scene31 時計仕掛けのオレンジは二回仕掛けのドッキリでドキドキ

文字数 2,249文字

「もしかして……見ました?」
 座り込んでいる山本さんが、下を向きながら僕に語りかけた。
 
「え?」
 僕は間髪入れずに反応し時間を稼ぐ。
 言葉と同時に、脳内でぐるぐると次の対応をまさぐる。
 
 はっきり答えることは難しいし。
 かといって、適切なフレーズも見つけられない。
 
 なので、曖昧にする努力を試みる。
 
「な、何をですか?」
 と、どこにでも転がっているような言葉を口にしてみた。
 
 僕の視界は縁側方面だったり台所方面だったり左右に揺れている。
 きっと目が泳ぐということを実際に行なっている最中なのだろう。
 
 山本さんが少し顔をあげた。
 上目づかいで僕を見る。
 そして……。
「見ました?」
 と、同じ台詞。
 
 その視線は動かないで僕に刺さったままだ。
 
「ううう」
 僕は答えに困りながら意味のない声を出す。
 
 ここが分かれ目だ。
 非常に難しい難問だ。危険が危ない。
 馬から落ちて落馬しないようにしないと。
 
 だから、反応のシミュレーションを頭の中でしてみる。
 
 見た→ひどいですね。
 見なかった→嘘つきですね。
 
 ……うん。
 どっちも良くない。
 どちらの答えにしても正解はなく、しかも大差がない。
 
 だとしたら、僕にとって少しでも得な方を選択すべきだ。
 
 よし。
 更に時間をかけ少しでも良い方向を探ることにしよう。
 
 僕は毅然とした態度で仕切り直し、
「ふむ」 
 とうなずき、あえて少し間を開けて、
「何をです?」
 と、落ち着いた声を出した。
 
 何の事は無い。
 簡単に言うと、再度ごまかしただけだった。
 
 結論を出すにはもう少し情報がほしい。 
 
「……ゆーとさん?」
 山本さんは座りながらも僕ににじりよってきた。
「何を?って……わかっていますよね?」
 
 同じような押し問答。
 相変わらずの上目づかい。
 
 ……何一つ情報が増えない。
 
 むしろ、更新すべきことと言えば、気のせいかもしれないけど、山本さんの顔が険しくなったような?
 
 もしかしたら、一番選んではいけない言葉を使ってしまったということだろうか? 
 夏の汗とは異なる汗が、僕の背中を通った。
 
 なかなか次の言葉が探せない。
 
「ゆぅとさぁん?」
 山本さんから絡みつくような声が出た。
 
 せっかくとった距離なのに、更ににじり寄られてしまう。
  
「な、何ですか?」
 僕はまた少し後ずさりをする。
 
 だって、一度走り出した路線だ。
 そう簡単に方向転換してしまうのもまずい。
 はずだ。
 ……と、思う。
 
 僕は思わず山本さん横の畳に視線を逸らす。
 
「ゆぅとさぁぁん?」
 すすぅっ。
 山本さんが更に寄ってくる。
 じりっ。
 僕はまた後ろへと下がる。
 
「ゆぅとさぁん?」
 すすぅっ。
 また山本さんが寄せてくる。
 じりっ。
 僕も同様に下がる。
 
「ゆぅとさん?」
 すすぅっ。
 じりっ。
 
「ゆぅとさぁん?」
 すすぅっ。
 じりっ。
 
「ゆぅとさぁぁん?」
 すすぅっ。
 じりっ。
 
 あ。 
 ……僕の右手は畳ではなく、とうとう縁側についてしまった。
 
 顔を上げる僕。
 
 おぅっ。 
 思ったよりも山本さんが近くにいた。 
 少ししっとりとした首元に視線がいってしまっている。
 
 僕はあわてて、もう少し上に視線をずらした。
  
 そこには笑顔の山本さん。
 
 ……笑顔?
 
 僕の視線を捉えた山本さんは、
「何をしているのでしょうねー、わたしたちってば」
 と、大きく笑った。
 
 僕もつられて笑ってしまう。
 
 縁側からの風が山本さんの髪を揺らした。
 セミの声が耳に入るようになった。
 
 山本さんが立ち上がった。
 座ったままの僕は、背面の縁側に両手を伸ばしてつき、山本さんを見上げる格好になる。
 
 夏の空気をまとった、山本さんの笑顔は変わらない。

 すると、
「ゆーとさん、見ましたよねー?」
 何一つ変わらない表情で明るい声を出した。
 
 え?
 
 と、山本さんはスカートを自分でたくし上げた。
 
 え?
 え?
 
 とっさに顔を横にする僕。
 しかし、目に入るものはやってくるわけで。
 
 オレンジ色が飛び込んできた。
 
「ショートパンツでしたー」
 
 え?
 
 山本さんの方に目をやるといたずらな笑顔をしている。
 
 動きの止まる僕。
 壁にかかっている時計の秒針の音が一つ大きく聞こえた。
 
 え?
 えー?
 
 山本さんは、スカートを元に戻してしゃがんだ。
 ちょうど僕の視線と同じ高さになる。
 
 戸惑いが終わらない僕に、
「スカートは、部屋着の上に穿いていたのですー」
 と、にっこりと笑った。
 
 ……山本さん。
 
 少し残念なような、ほっとするような。
 
 と思ったら、僕に山本さんが更に近づいてきた。 
 唇を右の耳に寄せる。
 甘い香りが右側から漂ってきた。
 
「……ゆーとさんがお望みなら」
 
 え?
 
 山本さんが耳元でささやく。
 
「お望みであるなら、今度は見られても良いような、可愛い本物を履いておきますよ?」
 
 え?
 
 えーっ?
 
 やーまーもーとーさーぁぁぁんっ!?
 
 
 
 
 
 
 二回で一秒。
 ……それが今の僕の鼓動です。
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