scene8 強欲な一派による勢力拡大と制圧
文字数 1,592文字
僕はなんとなく気まずい空気を持ち続け、少しだけ後悔をしている。
二人は無言のままだ。
ああいう話は別に今話さなくても良かったのかもしれない。
ただ誤解の上にある好意は非常に厄介だ。
優しいと言われることも、その内容を反論することも、どちらにしても座りの悪い気分になる。
言わずにはいられなかったのも、その時の僕の正しい感情だ。
本当に自分勝手な話だと思う。
それでもこうして二人して冷凍食品なんかを物色してみている。
山本さんはどうなんだろうと見るけど、よくわからない。
冷凍庫の空気がますます二人の間も冷めさせてくようで、少しだけ責任を感じていると、
「ゆーとさんは、普段はお弁当派ですか?」
山本さんの方から会話をふってくれた。
僕は努めて普通に答えようとする。
「授業が始まったらってことですよね?基本的に弁当派です」
よし、大丈夫。
普通の声がでた(はずだ)。
そう、僕は基本的に毎朝弁当を作っている。
学食もあるけど経済的ではないからだ。
明日は始業式だから必要ないけれど。
山本さんは羽織っているシャツを直す。
「じゃあ、冷凍食品って結構使っていたのですか?」
「もちろんです。いろいろ便利ですよ。朝時間が厳しくてもレンジに入れておけばなんとかなりますし。あと電子レンジなど使わなくても、朝弁当に詰めておけば、昼食時に自然解凍でそのまま食べられるタイプのものもありますし」
「へぇ~、そんなものまであるのですか。さすがIT大国ですね」
山本さんは大きくうなずいている。
IT大国ってのとはだいぶ違うと思うのだが……。
こんな会話で、こんな他愛もない会話だからこそ、空気が軟らかくなっていく。
だんだんと距離感が修復されるようで、ほっとする。
と、Tシャツの左袖を引っ張られた。
「ゆーとさん、これからはわたしがお弁当も作って良いですか?」
山本さんは日本に慣れてないから新学期初日のこともわからないのかもしれない。
「いや、明日は始業式だからお弁当はいらないですよ」
山本さんは首を横に振った。
「違いますよー。明日ではないです」
「え?その次の日とかってことですか?」
と、僕は質問する。
今度は縦に首を振る山本さん。
「大丈夫です。明後日のお弁当は僕が作りますよ」
僕もできるだけ優しい笑顔を試みる。
すると、山本さんはもう一度首を横に振る。
「夕食もわたしが作りますし、朝食もお弁当もわたしが作ります。夕食を作る際に朝ごはんとお弁当の事も一緒に考えて作った方が良いと思うので」
「ん?食事は当番制ですよね?」
と言うと、山本さんは、僕の肩を軽くたたき話し始めた。
「何を言っているんですかー?先ほどわたしは「これから頑張ります」って言ったのですよ?」
ふむ。
確かにそう言っていた。
「で、ゆーとさんは「宜しくお願いします」って言ったんですよ?」
ふむ。
確かにそう言った。
「ね?わたしはゆーとさんに夕食当番に任命されたのですっ」
お?
そうなの?
山本さんが両腕を腰に当て胸を張る。
「欲深い夕食当番は勢力拡大を目指し、朝食や昼食の権利までも手に入れたということです。えっへん」
え?え??
「ということで、ゆーとさんの出る幕はないのですー」
得意げな口調と楽し気な表情。
そんな顔をされたら、困ったことに、返す言葉が見つからない。
突拍子のないその理屈よりも、口角が上がりきったその笑顔に押し切られる。
僕に選択肢がなくなる。
有無もなく屈服せざるを得ない。
結果、僕の調理権はすっかり剥奪されてしまったのだった。
こうして、わが鈴木家は、山本軍夕食部隊の侵略によって幸福な降伏がもたされた。
二人は無言のままだ。
ああいう話は別に今話さなくても良かったのかもしれない。
ただ誤解の上にある好意は非常に厄介だ。
優しいと言われることも、その内容を反論することも、どちらにしても座りの悪い気分になる。
言わずにはいられなかったのも、その時の僕の正しい感情だ。
本当に自分勝手な話だと思う。
それでもこうして二人して冷凍食品なんかを物色してみている。
山本さんはどうなんだろうと見るけど、よくわからない。
冷凍庫の空気がますます二人の間も冷めさせてくようで、少しだけ責任を感じていると、
「ゆーとさんは、普段はお弁当派ですか?」
山本さんの方から会話をふってくれた。
僕は努めて普通に答えようとする。
「授業が始まったらってことですよね?基本的に弁当派です」
よし、大丈夫。
普通の声がでた(はずだ)。
そう、僕は基本的に毎朝弁当を作っている。
学食もあるけど経済的ではないからだ。
明日は始業式だから必要ないけれど。
山本さんは羽織っているシャツを直す。
「じゃあ、冷凍食品って結構使っていたのですか?」
「もちろんです。いろいろ便利ですよ。朝時間が厳しくてもレンジに入れておけばなんとかなりますし。あと電子レンジなど使わなくても、朝弁当に詰めておけば、昼食時に自然解凍でそのまま食べられるタイプのものもありますし」
「へぇ~、そんなものまであるのですか。さすがIT大国ですね」
山本さんは大きくうなずいている。
IT大国ってのとはだいぶ違うと思うのだが……。
こんな会話で、こんな他愛もない会話だからこそ、空気が軟らかくなっていく。
だんだんと距離感が修復されるようで、ほっとする。
と、Tシャツの左袖を引っ張られた。
「ゆーとさん、これからはわたしがお弁当も作って良いですか?」
山本さんは日本に慣れてないから新学期初日のこともわからないのかもしれない。
「いや、明日は始業式だからお弁当はいらないですよ」
山本さんは首を横に振った。
「違いますよー。明日ではないです」
「え?その次の日とかってことですか?」
と、僕は質問する。
今度は縦に首を振る山本さん。
「大丈夫です。明後日のお弁当は僕が作りますよ」
僕もできるだけ優しい笑顔を試みる。
すると、山本さんはもう一度首を横に振る。
「夕食もわたしが作りますし、朝食もお弁当もわたしが作ります。夕食を作る際に朝ごはんとお弁当の事も一緒に考えて作った方が良いと思うので」
「ん?食事は当番制ですよね?」
と言うと、山本さんは、僕の肩を軽くたたき話し始めた。
「何を言っているんですかー?先ほどわたしは「これから頑張ります」って言ったのですよ?」
ふむ。
確かにそう言っていた。
「で、ゆーとさんは「宜しくお願いします」って言ったんですよ?」
ふむ。
確かにそう言った。
「ね?わたしはゆーとさんに夕食当番に任命されたのですっ」
お?
そうなの?
山本さんが両腕を腰に当て胸を張る。
「欲深い夕食当番は勢力拡大を目指し、朝食や昼食の権利までも手に入れたということです。えっへん」
え?え??
「ということで、ゆーとさんの出る幕はないのですー」
得意げな口調と楽し気な表情。
そんな顔をされたら、困ったことに、返す言葉が見つからない。
突拍子のないその理屈よりも、口角が上がりきったその笑顔に押し切られる。
僕に選択肢がなくなる。
有無もなく屈服せざるを得ない。
結果、僕の調理権はすっかり剥奪されてしまったのだった。
こうして、わが鈴木家は、山本軍夕食部隊の侵略によって幸福な降伏がもたされた。