第13話 基地にて4

文字数 1,625文字

 シュウをめがけて走る青年は、ある程度距離を詰めると、右手拳を振りかぶってシュウに襲い掛かった。動きは早くなく、鈍重のようだ。シュウは足を使って体を青年の左によけて間合いを開けた。青年はシュウから目を離すことはせず、シュウを追いかけた。また間合いを詰められたシュウは、真後ろに下がり、間合いを開けて銃を構えた。それでも青年はシュウを追いかけ、ある程度の距離を詰めると、また右手拳を振り上げた。
その瞬間、青年の体が前に倒れた。ただつまずいたのだ。シュウは引き金を引いたが、青年が倒れたので弾は命中しなかった。大和はクスっと笑った。
また青年が追いかける。シュウは青年から目を離さず、右へ左へと体捌きを行いながら間合いを取り、引き金を引いた。弾は青年の肩や太ももに当たったが、勢いは止まらない。
青年は不敵な笑みを浮かべながらシュウを追いかけまわした。シュウは汗をかきながら、逃げまわり、彼の攻撃をかわしながら引き金を引き続けた。そして、とうとう弾はあと一発となってしまった。大和は腕を組み、「相手をよく見ている」と小さく二回うなずいた。

 三分ほど追いかけっこが続き、シュウの足の動きが鈍くなり始めた。息も切れ、肩が上下に動く。心臓が破れそうだ。青年はそれを見逃さず、今までにない速さで追いかけた。
壁に追い込まれたシュウは、真正面から銃を構え、息を止めて発砲した。その弾は、青年の胸に直撃し、青年の動きが一度止まったが、またあの不敵な笑みを浮かべて、シュウに向かって突っ込んできた。

 ものの数秒だった。青年は泡を吹いていた。シュウは驚き、不思議そうな顔をした。なぜなら、気が付いたら男が倒れているからだ。俺がしたのか、それとも大和がやったのか……。大和の方を向いてみたが、大和は驚いた表情をしていた。

「お、おぉ」

大和がようやく声を発し、戦闘は終わった。

 大和は青年の腕を軽く蹴り、生きているのか確認した。動かない。彼の体の周りに血だまりができていることに気が付いた大和は彼をその場に放置し、シュウと一緒に実践実験室を閉めた。その時、中で何か爆発音がした。聞き覚えのある音。しかし大和はそれを無視し、シュウに「行くぞ」と言った。

大和は階段をのぼりながら「護身術か」と言った。

「え……」
「護身術は、第五で習ったのか」
「う、うん。でも」
「自分が何をしたのか覚えてない……か」

シュウが黙ってしまったので、大和は青年が倒れた時の出来事を伝えた。

 青年の拳がシュウの顔面に届こうとするその時、シュウは左に体を移動させながら彼の拳を右手の甲で受け流し、左の腕を彼の首元に入れて上に押し上げた。それと同時に右足を彼の右足の後ろに入れて、それを、かかとを使って払った。青年はいとも簡単に地面にたたき落された。

「素早い体捌きに護身術、的確な射撃に相手をよく見るその『目』。なるほど、イチローが引き抜くわけだ」

大和が大きな声で笑った。その声は嬉しそうな声に聞こえた。それを聞いたシュウも、何はともあれ、これで良いのだな。と、安心した。第五旅団にいた時は、何をしても怒られていた。相手に勝とうが負けようが、記憶がないという理由で全てを否定され、毎日朝から晩まで訓練を受け、働き続け、リンチを受けながら、ひもじい思いをしていた。いつも一人で寂しかった。助けてくれる人はあまりおらず、いてもすぐに自分から離れていった。
死のうと思えばいつでも死ねた。だが、彼が死ななかったのには理由があった。

 俺はスパイ。

何が何でもバレてはいけない。失敗したら後頭部のあたりに埋め込まれた爆弾が、(あいつ)の様にすぐに弾ける。無理やり目に組み入れられたレンズが、俺の行動をすべて監視している。俺以外の、派遣された仲間が、どこかで俺を監視し続けている。

 あぁそうだ、俺は仲間を倒してしまったんだー-。

シュウは、涙目になりながら、自身の後頭部を優しくさすった。自分の兄、(たつみ)に会うまでまだ死にたくないと願いながら……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み