解が解けて良かったです。ふぅ。

 そして山本さんは続ける。
「では、わたしは今日からここに住みます」
 ……だから、なんなんだこの会話は。

「ふむ。えっと、確かにそんな話していましたっけ」
 などと返す僕の横を、大きな白いスーツケースを持って玄関の中に入ってきた。

「おじゃましますー」
 とても良い香りとともに、ワンピースの裾がひらり。
 土間でオレンジのスニーカーを脱がずにあがっていくというお約束付きで。

「あ、山本さん?スニーカー脱いでください」

「そうでした!すみませんでした!わたしが悪かったです。ちゃんとわたし脱ぎます!」
 慌てた山本さんの声が跳ね上がる。

 ので、ちょっと近所が気になり、山本さんよりも少し大きな声を出す僕。
「そうですね!!スニーカーを、脱いでください!!海外生活が長くて忘れていたようですね!!」

 ……お約束ってあるんだな。

 座り込んでスニーカーの紐を解く山本さんを見る。
 あれ?
 なんだか結果的に家にあがるのを了承してしまったことに気づく。

 まてまてまて。
「っていうか、住むってOKしていませんよ!?」
 と、僕はあわてて付け足す。

 亡くなった祖母の家は、平屋の三K、昔の写真で見るような古い日本家屋だ。
 南向きの縁側に向かって7.5畳の和室が三つ並んでいる。
 縁側の反対側には廊下を挟んで西から、風呂・トイレ・台所・玄関。
 玄関に近いのが僕の部屋で、真ん中が居間、風呂やトイレに近いのが祖母の部屋(だった)という使い方だ。

 ちなみに和室間には壁がなくふすまの間仕切り。
 もちろんテーブルや椅子なんてない。

 ここで外国育ちが長いと言っていた彼女が暮らせるのだろうか?

 っていうか、待て待て。その想像を待つんだ、僕。
 住むことを前提に物事を考えてないか?
 OKしてないし。
 そう、OKしてないのだ。

 その間に山本さんは靴をすっかり脱いでしまっていたので、とりあえず居間に通すことにした。

「では、山本さんこちらへどうぞ」

 僕もサンダルをそそくさと脱ぎ廊下を案内する。
 開けっ放しにしていた三枚目のふすまの部屋。
 畳の上には真四角のちゃぶ台(っていうかカバー無しこたつ)。

 扇風機の低い音と網戸の向こうから聞こえる遠いセミの声。

 立ったままの山本さんに、座ってもらおうと座布団をすすめる。

 なぜか喜びの顔で抱き枕のように座布団をかかえるので、念のため、
「それの上に座ってくださいね」
 と言うと、
「ああぁっ、THEぶとんですねー」
 とうなずいた。

 ……発音が大英帝国的な箇所があったよね?





 うん、これも多分何か勘違いしている。
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