scene33 新たなる発見は夏の風と共に

文字数 2,908文字

 あー、あせった。
 
 縁側で、布団の上で。至近距離。
 
 それはびっくりするってもんでしょう。
 それはそれはどっきりするってもんでしょう。
 
「山本さん、そろそろ」
 と言って、僕は座りなおそうと顔を下にして、手を床につけ上半身を上げる。
 
 上げる。
 ……上げる。
 …………上げる。
 
 起き上がろうとする僕を、山本さんが手を伸ばして阻止をしている。
 
「山本さん、起き上がれないのですが?」
 
 左側を見ると山本さんが笑って手をひっこめた。
 そして、更に表情をくずす。
 
「えへへー」
 
 なので、体制はそのまま、山本さんとは逆の方向へと向きを変えた。
 
「なんでそっち向くんですかー」
 
 山本さんが少し不満げな声を出しているが仕方ない。
 僕には僕の事情ってものがあるのだ。
 
「ゆーとさーん」
 山本さんが背中から声をかけてきた。
「もー。ゆーとさんってばー」
 
 ふぅ。
 僕は気づかれないようゆっくりと深呼吸をして息を整える。
 
「寝ちゃったんですかー?」
 山本さんの手が僕の肩に再び触れ、ゆさゆさと揺すった。
 
「起きてますよ。山本さん」
 僕は少しだけ眠そうな声を作り応えた。
 
「そうですか。あまりに気持ちいから寝ちゃったのかと思いました」
 山本さんの手が僕から離れた。
「こっちの向いてくれないんですか?」
 
 はい、それじゃ、と向き直せるような距離ではないですよね?
 
「いや、その」
 なんてごまかしていると風鈴がチリンと鳴った。
 
「風鈴の音は風の音なのですね」
 山本さんが静かな声で音色に柔らかな風味を付ける。
 
 僕らはもう一度その音を拾おうと静かに待つ。
 
 それほど時間を空けずもう一度涼しげな音がした。
 
「いい音ですね。わたし好きです、この音」
 穏やかな声がかぶさる。
 
「はい。九月なのに、まだ夏が残ってますが」
 僕も穏やかに返す。
「風鈴の音は涼しく感じさせてくれます」
 
「不思議ですねえ」
 山本さんも同意する。
 
 と、また風鈴が鳴った。
 
 いつも風に几帳面に反応しているのだろう。
 僕らが気に留めない時だって、いつだって。
 気にしなくたって物事は動いていくし進んでいくのだ。
 
 暑さが染みる縁側で。
 ふかふかの布団の上で。
 二人にゆっくりとした同じ時間が流れいていく。
 
 少し強い風が木々の枝を揺らす。
 風鈴が遅れて鳴る。
 
 僕は何も考えず話し始める。
「夏がなんだか嫌いになれないんですよね」
 
「そうなんですか?」
 山本さんが不思議そうな声を出す。
  
「湿気も気温も高くて、陽射しが凶暴で、台風まで呼び込んで、あまり褒められた季節ではないと思うのですが」
「まあ、でも夏も悪いことばかりでは、ないのかと……」
 
「ふむ……。僕自身は夏のレジャーが好きなわけでもないのですが、でもまあ、嫌いにはなれないんですよ」
「そうなんですねー。何か理由があるんですか?」
 
 この話とて、何かしら伝えたいことがあって始めたわけでもなく。
 口から出てしまった言葉に継ぎ足しているだけなのだが。
 
 なぜ夏が嫌いになれなのか?
 特に理由が思いつかないな。
 うーん。
 
「なぜでしょう?夏生まれだからですかね?」
 どうでも良いような事を更に加える。
 
 うーん。
 生まれた季節は好きな理由ではない気もする。
 僕は誕生日とかクリスマスとか、そういうお祝い的な浮かれた空気が付きまとうものが好きになれない。
 だから、その事が理由で夏を嫌いになれないとは程遠いとは思うのだが、つい口から出てしまった。
 
「そうなのですか?」
 山本さんの声のトーンが跳ね上がった。
「私もです!夏生まれなのです!」
 
 山本さんは顔中に満面の笑みを浮かべている。
 そんな勢いでこられたら底から顔を出してきた僕の思いは吹き飛んでしまう。
 
 単純に言い換えると、なんだか僕まで嬉しくなってきた。 
「夏生まれなんですね。そんな感じがします」
 
「えへへー」
 山本さんは、いたずらっ子のような表情を浮かべる。
「私の方がお姉さんかもしれないですね」
 
「そうですか?」
「はいっ。なんか守ってあげたくなるとことありますし」
 
 はい?
 僕を、ですか?
 僕を、守ってくれるんですか?
「ええ?そんな感じに見えてます?」
 怖いと言って夜中に部屋に来たりするのに、どのように見えているんだろう?
 
「なんとなくの、女性の勘ってやつで」
 と、人差し指を頬にあて舌を横から出す。
 
 くぅっ。
 ず、ずるい。
 何に対してか分からないけどが、公平ではない。
 
 何に対してか分からないけど、負けないようにせねば。
「女性の勘ってそんなところで発揮されるものなのですか?」
 と、僕は普通の声を出す。
 
 まあ、普通の声を意識して出すっていう時点で負けなのかもしれないけど。
 ……っていうか、負けって何にだ?
 
 そんな内面の葛藤に気づいてないのか、山本さんは。 
「はい。どこでも発揮されますし、結構な活躍もしますよー」
 と、笑って続けた。
「それで、ゆーとさんの誕生日はいつなんですか?」
 
「7月8日です」
 
「うううっ」
 山本さんが何やら珍しい声を出し、
「うううぅっ」
 と、繰り返して顔を両手で覆った。
 
「どうしたんですか?」
「負けてしまいました」
 
「負け?ですか?」
「はい、私の方が遅かったです」
 
 僕より後というのがそんなにショックなのかな……。
 
「誕生日に勝ち負けとかはないと思いますけど。山本さんの誕生日はいつなんですか?」
「8月9日です」
 
「ふむ。一か月くらいの差なんですね」
「はい。私の女性の勘はダメダメでした」
 
 ああ、結構自信満々だったし。
 そっちですか。
 
「まあ、こんな事に運を使ってしまうよりいいんじゃないですか?」
「ゆーとさんお得意のやつですね」
 と、山本さんがくすっと笑った。
 
 横になっての距離のせいか会話も近くなっている気がする。
 
「得意っていうか……その……」
 僕はいきなり核心に触れられそうになって言葉を探す。
 
 見ると山本さんは真面目な顔になっている。
「でも、ゆーとさんの言うとおりに思うようにします」
 
「え?そうなんですか?」
「はい」
 
 山本さんは、自分の言葉を拾って続けた。
「だって」
 
「だって?」
 
「ゆーとさんは」
 
「僕は?」
 
「おにぃちゃんですから」
 
 ……。
 
 おーっ?
 おーおぅ?。
 
 そういう志向はなかったのだけど。
 なかったはずだけど。 
 
 ……ふと垣間見てしまったような?
 
 お、おにぃちゃん?
 
 ちょっとこれはこれでまずいけど。
 いや、安心なのか?
 
 ん?
 ひょっとして。
 
 
 
 
 
 
 山本さん、さっきの家族になりたいってこっちの意味でした?
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