05

文字数 1,275文字

 彼女は何事もなかったかのようにペンを拾い、美晴が質問してきた問題に対して丁寧に解き方を教えている。その時にようやく、自分の目線を外すことができた。黒板の方向を見ながら、早まっていた鼓動をなんとか鎮めようとしていた。
「安積くん」
 すると、背後から急に呼びかけられて思わずビクッとなる。何故なら、たった今聞いた声が、今度は紛れもなく自分に向かって話しかけてきたからだ。振り返ると案の定、友人に説明し終わったのだろう神崎玲がそこに立っていた。
「か、神崎さん……何?」
「あのさ、今日の昼休み空いてる? ちょっと安積くんに訊きたいことあるんだけど、ご都合いかがかな?」
「う、うん。いいよ、昼休みね、分かった」
 穏やかな表情、話し声で「ご都合いかが」なんて言ってくる人が、あんな怖い笑みを浮かべるなんて……と思いながら、俺はしどろもどろに返答した。しかしやはり、あの時の反応と、このタイミングでの呼び出し。やはり、彼女は何か気付いている? 考えれば考えるほど、冷や汗が滲むばかりだった。
「じゃあ昼休み、また声かけるね」
 踵を返しながらそう言う彼女に、俺はただ頷くことしかできなかった。

 その後、授業をそれなりにやり過ごし、時は昼休み。俺は教室で辰哉の友人と一緒に弁当を食べていた。果たして、死神の食事情とは大いに異なる人間の食事が口に合うものか、と朝食を食べる時から思っていたが、やはりその辺りは元の人間に対応しているらしかった。朝食同様、あの母親がきちんと手作りをした弁当は、それなりに美味しいと感じた。そして、周りの友人との会話もついていけるのかどうかと思っていたが、基本的に辰哉はグループ内でもあまり口数が多い方ではないらしい。周囲の話に合わせるように何となく相槌を打っていたが、特に気にかけられることもなかったのでそれで正解だったようだ。
 そして食べ終わった時に、俺はトイレに行こうと教室を出た。教室内は人がいるから暖かかったのか、廊下に出るとひやりとした空気が一気に体の表面全体を覆う。寒っ、と思いながらトイレに向かって用を済ませ、再び教室へと戻る。
 いや、戻ろうとしたら、教室の扉の前に神崎玲が立っていた。
「あ、安積くん。さっきの件今からいいかな? あと、ちょっと場所変えたいんだけど」
 こいつ、恐らく俺が教室から出ていくの見てたな。底の知れない雰囲気を感じながら頷き返すと、彼女は階段の方へと向かって行き、そのまま上へと足を進める。その間、お互いに何も話さない。上に向かうにつれて徐々に人気は減っていった。そして彼女が足を止めた場所は、屋上の扉の一歩手前だった。
「――で、」
 止まるなり、彼女は振り返りながら口を開く。その一語だけでも、先程までの穏やかさはどこへやら。雰囲気がガラリと変わった、冷たい声が耳を貫く。顔こそ笑っていたが、目が全く笑っていなかったことに気付いて寒気がした。何だ、こいつは本当に、俺が今までに何人も殺してきたのと同じ人間なのか?
 まるで、悪魔みたいじゃないか。
「あなた、安積くんじゃないのよね。そうでしょう、死神さん?」
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