第十九話 敵を知り、己を知れば百戦危うからず

文字数 1,916文字

うー。ショックでしばらく立ち直れそうにない……。

姫様、どうぞお気を確かに。
ゴブリンの件ですが、もし従わない場合はどういたしましょう?
従わない場合ねえ……そりゃ、実力行使しかないっしょ。
実力行使と言っても、単に正面から突っ込むのはあまりにも愚策。
先日も一件からも、それは身をもってお分かりかと。
むー。悔しいけど、一理あるわね……。
ってか、そういうあんたは何かいい考えがあるわけ、ベリアル?
フム、そうですな……。
まず、基本的な戦略についてレクチャーいたしましょう。
基本的な戦略……?
集団戦闘において重要なものは何か、お分かりですかな?
そりゃもちろん人数でしょ。
人数が多い方が強いし、強い方が勝つに決まってるじゃない。
ふむふむ、他には?
他は……うーん、武器とか?
剣を持ってれば素手より有利だし。
なるほど、なるほど。次。
次って言われても…そうだ、根性!
負けだと思った時が負け、諦めたらそこで試合終了って何かで言ってたし!!

……フム。
甘ぁーーーーい!
わ。ビックリした。
何よ、急に大声出して。
失敬。しかし、考えが甘すぎますな、お嬢。
頭の中まで砂糖菓子で出来ていると思われても仕方ありませぬ。
精神論で勝てるほど、闘いというものは甘くはありませぬぞ。
ぶぅー。じゃあ、何なのよ?
重要な要素はいくつかありますが、その中で今回役に立ちそうなのは――情報ですな。
情報?
左様。規模、布陣、方向、士気、装備、編成、補給、支援体制……その他ありとあらゆる情報ですな。
うーん、そんなの知ったところで戦うのに本当に役に立つのかなあ。
そこが甘いと言っているのです。
お嬢は先ほど「数が多いほうが勝つ」と仰っていましたが、情報を利用することで少数が多数を打ち破った例は枚挙にいとまがありませぬ。
情報があれば敵を撹乱し陥れることも、そもそも戦いそのものを回避することも可能。これを利用しない手はありませぬ。
へえー。
ピンときていないようですが、情報戦は日常生活の場面でも行われていることですぞ。
え、そうなの?
例えば女子同士での「また太っちゃったぁ」とか、あるいは試験前に「全然寝てねーわー」というのは、周りを油断させたり心理的なプレッシャーを与えるための高度な情報戦と言えましょう。
あ、そういえばアシュタロトがケーキ食べすぎて太ったって言ってたけど……。
!?
それは本当のことですな。
我の把握している情報によれば、以前の体重は……。
ちょ、ちょっと、ベリアル!
私の体重なんて何で知ってるのよ……!?
アシュタロトに言うこと聞かせたい時は、体重の話を出せばいい、と……。メモしとこ。
情報って便利なのねぇ。
姫様ぁ……(泣
ただ、相手の情報を得ることだけにやっきになってはいけません。
相手だけではなく自分のことを知ることもまた同じように重要。
自分のことを知る……。
左様。敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言いますしな。
ヴィンドルフに負けたのは、あいつの強さと自分の強さを把握しないで、無闇に突っ込んだから……ってわけね。
さすが、お嬢。
彼我の情報を的確に分析して把握すること、それが勝利への第一歩ですぞ。
でもさ、情報が大切ってのは分かったけど、ゴブリンの情報を手に入れるのって、どうしたらいいんだろ。
ねぐらに近づいて探るにも、相手に見つかっちゃうかもしれないし。
その点については、我に案がございます。
へえ。どんなの?
仰るとおり、お嬢がフラフラうろついていても、すぐに見つかってしまうことでしょう。
しかし、目立たずに諜報活動をするのにうってつけな人材がいるかと。お嬢のすぐそばに。
あ、そうか!
あんた達が潜入して探ってくる、ってわけね!
我らのサイズなら、奴らのねぐらに潜り込むことも、それほど難しくはないでしょうな。
でも、二人とも送り出すってわけにはいかないわよね……。
アシュタロトが適任かと。
!?
ベリアル、あなた何を……!
ひ、姫様!
やはりこういう時はベリアルのように慣れている者を……。
わわわ、私なんて何の役にも立ちませんし、その……。
戦場では、リーダーを補佐し、いざという時に冷静沈着な判断を行える軍師的な存在が必要です。
我こそが、その役にふさわしいかと。
うーん、迷うわね……。
ああ、ちなみにお嬢のイチゴ。
アシュタロトが隠れて食べているのを何度か見かけましたな。
……!!
へー。そう。ふーん。
ち、違うんです姫様!
ベリアル、あなたがイチゴに含まれる成分がお肌にいいって……。
何を言っている、アシュタロトよ。
お嬢が大事にしているイチゴを食べろとまでは言っておらぬぞ。
アシュタロト、行ってきて。
よ・ろ・し・く・ね!
ベリアル……恨むわよ……。
情報を適切に利用するものが勝つ、と。当然の帰結と言えよう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

エルスリーゼ
魔王の娘。世間知らずでわがまま放題。

アシュタロト
エルスリーゼの教育係。由緒ある大悪魔だが、姫のおてんばっぷりに手を焼いている。

ベリアル
エルスリーゼの教育係。教育面はアシュタロトに任せて日向ぼっこをしていることが多い。

エチゴヤン

本名は越後屋六右衛門スケヤス。魔界と人間界を行き来して商売をしている。

おじいさん

一行が最初に訪れた村で農業を営んでいる。

魔王

エルスリーゼの父。

ヴィンドルフ

盗賊団『暁ノ狼』の頭領。

クラウス

勇者を目指している少年。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色