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文字数 1,852文字

 しかし思考に反して直後に聞こえたのは、薄く吐かれた溜息だった。
「……その質問に答えたら、あなたは私を本当に殺してくれる?」
 そして、直後に呟くような弱さで、彼女はそう言った。突然の弱さに面食らったものの、毅然とした態度を崩さないようにして口を開く。
「今から話してくれると信じて、お前が自分のことを話してくれるのだから、その対価として俺もこちらの事情を伝えておこう。
 お前が殺されたいのと同様に、俺だってお前のことは殺したい。でも、どうしてそこまでして殺されたいのかが分からないから殺せない。だから今、こうして訊いてる。死神っても、むやみやたらに人間を殺せるわけじゃねぇんだ。俺がお前を殺す、明確な理由がそこになければならない」
 何らかの理由で死神の存在は知っていても、どうやらそこから先の詳しいことは知らなかったようだ。返事を聞いて今度は少し目を見開いた彼女が、観念したかのように息を吐いた。
「…………本当は、自分のことなんて話したくないのだけど。でも、話してあなたが私を殺してくれる理由を見つけてくれるなら、話すわ」
「あぁ、頼む」
「私ね、自分のこと嫌いなの。だから、殺したの」
「……はっ?」
 彼女は端的に纏めた言葉で言ったつもりなのだろうが、それにしたってわけが分からないので「は?」という反応くらいしかできなかった。殺されたがっている人間が、殺した? 既に、自分を? 思考の纏まらない脳内で必死に言葉を探し、選ぶ。
「ちょっと待て、どういうことだ。『自分』を既に殺しておいて、それでも尚俺に殺されたいその理由は何なんだ? ……お前は一体、何を望んで、」
 俺がそう続けると、彼女は自嘲的な笑みを微かに浮かべて被せるように口を開いた。
「さっきの質問、一つ目と二つ目は一緒に答えるわ。最初にイエスノー質問の二つ目から答えた方が早そうね。答えはイエスよ。私が自分のことを表に出さないことと殺されたい理由は関係している」
「……じゃあ、それは、どうして」
「私が私でいたら、どうしたってあの空間の中では浮いてしまうのよ。どうやっても私は『普通』にはなれない」
 彼女の表情こそ笑ってはいるが、その目はどこも見ていない。教室で見ていた彼女の面影は、目の前の人物のどこにも見当たらなかった。
「あの中で生きていくには、いちいち騒いだり取り乱したりせず、本気したり期待したりせず、上辺で接していくしか方法が見当たらなかった。私の本音は絶対、この人たちに言ってはいけないと分かった。だけど長時間にわたって本音を隠すのは凄く疲れるから、どうしたらいいんだろうって考えた結果、私は私を殺すことにした。いっそのこと息の根を止めてしまう方が、自分を好きになるよりずっとずっと楽だったもの。そうしたら学校生活も楽になると思ってた。でも、実際になってみたら、そこには何もなかったの」
「『何もなかった』?」
「そう、何もなかった。傷付くことも悲しいこともなければ、嬉しいと思うことも楽しいと思うこともない。何も変わらなかった。ただ私自身が死んだだけ、それだけの話だった。……それが分かって、もう生きている意味もないと思った」
 こちらに吹いてくる風が妙に冷たいと思うのは、恐らく風自身が纏っている温度のせいだけではないだろう。生きながらにして死んで、そこからさらに絶望する。それを考えて思わずゾッとした。それで教室では何ともないふりをしていたことが、未だに信じられなかった。
「……だけど、待て」
 彼女に対する得体の知れなさにどこか恐怖を抱きながらも、やはり引っかかるところがあった俺は、恐る恐る言葉を発する。
「一つ、訊きたいことがある。人間って、死にたいと思ったら大抵は自殺を手段として選ぶんじゃないのか? それをどうしてお前は、死神に殺されることを選択した?」
「……あぁ。それが三つ目の答えよ。お察しの通り、私が死神と接触するのはこれが初めてじゃない」
「じゃあ、お前は過去に、死神から殺されるのに失敗したと……」
「いいえ、それは違うわ」
「……えっ?」
「私が殺される対象になったのは、これが初めてよ」
 そんな馬鹿な。そう思った俺は、何も考えることなく思考をそのまま声にする。
「じゃ、じゃあ何でお前は、あの時既に死神の存在を知ってたんだよ。普通は対象になって初めて、人間は死神の存在を知覚するはずなんだよ。それなのに、どうしてそれ以前に知ることがある?」
「あぁ、それは――」
 その後に告げられた彼女の過去を聞いて、俺は衝撃の事実を知ることになる。
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