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文字数 1,441文字

「……死神さん、じゃないわね、安積くん」
 暫くその場に立ち尽くしていた俺と神崎玲。だが、彼女の方から沈黙を破った。
「どうするの、これから」
 それが彼女の純粋な疑問だったのだろう。俺は空を見上げながら答えた。
「どうするもこうするもねぇよ、もう人間として生きていくしかないんだから」
「……そう」
「……でもまぁ、まずは母親に会いに行こうかな」
 この一週間、毎日顔を合わせていた安積辰哉の母親。彼女がまさか自分の母親だったなんて思いもしなかった。俺のように死神の頃の記憶があるのであれば、話せば分かるのかもしれない。そんな思いを抱きつつ、どうやって声をかけようか悩んでいた。
「……神崎、さんは?」
「『神崎』でいい」
「えっ?」
「二人の時は、別に『さん』なくてもいい。今更呼びにくいでしょう」
「……じゃあ、神崎って呼ばせてもらおう」
 お互いの呼び方が定まったところで、俺はもう一度問いかけた。
「神崎はこの先どうすんだ。生きるのか? また死を望むのか?」
 この問いを聞いて少し俯いていた彼女だったが、暫くしてぽつりと呟いた。「生きる」と。
「あなたに言われたこと、悔しかったけどそうだなって思ったの。私の考えが甘かった。だったら、もう少しやれることやってみなきゃなって」
「……え? な、お前今度こそ本当に死ぬ気か?」
「へ? 何言ってるの、自殺するなんて一言も言ってないじゃない。……こんなところで絶望してないで、ちゃんと生きようって思えるようになろうって思っただけよ。ずっと自分が不幸だって思っていたけど、私も周りと打ち解けたら少しは生きやすくなるのかもって、あなたとお父さんの会話聞いてて思ったし」
「……そうか、それならいいけど」
 自分が早とちりしてしまったことが若干恥ずかしい。だが、彼女が少しだけ前を向いているその姿を見て、何故だか少し安心していた。
「……神崎」
「何?」
「俺は、自分と似ているお前のことがそんなに好きじゃない。多分同族嫌悪ってやつだ」
 突然の告白に彼女は少し目を見開いた。それでも俺は言葉を続ける。
「……でも、」
「……でも?」
「こんだけお前のこと知ってしまったんだ。今更見て見ぬふりはできないから、これからも話聞くくらいだったらしてやるよ。……同じ理科係の仲だしな」
 彼女は目をぱちくりとさせた後、フッと笑って答えた。
「じゃあ私も、あなたが人間としての生き方に困っていそうな時は助けてあげるわ。人間歴は私の方が先輩だもの」
 言葉こそ前のように強気だったものの、泣き腫らした目で言われたところで不釣り合いだ。俺は思わず笑ってしまった。
「な、ちょっと、何で笑うのよ」
「その泣き腫らした目が落ち着いた頃にもう一回出直してくることだな」
「っ、泣いてたこと蒸し返すのやめてくれないかしら!?
 ふと目が合った時、こうやって言い合いしているのもなんだか可笑しくなって、俺たちは二人で笑ってしまった。ひとしきり笑った後、大分放課後の時間も過ぎようとしていたことに気付いた。
「やべ、そろそろ鞄取りに行かないと」
「そうね、そろそろ帰らないとね。屋上で何してんだって怪しまれちゃうし」
「じゃあ、俺先に教室行くわ。神崎は目を落ち着かせてから行った方がいいだろ」
「うん、分かった」
 屋上のドアノブに手をかけて、やっと室内に入ろうとした。その時だった。
「じゃあ、また明日」
 神崎が、俺に向かってそう言ったのだった。
「あぁ、また明日」
 だから俺もそう答えて、先に速足で教室に鞄を取りに向かった。

 fin.
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