第6話 新開真人

文字数 2,297文字

話は続いた。

「で、本当の話は?」
「佐藤団長が上と掛け合って俺たちの処分を検討しているらしい。理由はどうあれ、味方の隊員を殺した事実は覆せないし、一色団長もやむを得ないって。あと……、あの子は『スパイじゃないか』と。他の旅団でそういうケースのスパイがいたそうだ」
「で?」
「スパイなんてどこにでもいる。仮にスパイでも、泳がせておけばいいんじゃないか?って言った。尻尾を出した時に動けばいいし、機密は上官がしっかり管理すべきだし、本当にスパイじゃないかもしれないし」
「ふーん」

嶽上と大和は黙った。二人の子どもは「熱い」と言いながらも湯船に肩まで浸かり、我慢比べをしていた。翼が勝った。

 その日の夜、宿営地にあるPCを通じて会議が開かれた。結果、二人にお咎めは無し。というよりも、嶽上が論破したのだ。事故検証チームから死体の死亡原因と推定時刻などの説明があった。確かに隊員を倒したのは事実だが、第五から引き抜いたシュウの身体的状態を見ると、第五旅団でも規程違反である虐待の疑いがあること。また、嶽上が殺したとされる第五の隊員の死体を映像で見せられた際、首に絞められた跡や胸に二発の弾創があり、その時の状況から明らかに自分がやったものではないと説明した。
 佐藤団長は粘ったが、虐待の件は事実であり、シュウ以外にもこう言った状況の隊員がいたり、過去にはそれによって死亡した隊員もいたことが分かった。建物のボヤ騒ぎは誰かのタバコの火の消し忘れが原因なので論外。兎にも角にも、ジープが壊れた件も含めて、全ては「あっちが先に撃ってきた、あっちが先に仕掛けてきた」ので、あくまで自己防衛だったと主張した。

「フフッ、あっちが馬鹿で良かったな」

一色団長は嶽上の肩を二回叩いた。嶽上はそれを受け止め、電源を切ったPCの前でため息をつき、椅子の背もたれに体を預けてテントの天井を見つめた。

 次の日の朝、シュウは宿営地を離れて近くの野戦病院に入院することになった。シュウより少し年上の熊裕介(くまゆうすけ)が付き添いとして一緒に行った。熊は十八歳にして身長が二メートルもある男で、彼も最近、第三旅団から引き抜かれたそうだ。

 入院中は毎日診察が行われた。食事をしっかり摂り、点滴で栄養剤を入れられた。その間、裕介はシュウを監視し、話し相手になってくれた。シュウにとっては兄のような存在となり、その頃から笑顔を浮かべる事が増え始めた。

 その後、シュウの体内で驚くべき事が分かった。本来なら一ヶ月はかかる骨の癒合だが、シュウは、一週間後にはもう完治しつつあり、そして十日後には完治した。

 入院して十六日後、嶽上と大和が迎えに来た。野戦病院では顔がきいている嶽上は、その時のシュウの主治医である新開真人(しんかいまなと)にレントゲン写真を見せるように催促した。

「見てくれ。これがここに来た当日に撮ったレントゲンで、これが一週間後、これが六日前だよ」

左から順番に並べられた写真を、嶽上は日の光に透かして見比べた。その目は大きく見開かれ、口までポカンと開いている。

「子どもの自然治癒力は大人よりも早いけど……」
「あぁ、早過ぎる」
「一応血液を調べてみたけど、とくに変わったところは無かったよ。どうする?精密検査でもしてみる?」

嶽上は少し考えて、「いやいい」と言った。

「新開」
「何?」

 嶽上と新開は別室に向かった。診察室とは別の個室だ。ドアを閉め、窓のカーテンを閉め、密室にした嶽上は口を開いた。

「お前、ナノマシンの研究をしてるらしいな?」
「そ、それは」
「隠さなくてもいい。お前に頼みがある。能力が引き出せるくらいのナノマシンを俺たちで試してみないか。お前、手足のない子どもたちを助けたいと言ってたよな。それでサイボーグやら義手義足を開発してるだろ。ナノマシンを開発すれば、義手義足の外側だけじゃなく、体の内側からも補助ができて健常者と同じレベルの生活ができる。そうだろ?」
「……まぁ、そうだけど」
「ナノマシンのデータ、欲しいんじゃないか?」
「でも、ナノマシンのリスクはまだ大きいよ。体の中で自己増殖すれば命に関わる。まだそこの制御が難しいんだ。それに、ここでの開発は限界がある。もっと研究機材がいるし、今は難しいよ」
「だったら、俺の別荘を使え。そこに機材を持ち込んでラボにしてしまえばいい」
「開発にはお金がかかるよ。今は僕の『趣味』でやってるだけだ」
「ふーん、『趣味』ねぇ」
「……嶽上、何考えてるの」
「『趣味』を『仕事』にする気はないか?」
「だからお金が」
「金なら俺が出す。アテがあるんだ」

 嶽上は真顔で新開の目を見た。新開の心は揺れていた。これまで野戦病院で沢山の負傷者を見てきた。それを見ては治しての繰り返し。負傷者自身も、体の怪我は治ってもトラウマなどの心の傷は治せず、自殺者も後を絶たない。新開はそんな生活に頭を抱えていた。

身体的欠損は機械で補い、精神的欠損はナノマシンで補う事ができれば、たくさんの人が不自由なく生きられる。自殺者も減る。それは兵士だけでなく、戦争に巻き込まれた一般人にも役立てられるんじゃないかーー。そう考えるのだ。そして新開は答えを出した。

「僕は福祉の為にこの技術を役立てたい。戦争に使われたくないんだ。でもこれで、沢山の人が救えるのなら……」
「新開……」
「勘違いしないでくれ。戦争の為じゃない、福祉の為だ。この技術が戦争で利用されるのは嫌だけど、これで戦争が終わると言うなら、僕は嶽上に託そうと思う。どうだい?戦争は終わるのかい?」
「……直ぐには終わらないけど、必ず終わらせてみせるよ」
「信じていいんだね?」
「あぁ」

二人は力強く握手をした。
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