§09-1 10/11 桃井彩香の長い長い独白(1)

文字数 1,820文字

 宴は中間考査明けにしよう――大迫に言われて、それはまあそうだよなと思った。成果を左右するとは考え難いけれど、試験に備えるべく用意された休部期間中に、バレー部の二年生がそろって騒いでいたという話は、いかにも聞こえが悪い。
「で、桃井ちゃんは、どうよ?」
 先日と同じように、教室から廊下に引き摺り出された。
「なにが?」
「なにが?て、おまえ――」
「ああ、顔出してもいいってさ」
「マジか! となると、女子が一人だけってのは、ちょっとマズいよな?」
「なんで?」
「落ち着かないとか、居心地悪そうとか、桃井ちゃん言ってるわけだろ?」
「そんなこと言ってないけど」
「主賓の意向なら致し方あるまいよ。二、三人連れてきてもらってもいい」
「あ、そういうことね」
「ただし、同伴が認められるのは主賓だけだぞ。古くからの仕来たりでな」
「わかってるよ」
 大迫は満面の笑みで僕の肩をバシバシと叩き、いやあ持つべき友は部活を辞めたイケメンに限るとはよく言ったもんだよなあ。先人たちにはほんと頭が下がるよ。……などと、実在しない格言を捏造するために、実在しない先人たちを創造して去った。
 教室に戻ると、さっそくすでに桃井が後ろ向きになり、すなわちお尻は横向きだが上体は真後ろに捻って座り、好奇と猜疑を綯い交ぜにした眼差しで、僕の帰還を待ち構えていた。連れ去られ際、大迫が怪しげな目配せを桃井に投げかけたせいである。
「なんだかとってもわざとらしい豪快な笑い声が聴こえてきたのですけれど?」
「仲良しな女の子たちの中でさ、バレー部のアホ男子とお近付きになりたいとか、日頃からそんな意味不明なこと口走ってるの、桃井のほかにいる?」
「いないね」
「由惟ちゃんは?」
「さあ、乗ってこないと思うけどなあ」
「由惟ちゃん呼んだら芋づる式に細田と向井も出てくるだろ?」
「佐藤恵里佳もね」
「それはいいや」
 睨みつけられた。――と思いきや、くるりと瞳を回した。
「え、ほかの女の子も呼んでいいの?」
「だから、大迫が桃井を呼ぶのはそれが目的であって――」
「なんだあ、早く言ってくださいよ、旦那。それならけっこうな上玉も用意できますぜ」
 ぐへへへっ…と擬音とも擬態ともつかぬ描き文字が踊った。
「たとえば?」
「平木お嬢さま、とか」
「へッ…!?
「吹雪提督、とか」
「なッ…!? そういや吹雪って、なんで提督?」
「艦娘にいるんでしょ?」
「いるけど、提督はおかしいだろ?」
「さあ、私よく知らないけど」
「軍艦が提督にはならない。それに吹雪は言っても駆逐艦だ。いやそんなことはいい。――それより桃井、そう言えば桃井!」
「なによ?」
「前から気になってたんだけどさ、由惟ちゃんはまあともかくとして、平木とか吹雪とか、あんなハイスペックな連中、なんで桃井が呼べるわけ?」
「私が呼べるの変?」
「変とまでは言わない。が、関係性が、そうなる契機が見えない」
「行ってた塾が同じ系列で、模試とかでよく一緒になった」
「そもそもさ、あいつらなんで都立? ふつう中学受験するだろ?」
「そこは私と一緒なんだよねえ、ああ見えて、あの二人も」
 ああ、そうか――桃井は見た目に派手さを感じさせないだけで、両親を見れば、平木や吹雪なんかと同レベルの家庭に育った人間なのか。彼女らも桃井と一緒だということは、親がうるさいから勉強しているフリをして、落ちて悲しそうな様子をして見せて、後ろを向いてぺろりと舌を出したという話か。その背景はともかく、桃井ほど距離を置こうとしてはいないにしても、子供ながらに小さな抵抗を試みるくらいのことは、平木も吹雪も考えていたわけだ。僕が友達とゲームばかりしていた頃に……。
 とは言え、平木と吹雪なんて、あんなハイスペックな女子が二人も揃ってしまったら、バレー部の純朴な少年たちは飲み物もうまく喉を通らなくなる。同級生なのに敬語で話しかけたりする奴も出てくるだろう。いつものバカ騒ぎが鳴りをひそめてしまい、せっかくの宴が盛り上がりを欠いて終わる。佐藤由惟に、細田に向井――それなら奴らも愉しめるはずだ。ひょっとすると、素晴らしいクリスマスを迎えることになる人間だって、現れないとも言い切れないではないか。
 そう話すと、桃井はちょっと首を傾げ、別にふつうの女の子だよ、と言った。特段、不服そうでも、怪訝な様子でもない。小学校から顔を合わせていれば、確かにそうだろう。平木も吹雪も、日常生活に不自由するスターなどではないのだから。
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