03

文字数 1,266文字

『では、簡単に設定だけ話しておこう。お前の人間界での名は「安積(あさか)辰哉(たつや)」、ごくごく普通の中学生だ。特にこれといって突出した部分もない。どのくらい普通なのかといった程度や普段の生活は、あっちに行った時に自然と理解できるようにはなっているから、その辺は心配しなくていい』
 言ってしまうが、俺はこの世界では割とエリートな方だった。だから、今から「ごくごく普通」の人になるのがどこか怖いと思いつつも、頷くしかなかった。
『そして今回のターゲットはこの人、神崎(かんざき)(れい)。「辰哉」のクラスメートだ』
 彼が差し出した写真に映っていたのは、一人の黒髪の少女だった。見せながら彼は、言った。
『近くで彼女を観察し、殺すべきか否か、判断してこい』
 え?
 そんな疑問符が浮かぶと同時に、反射的に顔が上がった。そのまま口を開く。
『お父様、ターゲットを殺すのが試験内容では? 「判断」とはどういうことですか』
『あぁ、勿論殺すことが試験内容だ。しかし、今ここで「判断」と言った意味はその時になれば分かるはずだ』
 彼はまたも笑った。しかも今度は意味深に。俺は彼の発言の意味も意図もさっぱり分からず、首を捻ることしかできなかった。「判断しろ」だと? 最終的には殺すのに、何故そんなことをする必要があるのだ? そんな俺の様子を彼が未だに笑って見ていたことに気付いたので、俺は眉を(ひそ)めて軽く睨む。すると彼は肩を小さく竦めたが、それが絶対わざとなのはもう分かり切っていることだった。
『それでは、行ってこい。私はここから様子を見させてもらうよ』
 そう言いながら父が傍らの杖を手に取り、降り下ろす。その直後、俺は辺り一面の闇に包まれた。

 気が付いた時には、頭の中で何かが反響している感覚がしていた。とにかく、頭が痛い感じだ。そう感じた刹那、瞼の裏側に光が差し込んできた。それが眩しくて目を開く。
 目を開けた俺がいたのは、ある程度必要なものしかなさそうな、単調な雰囲気の部屋だった。閉じ切っていないカーテンの向こうには、いくつも建ち並んでいる家々が見えた。そこで「あぁ、そっか」と思った。人間界に送られたんだっけ、俺。他人事のようにそう呟いた。
 その時、部屋のドアの方からコンコン、という音がした。
「辰哉! もう起きないと遅刻するわよ!」
 そして、女の人の声がドア越しに聞こえた。あれは辰哉の母親だ。事前に教えてもらっていなくとも、脳内に「そういう認識」が存在していた。なるほど、行ったら分かるというのはそういうことか。
「もう起きてるー」
 取り敢えず今は、脳内の認識の直感通りに演じておくのが無難だろう。詳細な状況把握はもう少し落ち着いてからだ。今は朝。そして、これから起きるイベントは学校。しかも、あまりゆっくりしている暇はなさそうだ。そんな状況で情報整理などできるはずがない。
 クローゼットの制服を取り出して着替え、教科書や筆箱等が入っている鞄を確認する。部屋での作業が一通り済んだ後、洗面所に向かって目の前の鏡を見た。
 そこには「俺」ではない、「安積辰哉」の姿をした自分が映っていた。
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