scene6 僕はパクチーが苦手だ
文字数 2,106文字
「♪〜♫〜」
ファミリーレストランを過ぎたあたりで、隣からちょっと調子の外れた鼻歌がした。
見ると、少し大きめに手を振って歩いている山本さんしかいない。
……ふむ。
鼻歌は多少苦手な方面なのかもしれない。
歩く先の信号が、ちょうど青に変わった。
「ああ、また信号が青ですね……」
と、ため息をつくと、
「ゆーとさん?信号が青の方が良いじゃないですか?」
山本さんが不思議そうに僕を見た。
「そうですかね……」
「ずっと青信号だったら、ずっとどこまでも行けますよー?」
などど、くすっと笑う。
「まあ、そうなんですけどね。普段から青信号運を使っちゃうといざという時に赤になりそうで……」
「ゆーとさんは面白いこと考えますねー」
前に向き直る山本さんに紅い色がからみつく。
ブラウンの髪がきらきらふわふわと揺れている。
自動ドアが開きスーパーに入る。クーラーの冷気に包まれる。
火照った身体が心地よく冷やされる。
入り口の買い物かごを右手で取り、山本さんにたずねる。
「今晩の晩ご飯は何にしましょうかね?」
「どうしましょう?ゆーとさん苦手なものはありますか?わたしが夕食作りますよ」
「いやいや僕が作りますよ」
「いやいや、わたしが」
「いやいや、僕が」
なんて続けていると、
「いいんです。わたしが作ります。作らせてください!」
と、山本さんが少し声を張った。
二人の掛け合いが一瞬ストップした。
と思ったらすぐ、僕の左耳に山本さんが寄ってきて、
「こう見えてもわたし料理得意なんですよ」
口に手を被せてささやいた。
おーぅっ!
左耳から全身に電気が走りました。はい。
「それって、何で小声なんですかっ?」
走った電気がなかなか放電されないので、ごまかしながら聞く。
「だって……もし……もし、失敗したら恥ずかしいじゃないですか……」
と、また左耳への攻撃。
続けざまに、
「だから……期待しないでおいてくださいね」
と、ささやき三連チャン。
おーぅっ!
人間って……何アンペア?何ボルト?まで耐えれらるの?
なので、ちょっと放電のために距離を置くため、カリフラワーに近づいて手に取り、
「いやいや、お客さまにそれはちょっと。僕が作りますって」
なんて、僕はしっかりとした口調を意識して話す。
「ゆーとさん?わたしはお客さまではないですよ?一緒に住むんですからっ」
山本さんは眉間にしわを寄せた。
「今日からお世話になるので、料理くらいはわたしにさせてください」
と、頬を膨らます。
「僕の家なのでそういう訳には。僕がしますって」
と半ば強引に話を引き取ると、
「そうですか……。ゆーとさんのお家ですもんね……。ちょっと、わたし図々しかったですかね……」
今度は残念そうな顔になる。
「一緒に住まわせていただくので、ゆーたさんだけの家ではないと思ってしまっていました……」
「あ、いや、え?」
一気にクーラー以上にひんやりとした気分に襲われる。
今まであった暖かくてくすぐったい空気がどこかにいってしまった。
「いや、その、そういうことではなく、あの」
山本さんは僕の方へ歩み寄り、積まれたカリフラワーを不安そうな表情で見ている。
ころころと変わる顔つきは魅力的で、それがマイナスな感情だったとしても見とれてしまうけど。
そうなんだけど、そうなんだけど、そうじゃなくて。
そうなんだけど、そうなんだけど、そんな顔はして欲しくなくて。
だから僕は声を出す。
「僕は……、パクチーが苦手なんです」
山本さんの視線がカリフラワーから僕に移る。
不思議そうな顔をして僕を見つめている。
「そうですね……、一緒に住むのだから……、今夜の夕食当番は山本さんにお願いします」
と、極めて冷静に、真摯に、そして何より照れ隠しがわからないように話した。
山本さんは、まばたき一つ。
そして、笑った。
笑ってくれた。
「はいっ。これから頑張ります」
こういう表情を破顔というのだろうか。
僕は落ち着きを装いながら受け止め
「それでは、よろしくお願いします」
と、軽く頭を下げる。
山本さんは握りこぶしを作り、
「ゆーとさんの嫌いなパクチーは何があっても絶対に使いませんからっ」
と、僕を見た。
山本さんは真っすぐに僕を見ている。
そして、ゆっくりと深くうなずいた。
「この先、ずっと、ずぅーっと覚えています。ずっと、ずぅーっと何があってもパクチーは使いません」
胸の前でお祈りのように両手を組んで何度かうなずき、言葉を続ける。
「パクチーにはなんの恨みもないですけど、わたしも苦手になりますねっ」
周りにもふわっと花を咲かせたかと思うと、
「おそろいです」
と、山本さんが笑顔になった。
神さま、お天道さま、不安になります。
と、僕は語りかけてしまう。
……パクチーが苦手なだけで、こんなに好い目に合って良いのでしょうか。
ファミリーレストランを過ぎたあたりで、隣からちょっと調子の外れた鼻歌がした。
見ると、少し大きめに手を振って歩いている山本さんしかいない。
……ふむ。
鼻歌は多少苦手な方面なのかもしれない。
歩く先の信号が、ちょうど青に変わった。
「ああ、また信号が青ですね……」
と、ため息をつくと、
「ゆーとさん?信号が青の方が良いじゃないですか?」
山本さんが不思議そうに僕を見た。
「そうですかね……」
「ずっと青信号だったら、ずっとどこまでも行けますよー?」
などど、くすっと笑う。
「まあ、そうなんですけどね。普段から青信号運を使っちゃうといざという時に赤になりそうで……」
「ゆーとさんは面白いこと考えますねー」
前に向き直る山本さんに紅い色がからみつく。
ブラウンの髪がきらきらふわふわと揺れている。
自動ドアが開きスーパーに入る。クーラーの冷気に包まれる。
火照った身体が心地よく冷やされる。
入り口の買い物かごを右手で取り、山本さんにたずねる。
「今晩の晩ご飯は何にしましょうかね?」
「どうしましょう?ゆーとさん苦手なものはありますか?わたしが夕食作りますよ」
「いやいや僕が作りますよ」
「いやいや、わたしが」
「いやいや、僕が」
なんて続けていると、
「いいんです。わたしが作ります。作らせてください!」
と、山本さんが少し声を張った。
二人の掛け合いが一瞬ストップした。
と思ったらすぐ、僕の左耳に山本さんが寄ってきて、
「こう見えてもわたし料理得意なんですよ」
口に手を被せてささやいた。
おーぅっ!
左耳から全身に電気が走りました。はい。
「それって、何で小声なんですかっ?」
走った電気がなかなか放電されないので、ごまかしながら聞く。
「だって……もし……もし、失敗したら恥ずかしいじゃないですか……」
と、また左耳への攻撃。
続けざまに、
「だから……期待しないでおいてくださいね」
と、ささやき三連チャン。
おーぅっ!
人間って……何アンペア?何ボルト?まで耐えれらるの?
なので、ちょっと放電のために距離を置くため、カリフラワーに近づいて手に取り、
「いやいや、お客さまにそれはちょっと。僕が作りますって」
なんて、僕はしっかりとした口調を意識して話す。
「ゆーとさん?わたしはお客さまではないですよ?一緒に住むんですからっ」
山本さんは眉間にしわを寄せた。
「今日からお世話になるので、料理くらいはわたしにさせてください」
と、頬を膨らます。
「僕の家なのでそういう訳には。僕がしますって」
と半ば強引に話を引き取ると、
「そうですか……。ゆーとさんのお家ですもんね……。ちょっと、わたし図々しかったですかね……」
今度は残念そうな顔になる。
「一緒に住まわせていただくので、ゆーたさんだけの家ではないと思ってしまっていました……」
「あ、いや、え?」
一気にクーラー以上にひんやりとした気分に襲われる。
今まであった暖かくてくすぐったい空気がどこかにいってしまった。
「いや、その、そういうことではなく、あの」
山本さんは僕の方へ歩み寄り、積まれたカリフラワーを不安そうな表情で見ている。
ころころと変わる顔つきは魅力的で、それがマイナスな感情だったとしても見とれてしまうけど。
そうなんだけど、そうなんだけど、そうじゃなくて。
そうなんだけど、そうなんだけど、そんな顔はして欲しくなくて。
だから僕は声を出す。
「僕は……、パクチーが苦手なんです」
山本さんの視線がカリフラワーから僕に移る。
不思議そうな顔をして僕を見つめている。
「そうですね……、一緒に住むのだから……、今夜の夕食当番は山本さんにお願いします」
と、極めて冷静に、真摯に、そして何より照れ隠しがわからないように話した。
山本さんは、まばたき一つ。
そして、笑った。
笑ってくれた。
「はいっ。これから頑張ります」
こういう表情を破顔というのだろうか。
僕は落ち着きを装いながら受け止め
「それでは、よろしくお願いします」
と、軽く頭を下げる。
山本さんは握りこぶしを作り、
「ゆーとさんの嫌いなパクチーは何があっても絶対に使いませんからっ」
と、僕を見た。
山本さんは真っすぐに僕を見ている。
そして、ゆっくりと深くうなずいた。
「この先、ずっと、ずぅーっと覚えています。ずっと、ずぅーっと何があってもパクチーは使いません」
胸の前でお祈りのように両手を組んで何度かうなずき、言葉を続ける。
「パクチーにはなんの恨みもないですけど、わたしも苦手になりますねっ」
周りにもふわっと花を咲かせたかと思うと、
「おそろいです」
と、山本さんが笑顔になった。
神さま、お天道さま、不安になります。
と、僕は語りかけてしまう。
……パクチーが苦手なだけで、こんなに好い目に合って良いのでしょうか。