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文字数 1,455文字

「……あぁ、言ったさ。間違いなく言われたさ。『殺してくれ』ってな。だから俺も、お望み通り殺してやろうと思ったよ。その方がお互いウィンウィンだしな」
「……っ、それなら――」
「お前の本音はこっちなんだろ、『ミオ』さん」
 ポケットからスマホを取り出し、昨日から開きっぱなしにしていたブログの画面を、立ち上がった彼女の方に向ける。その画面と「ミオ」という名前を同時に出すと、彼女の顔色がサッと変わったのが分かった。明らかな動揺だった。
「な……っ、どうして、それ……」
「悪いけど見つけさせてもらった。そんなに見つかりたくないなら、自分のアカウントを繋げなきゃ良かったのに。そこんとこ詰めが甘かったな、死にたがりさん」
 俺は彼女の方を真っ直ぐ睨んでいたが、それは決して圧をかけたいからではなかった。冷静を装うのに必死だからだった。自分の体の中で、心臓が喧しいほどに鼓動しているのが感じとれる。昨日の息苦しさは、このブログの内容を思い出そうとするだけでいとも容易く再現されてしまう。
 一瞬たりとも俺が崩れてしまえば、神崎玲のこの感情には勝てない。
「お前が過去に何があったのかも分かった。何故死にたいと思っているのかも分かった。だけどお前、そんな嫌いな自分のこと、全く殺せてなんかいないだろ。ただ閉じ込めて、見ないふりしているだけなんだろ。だって全部、ここには本当のこと書いてるじゃねぇか。しかも誰でもアクセスできるような場所に。
 それに、俺がいざ殺そうとした時、お前自分でどんな反応したか分かってるか?」
「……え?」
「まぁ、分かるわけないよな。必死だったもんな。お前、目ぇ固く閉じて震えてた。冷静さ装っても怖いって思ってんの、見え見えなんだよ」
「そ、そんなこと……っ」
「これ以上嘘ついてどうすんだ、俺にはもう全てバレてんだぞ。実際、一昨日のブログで言ってんじゃねぇか。『今更死ぬのが怖いなんて言ってられない』って」
 核心に迫られて逃げ場がなくなったせいか、彼女の目に、声に涙が滲んでいるのが分かった。本来、死神ならこの程度の反応で何かを感じ取ってはいけない。それが持つべき残酷さなのだから。しかし俺は、ずっと持っていた自分のこの感情を認めてしまったがために、残酷になり切れないことをこの時はっきりと悟った。
「そんな中途半端な、覚悟にもならないような感情で、易々と『殺してくれ』なんて依頼してくんな。誇り高き死神の仕事を汚すようなことをしてくんな。第一、そんなに死にたいのなら自殺する方法の一つでも試したことあんのかよ。まぁ、このブログの様子からすると全くねぇだろうな。手っ取り早く楽に死ねるなら死神に殺してもらおうって、その考えが実に甘すぎんだよッ!!
 勢いに任せて叫んだことで、無意識に右手を強く振り下ろしていた。背後のフェンスにぶつかり、先程の背中の時と同様に衝撃音が響いた。彼女がビクッと体を震わせるのが見えた。もう、普段の裏の雰囲気などどこへやら。
 今ここにいる彼女は、「神崎玲」という空虚の理想像を投げ捨てられた、画面上にしか存在していなかった「ミオ」の本体だ。
「……確かに俺は、お前を殺すことを、正直言って悩んでいた。でもその理由が分からかった。だが、このブログを見つけて読んだ時、やっと悩まされ続けていた理由の正体が分かった。
 生きながらにして死ぬという選択肢を取るしかなく、その先で絶望するしかなかったお前のことが――俺は、可哀想だと思っていた」
 意を決して放ったその言葉に対し、彼女は案の定反応してきた。
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