10

文字数 1,456文字

「……理科係のふりして一体何の呼び出しだ、神崎玲」
 案の定、彼女は職員室のある方向とは真逆の、上り階段へ足を運んでゆく。わざわざ屋上まで行く前にまず目的だけ確認したかった俺は、上っていた階段の途中で彼女の腕を引っ張りながら声を潜めてそう言った。すると彼女は大人しく足を止め、振り返りながら返答する。
「あぁ、因みに場所は教室だったから安心して。五時間目が始まる前にさらっと黒板に書いておけばいいし」
「その『安心して』というのは、お前が今からしようとしていることと関係があるということか」
「えぇ、その通りよ。あなたがあんまりにも難しい顔してるから、残りの昼休みで話でも聞いてあげようかと思って」
「あぁ、そう……お気遣いどうも」
 敵に塩を送られた気分になり、思わず顔を顰めてしまった。いや、そもそも人を殺すのが目的な俺に協力的な時点で敵ではないのではないか? とは思ったものの、特に味方なわけでもない。
 ……いや、そんなことを考えている場合ではなかった。今はどうでもいい。それよりも。
「じゃあ、その気遣いに甘えさせてもらって、いくつか聞かせてもらおうか。ただその前に、本当に人気が少ない場所に移動したい。生憎、そんな場所が『辰哉』の記憶には見当たらないんだが、お前はどこか知ってるか」
「そうね……」
 彼女は考えながら、人差し指の先を自身の唇に当てる。その姿と今の「本性」が妙に釣り合わない感じがし、見てはいけなかったものを見てしまった気がした。思わず、少し目線を逸らした。
「あぁ、体育館の奥の方にあるビオトープの方だったら、誰も来ないんじゃないかしら?」
「分かった。じゃあ、そこまで連れて行ってくれないか」
「了解、後ろついてきて」
 すぐに「普段」の雰囲気に戻って俺からの頼みを聞き入れるとすぐに階段を降り始めたので、今の感覚は気のせいだったのかもしれない、と一瞬だけ思った。しかしそれが気のせいではないということに、俺はこの後すぐ気付くことになる。
 敢えて既にできるだけ人気の少ないルートを選んで彼女は俺の少し先を歩いていたが、その後ろ姿が何故だか、触れたら即座に壊れてしまいそうに見えたのだ。それはまるでシャボン玉の如く。こうして声をかけてきたのは彼女のただの気紛れだと思っていたが、実際はそうでもなかったのか? 彼女の中に何か、理由があってのことか?
 そうこうしているうちに校舎の外側へ出て、体育館の裏側を通ってビオトープへ繋がる通路へ辿り着いた。ビオトープの中まで行かずとも人気は変わらなそうなので、この通路で止まることにした。
「……いいわよ。さて、何を訊きたいの。死神さん」
 彼女の足がピタリと止まり、振り返りながらそう言った。その時には、先程の儚さのようなものはいつの間にか影を潜めていて、そこには俺の前ではいつも通りの神崎玲の姿しかなかった。揺らぐ彼女の姿に内心戸惑いつつも、俺は言葉を吐き出した。
「単刀直入に訊かせてもらおう、こちらから訊きたいことは三つだ。一つ目、そもそもお前は何故俺に殺されたいのか。二つ目、俺はお前が意図的に『神崎玲という存在』を消そうとしているように思えているが、それが死にたい理由と関係しているのか。そして三つ目、お前は以前に死神の誰かしらと接触した過去があるのか。……はぐらかさずに、正直に答えてもらおう」
 俺の質問事項を聞くと、彼女は軽く目を細めた。恐らくは警戒の素振りだと認識しつつも、ここで引くわけにはいかなかった。また何らかの圧を受ける覚悟を今からしておくことにする。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み