第8話 前線基地の生活2

文字数 2,006文字

 嶽上と大和が乗ったヘリコプターを、見えなくなるまで見送ったシュウは、翼が歩く後ろをついて行った。翼は自分のテントに着くなりリュックに詰め込まれた荷物をあさって、そこから一冊の本を取り出した。

「何するんだ」
「本読むんだよ。お前、字ぃ読める?」

シュウは首を傾げた。

「文字は読めないし書けない」
「そうか。文字を知っとかないと、これからはやってけないぜ。シュウも勉強した方がいいよ」

 翼は赤い背表紙の本のページをパラパラとめくり、口を閉じて文字を追った。テントの中が一気に静かになって、外から聞こえてくる大人たちの声と遠くから響く爆発音が煩く感じるほどだった。

 シュウは暇になった。それに気づいた翼がまた自分のリュックをあさり、黒い板のようなものを取り出した。「ゲーム」と言われるその板から、音楽や人の声、銃声などの音が出てきた。その板の面を覗くと、見たことのない荒んだ街並みが映っていた。翼は『サバイバルアクションって言うゲームだよ』と言った。ボタンの操作を教わったシュウは、首を傾げながらも始めてみた。すると、意外にも楽しかった。銃口を敵に向けて撃つと見事にヘッドショットし、敵はその場で倒れ込んだ。敵の後ろに回り込んで、左手で敵の目を覆い、持っているナイフで素早く首を掻き切ると、敵は頸動脈から血を噴き出しながら倒れた。何度も敵に撃たれてゲームオーバーになったが、それでもシュウは夢中になった。

 夕食の時間になったので、シュウは翼にゲームを返した。翼も本を読むのをやめて、食堂に行って食事をした。
豪華ではないが、粗末でもない食事。子どもにとっては少し塩辛いおかずだった。時間は大人よりも遅く終わったが、二人は残さずきちんと食べた。

 食事を終えると、シュウは翼と分かれて自分のテントに行った。そこには小島渉が自分の寝場所で横になっていた。

「お、あんたがシュウか」

渉は起き上がる事もなく、本を読みながら「ゆっくりしろよ」と言った。シュウは自分の場所と思われる所に小さく座った。

「栄養剤飲んだか」
「まだ」
「そこに新しいリュックがあるだろ。お前の服とか荷物とか入ってる」

シュウは辺りを見回すと、その場所の端に、黒いリュックを見つけた。その中に手を入れると、栄養剤の錠剤が入った袋があった。

「あったか」
「はい。み、水はどこ……」

渉は素早く起き上がり、自分のリュックに手を突っ込んで、黒い筒状の水筒を取り出し、シュウに渡した。シュウは初めて渉の顔を見た。『見えてるのか?』と思うほど目が細く、口元はにこやかで、肌は浅黒い。右手に時計をしており、左手で水筒を手渡しているので、彼は左利きのようだ。髪は短く清潔感があり、とても爽やかな雰囲気の青年だ。

「ほらよ」
「あ、ありがと」
「手は治ったのか」
「だいぶよくなった」
「そっか。よかったな」

 シュウの存在は第一旅団全員に知れ渡っていた。ここに連れてこられた状況や、前の記憶が全くないことも、骨折の治りが異常に早いことも、蜜柑が大好きなことも、渉は全て知っていた。シュウは渉としばらく話をした。第一旅団ここの役割や、これからシュウがやるべきこと、渉の戦闘時のポジションや隊員になった経緯など、シュウはこの時、全ての話を理解して頭に入れようと必死に聞いた。

 そうこうしていると、夜も遅くなってきたので寝ることにした。リュックを枕にし、寝床に置いてある毛布一枚を体に巻き付け、熱が逃げないようにと背中を丸めて静かに眠った。

 夜明け前、シュウは目が覚めた。外がやけに騒がしかったからだ。渉はグーグーと眠っていた。シュウは毛布に包まったままの姿でテントの外に出ると、目線の先の霧がかった食堂の景色から、こちらのテントに向かってくる人物を見つけた。大和だ。大和はその霧を蹴り上げ、口から白い煙を吐き出しながら早足でシュウに近づくと、脇に抱えているヘルメットとナイトビジョンゴーグルをシュウに手渡した。

「後でいいから、それを第二の連中に返してこい」

シュウは返事をしたものの、第二の連中が誰なのか分からず頭を傾げた。とりあえず預かった物を自分のテントの中のスペースに置き、また一眠りする事にした。大和は土埃まみれの状態でテントに入り、自分のテリトリーから着替えだけを掴んで「シャワー行ってくる」と言って出ていった。シュウはまた返事をして、寝床に入った。

 日が少し登り始めた頃、翼が寝ている大和を起こしに来た。相変わらず渉はグーグーと眠っていた。大和も自分の寝床で、両腕を頭の上に置いて目を閉じていたところだ。

「大和」
「……あい」
「団長が呼んでる」
「……あと……五分」
「今すぐって言ってたよ」
「あと、さんぷ……」
「今すぐって言ってたよ」
「あと……」
「今すぐって言ってたよ」

寝床の中でもじもじ動く大和はゆっくりと立ち上がり、大きく、深く、長く、ため息をついた。そして出口に向かってゆっくりと歩き出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み