第1話 第一旅団1

文字数 1,562文字

 男の身のこなしは鮮やかなものだった。

 その男はナイフ一本と右足だけで三人の大人を尽く倒していった。僅か三十秒の出来事だ。倒れた一人は首から血を流して死に、一人は蹲り唸り声をあげ、一人は彼の前にひれ伏して命乞いをした。涼しい顔の割にやる事は過激なこの人は、ひれ伏すそいつの前髪を持ち上げ、顔を晒した。

「よし、お前の顔覚えたからな。今度俺の目の前に現れたら、絶対に頭かち割るから。いいか」

そいつは血と涙を流しながら必死に顔を縦に振ると、男から解放された。そして腰が砕けながらもその場から逃げ去った。

「大丈夫か坊主。あらら、折れたんじゃねぇか」

彼は呆然としていた子どもに寄り、子どもの腫れた手を持ち上げた。子どもは持ち上げられた手の痛みで我に帰った。そして俯いた。そこへ、また別の男がやってきた。

「血塗れの男が佐藤団長のとこに走っていったぞ。また何かしたのか」
「え、いやぁ別に」
「お前の足元が血みどろだが」
「あぁっと、さっき『熊』と格闘したもんで」
「ほぉ、その『熊』ってのは、あいつか」

もう一人の男が転がった死体を指さした。

「この一体か」
「あぁ」
「もう他にないな」
「いない」

男は死体の死亡を確認した。

「こりゃまた怒られるな」
「へへへ」
「ヘラヘラするな」

 事の発端は、この子どもが第一旅団に引き抜かれる事にあった。

 この日、第五旅団の隊員は気合いが入っていた。第一旅団の連中が引き抜きにやって来るという話があり、憧れの第一旅団に入るチャンスを掴みたいと必死だった。射撃で優秀な者は遠い所からスナイパーライフルで的を打ち破って見せた。近接戦で優秀な者は相手を派手に倒した。旅団の優秀な人材は、誰もが『自分が引き抜かれる』と確信していたが、第一旅団はそれらには目もくれず、十歳程の小さな男の子を一目見て引き抜くことにした。

「お眼鏡にかなう人材ばかりだと思うがどうだ。何なら全員連れていってもいいが」

 第五旅団の団長、佐藤和彦(さとうかずひこ)は第一旅団から視察に来た二人に笑顔を見せた。
飛び出た腹を見ると、へそまで飛び出ている奴だ。常に帽子を被っているのは、自分の頭頂部が更地と化しているためだ。第一旅団の一人である嶽上威一郎(たけがみいいちろう)は仏頂面を団長に見せた。隣でもう一人の西田大和(にしだやまと)は嶽上の様子を見て口角を上げた。

団長の質問に対して、「少し時間が欲しい」と言ったのは嶽上。団長はこの男が怖いのか、嶽上に対して腰が低かった。

「こ、こいつを引き抜くって」
「言い値で支払う。いくらだ」
「他に優秀な人材が沢山いるんだぞ」
「第二や第三で役に立つ」
「こんなボロ雑巾に第一旅団が務まるのか」
「へぇ、『ボロ雑巾』なのかぁ。どおりで至る所にアザがあるわけだな」
「痩せてる腕と発疹の状況を見ると、栄養失調のようだ。そして訓練時は裸足だった。あんたどんな教育をしてんだ」
「こんな寒い中に……。『ボロ雑巾』だからなぁ。人間扱いしてくれないのかぁ」
「目の周りと左腕のアザは新しいものだ。髪も白髪混じりだった」
「『ボロ雑巾』、苦労してんなぁ」

矢継ぎ早に繰り出される言葉を聞いていた佐藤は焦った。

「お前ら、何が言いたい」

嶽上の眉間のシワが益々深く刻まれた。

「あの子を引き取るって言ってんだろうがチビデブハゲ」
「本気で言ってるのか」
「この顔で冗談を言うとでも思ってんのか」
「お前ら頭おかしいのか」
「うるせぇな。いくらでくれるんだハゲ」
「大和、失礼だぞ」
「いやお前、今『チビデブハゲ』って自分で言ったこと覚えてる?」

苦虫を噛み潰したような表情をした佐藤は「タダだ」と言った。その額には明らかに血管が浮き出ていた。第一旅団の二人は「あざす」と言って深々と頭を下げた。

 その日の夜、夕食時に事は起きた。優秀なうちの三人は、引き抜かれた子どもをリンチしていたところ、たまたま騒ぎを聞いた大和が介入した。
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