12

文字数 1,382文字

 *

 授業が全て終わって終礼が済んだと同時に、俺は自分の鞄を掴んで一目散に走り出した。人にぶつかる等の周囲の危険にはきちんと気を付けながらも、全力で。校門を出て、家のある方向とは逆の道を辿っていった。辰哉の記憶によると、人の足だと大分時間はかかるが、こっちの方角には割と広めな河原がある。発声や劇の練習をしている人もちょくちょくいることで有名なので、声を出すには都合の良い場所だと思った。
 普段こんなに全力で長く走ることがないので、喉の奥の方が痛い。それでも可能な限り速度を緩めずに走った。走っている間ずっと、昼休みに彼女から言われた言葉が頭の中を乱反射していた。
 ――畜生、こんなことって。
 河原に着くと、そこではほとんど人の姿は見受けられなかった。それでもできるだけ人から距離を取れそうな場所に移動し、鞄を放り投げて切れ切れの息を整える。どれだけ息を吸って吐いても苦しかった。なんとか声を出せそうな呼吸にまで落ち着かせ、すぅ、と息を吸った。
「そこで見ていらっしゃるんでしょう。これは一体どういうことですか、お父様ッ!!
 俺がこちらへ飛ばされる直前、彼は「私はここから様子を見させてもらうよ」と言っていた。だから、こちらの様子は全て見えているはずなのだ。それを逆手に取って俺は空に向かって叫んだ。流石に、こんな事実を俺が分かったとなったら、無視するわけにはいかないはずだ。
「――タツヤ様」
 少しの間が空いてから、不意にそう呼ぶ静かな声が背後から聞こえてきた。数日前まで、日常的に聞いていた声だ。振り向くと案の定、そこには使用人の一人、オハラが軽く頭を下げて立っていた。
「オハラ、お前がどうしてここに」
「この試験の期間中にタツヤ様に何かがあった場合、まず私が人間界に姿を現す決まりとなっておりまして。今回はタツヤ様が旦那様に何かご要望があるようでしたので、ひとまずは私が様子を見に来たというわけでございます」
「俺はとにかくお父様に確認したいことがあるんだけど、どうにかして話せないのか」
「かしこまりました。ただいまお繋ぎしますのでお待ち下さい」
 そう言うなり、オハラは自身の右手をスッと空中に翳した。そして手のひらに「気」を集め、小さいテレビ程の大きさのスクリーンを作り出す。微かに音がして画面が歪んだと思ったら、そこにお父様の顔が映し出された。
『何だね、タツヤ。急に呼び出したりして。本来は試験期間中にこちらと何かしらの通信を行うのはルール違反なのだが……』
「とぼけないで下さい。ルール違反だろうが実際にこうして応えているのは、俺が言いたいことを分かっているからでしょう。どういうことなんですか。この試験、全くフェアでも何でもないじゃないですか!!
『……ほう、どうしてだ?』
 彼の反応に思わず、眉間に入る力が強くなった。どこまでもとぼけ通す気か、これじゃあ本当に手のひらの上だ。今目の前にいるオハラも、このことを一体どこまで知っていたのか。怒りなのか悔しさなのかよく分からない気持ちがただただ込み上げてくる。その気持ちを吐き出すようにして俺は言った。
「彼女の、神崎玲の両親を死へ導いた死神は、お父様ですよね。あなたじゃなきゃ、あんな予言なんてできるはずがありませんよね。もう一度問います。どういうことなんですか」
 画面上の彼の目が、少し細められたのが見えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み